第三話 舞姫の心に。
=前世=
シャン、シャラ、シャララ…‥
少女たちの舞と共に鈴の音が鳴る。少女たちの手の中にある鈴は、少女たちが手首を返すと同時に輝く音を奏でる。
「さすがは夜鈴殿、美しいな。」
「夕虹殿も、よくこんな動きができるものだ。」
少女たちがどんなに激しく舞っても、手首を返さない限り鈴は鳴らない。
「あんな動きをしていても、手を動かさずにいられるとは。」
「無駄な動きがない故のことだろう。」
「他の者ではこうはなりますまい。」
舞台の周辺は、少女たちを称える声に溢れていた。少女たちには聞こえていなかったが。
シャララン、シャン。
少女たちが舞い終えた。
祭壇に礼をし、少女たちは奥社へと入っていった。
「お姉様!」
奥社から幼い少女が駆けてきた。
「夜月希様?」
「お姉様、感動しましたわ。」
巫女見習いの夜月希は、教育係の夜鈴のことを、なぜかお姉様と呼ぶ。
「夜月希様もいつか私のように、いえ、それ以上に舞えるようになりますよ。」
「はいっ!今夜も見ていただけますか?」
夜月希は無邪気に笑った。
そう、夜月希は毎日の問答が終わると、全体での練習とは別に、夜鈴に舞を教えてもらっているのだった。
タン、タン、タタン、タン…‥
夜の神社に夜月希の足音が響く。
「ハァ、ハァ……どう、ですか?」
「朱、朝までは良いのですが、その後の動きに乱れが生じています。」
「そう、です、ね…その辺り、から、息が、上がって、しまって。」
今、夜月希が練習しているのは、この神社に古くから伝わる舞だった。朱、朝、昼、夜、宵という五つの動きを何度も繰り返すように組んである舞で、すべて通すと早くても五分以上かかる。
「区切れば大丈夫ですよね…体力の問題でしょうか?」
「体力?どうすれば良いのですか?」
「走ったりするのが簡単かと。ですが焦らなくても。夜月様はまだ五歳なのですから。」
「”まだ”ではなく”もう”なのです。お姉様は三つの時にこれを舞ったと。」
「私の家は代々巫女だったのですよ。幼い頃から母や姉の舞を見て育ったのです。」
「私も幼い頃からお姉様の舞を見て育ちました。」
夜鈴は苦笑した。
「ではとっておきの修行を教えましょう。今日はもうお休みください。」
夜月希はパッと笑顔になると部屋に戻っていった。
(明日、あの森へ連れて行ってあげましょう。)
「ここがとっておきの場所?」
夜月希と夜鈴は大きな森の前に立っていた。
「…お姉様、私、木には登れませんよ?」
「木登りなら、わざわざここまで来ませんよ。ついて来てください。」
夜鈴に続いて夜月希も森に入っていった。
少し行くと、開けた場所に出る。そこには泉があった。泉には様々な生き物が集っている。
「夜月希様に課題を出しましょう。」
ピュイッ!
夜鈴が持っていた笛を鳴らすと、鹿の群れから一頭の立派な鹿が駆け出してきた。
「この鹿は、私が幼い頃に仲良くなった鹿です。乗せてくれる?」
夜鈴が尋ねると、鹿はその場に座った。
「さぁ、夜月希様、ここへ座ってください。」
夜鈴は鹿の背を示した。
「えっ…」
夜月希は怯えたように一歩後退した。
「大丈夫ですよ。」
夜鈴は夜月希の手を取り、抱き上げると鹿の背に乗せた。
「お姉様も一緒ですわよね?」
「もちろんです。さぁ、心配せずに離してください。」
夜鈴も鹿に乗り、彼女にしては珍しく弾んだ声でいった。
「さぁ、連れて行って!あの場所へ!」
鹿は立ち上がると走り出した。
木々の間をすり抜け、飛ぶように駆けてゆく。
やがて鹿が足を止めた場所、そこは小さな神社だった。
「夜月希様、明日から鹿を慣らして、ここまで乗せてもらってください。鹿を慣らすのは一朝一夕にできるものではありません。努力し続けてください。そうすればいつか、鹿たちも心を開きます。夜月希様、成功したらきっと、あなただけの舞も舞えます。」
鹿を乗りこなすには、思いの外体力が必要なのだった。
「私だけの舞?」
夜月希の問いに、夜鈴は微笑んだ。