第二話 過去と使命。
=希音の夢=
ブトウコクスイ
ナーガシュンセイモク
スカシュカ
コシュウハクキン
ゲツヨウスイカモクドキン
スベテガアツマリココロヘル
スベテハテンチノコトナリ
トウザイナンボクシジンガアツマリ
ソコニサンシンクワワレバ
テンチノチョウハタモタレル
どこからともなく少女の声がした。歌うように不思議なことを唱えている。暗闇に響く楽しげな声。
希音は少女の姿を探した。
「誰?どこにいるの?」
<わらわの名をそなたは知っている。>
突然周りが明るくなった。
<わらわはそなたの友であり守護神。>
そこには、赤い髪にルビーのような瞳の少女がいた。
少女は、今では見かけないような着物を身に付けていた。白に赤いラインのはいった衣に、赤い数珠。なぜか数珠は一玉分足りていないようであった。
「どうしてそれは一つ足りないの?」
希音は尋ねた。
<そなたと共にあるからだ。>
少女がそう答えると、数珠が光を放った。そして、共鳴するように希音の胸元からも光が放たれた。
<欠片はそなたを守る。>
「欠片…?あなたは、白い人の仲間?」
<白い人…あぁ、彼も名乗らなかったのだな。まぁ、そう、仲間だ。>
「どうしてそういう話し方をするの?」
<わらわが生まれた時代の話し方だ。>
「あなたが、生まれた?」
<そう、ずっと昔のことだが。…もうすぐ時間だ。わらわはもう行く。>
そう言うと、少女は希音に背を向けた。
「また会える?」
<そなたが願うなら。>
少女はサッと赤い鳥に姿を変えた。
<わらわにまた会いたいと願うなら、この羽を燃やし、わらわの名を呼べ。誤ることなく。>
そう言い残すと少女、鳥は飛び去った。
希音の手元に1枚の羽を残して。
日の光が降り注ぐ森の中で、一人の青年が歌っていた。青い髪、青い瞳、白と青の衣。そして、青い数珠。これもまた一玉分足りていなかった。
春の野原を駆ける鹿、始まりは常春の地で。
黎明の頃に空を見よ、導きの星が天空に。
宵の口まで地を歩き、青光の星を目にしたら、松濤を追い山の中。
雲雀笛に導かれ、西へ西へと進む旅。
嬬恋鳥の鳴く声が、聖なる泉へ導いて。
泉に住まう清き鳥、青き月が上り詰め、東風吹く頃に涙する。
その鳥の名は鈴鳴流波瑠凪。
鈴鳴流波瑠凪が与えるは、清き心の者にのみ。
輝く聖魂の主にのみ。
青年はサッと振り向いた。
<私はそなたの守護神。そなたの導き手。>
青年はそう言うと跪いた。
<そなたは我らの統率者。そなたは黄龍の力を持つ者。>
「黄龍?」
<東西南北の中央に位置する存在だ。>
「私が?」
<あぁ、そなたには黄龍の力が宿っているのだ。さぁ、私の手をとれ。そなたに見せよう。>
希音は、差し出された手に自分の手を重ねた。フワッと風が二人を包み込む。
青年は静かに言った。
<そなたは聖なる力の持ち主。そなたに与えられた三つの印。それが疼く時、そなたに危険が迫っている。この記憶はそなたから、邪悪なる力を、永遠の魔物を退ける。そなたの友と助け合え。同一であり異なる力を持つ者と力を合わせよ。そなたの祈りは、我らを呼び寄せる。私はいつでもそなたと共にいる。助けを求めるならば、祈るのだ。そなたの全てを持って。>
タン、シャラ、タタン、シャラ‥…
どこからともなく鈴の音が聞こえてきた。青年に導かれ、音の元へ向かった。そこには一人の少女がいた。
<あれはそなただ。名は夜鈴。>
希音は、いつの間にか少女と同化していた。そして、少女の記憶を見た。多くを知った。
その後、少女に起こる運命も。
希音たちの居た場所は、いつの間にか焼け野原になっていた。
「これは…」
<そなたは更に知らねばならない。心して行け。>
「今のは…」
<これから起こるかもしれぬこと。運命の行く末だ。>
そう言うと青年は龍へと姿を変えた。
=現世=
<過去に起きた悲劇がまた繰り返される。永遠の命を与えられたものによって。朽葉荒流。それが彼の古の名。そなたの世の彼を見つけよ。そして、過ちを犯させるな。助けを求めるならば、我らの名を呼べ。我はそなたの味方だ。白虎は、西、秋、白、金、少陰を司り、朱雀は、南、夏、朱、火、太陽を司る。青龍は、東、青、木、少陽を司り、そして我、玄武は、北、冬、黒、水、太陰を司る。残るは二人で一つの神、明鳥。銀、月、夜、夢を司る流波。金、日、昼、逢を司る鈴鳴。最後の神を探すのだ。時が来る前に。>
学校の帰り、彼女と話していた。白虎、朱雀、青龍。今までに会った神から名を告げられたことはない。でも、彼女と話すうちに三人の共通点を見つけた。数珠だ。白、赤、青。
希音の頭の中に、かつて祖母の家で読んだ書物の一節が浮かんだ。”四神来たりて天を舞うに悪しきもの退けられ、人々ここに感謝を捧げる。”四神、西の白虎、南の朱雀、東の青龍、北の玄武、四神の名前がわかれば、自ずと合わなくてはいけない神もわかる。そう、玄武だ。
=希音の夢=
そして今、希音は玄武と話している。もちろん夢の中で。
彼もまた美しい青年の姿をしていた。漆黒の美しい髪と瞳が、月明かりを反射して輝いている。
<我らを結ぶ姫よ。見たものを忘れるでないぞ。すべては過ぎし日の記憶。未来への扉なのだ。災いを避け進むためそなたは知らねばなるまい。そなたは導の清き星。五神が集まりしとき、各方位より訪れる汚れ払われん。七神が集まりしとき、星々の力強まりて聖なる輝き放たれん。そして、十四神が集結したとき、そなたらは、新たなる真実を目にするであろう。この世の性というものを。これまでにそなたが見たのは、そなたらの過去。そしてこれから見せるのもまた、そなたらの過去だ。我手をとれ。時を戻ろう。過去は未来の鏡、目をそらすでないぞ。>
希音は、玄武の手を取り時を戻った。
この時代での希音の名は、夜鈴。周りの人からは、胡蝶ノ舞螢宮という名称で呼ばれていた。希音は舞姫だった。大きな神社で、巫女として育ったのだった。
他にもいろいろな記憶が流れ込んできた。そこで初めて、世界を救う方法を知った。儀式について。夜鈴は全てを知っていた。
<夜鈴の記憶を元に世界を救うのだ。荒流の思い通りにはさせるな。>
玄武は最後にそう言った。
鈴鳴。金、日、昼、逢の神。
流波。銀、月、夜、夢の神。
二人は一つ。一つで二人。彼女たちが一つとなった時、名は改る。時を司る神、明鳥と。
<私たちは、時を司る神。流波は夜を、鈴鳴は昼を。私たちは二人で一つ。私たちが合わされば、時空を歪めることのできるほどの強大な力が生まれる。私たちが涙を流す時、ヒダマリより力が解放され、朽葉の手に渡る。そして世は朽ち果てるのです。三百年に一度ヒダマリの力が解放されます。悪しきものを妨げなさい。ヒダマリ解放の前に舞いなさい。あの次元の森と同じ場所にこの次元のヒダマリがあります。祈りの舞と儀式を行うのです。今のうちに備えを。神を探し、神宝を集めなさい。舞をよく知りなさい。祈りの力を。>
二人の女性が希音の手を取る。
<さぁ、舞うのです。>
彼女らに導かれ希音は舞った。魂に刻まれた記憶を頼りに。
鈴鳴は金色の髪と瞳。流波は銀色の髪と瞳。二人とも白い衣を身につけていた。
希音が舞い終わると、二人は光に包まれた。金と銀の光に。
やがて光が消えると、そこには一羽の美しい鳥がいた。
<これが私の真の姿。日の元にあれば金の羽に、月の元にあれば銀の羽に変わります。>
「綺麗…!」
<ありがとう。あなたの心は美しいのね。心から人を称えるのは難しいことよ。多くの人は、妬んでしまうもの。>
明鳥は、フワッと舞い上がった。
<その羽をとって。あなたへの贈り物よ。>
希音が羽を拾うと、それは勾玉に変わった。
<また会いましょう。>
明鳥はそう言って飛び去った。
=季音の夢=
目を開くと赤い門があった。真っ赤な門。なぜか、季音は懐かしい気持ちになった。
「ここに来たことがある。ずっと前、彼女と二人で。」
目を閉じてつぶやく。
「天地の寄り合い極み玉の緒の絶えじと思う。」
<思い出して下さったんですね。夕虹姫>
声がしたので振り返ると、そこにはあの赤い少女の分身のような青年が立っていた。
「あなたが赤龍?私をずっと前から、見守っていてくれたのはあなた?」
<そう、僕が赤龍です。あなたと心で結ばれた守護神。ずっと、あなたに会いたいと思っていました。>
赤龍は、赤い瞳で季音を見つめた。季音も見つめ返す。
<まだ全ての神には合っていないのですね。>
「はい、私はあと二人に合わなくてはいけません。私は彼女のように、自由に夢を見れないの。」
<大丈夫。今あなたがここにいるということが、夢を自由に行き来しているという証拠です。>
赤龍は愛らしく笑った。
<では行きましょう、金鳴絵はすぐそこです。>
「あの扉の向こうにいるということ?」
<はい、私の手を取ってください。>
季音は赤龍の大きな手に自分の手を重ねた。
「赤龍、夕虹とは私の過去の名ですか?」
<えぇ、一つの過去の名です。しかしあなたは、他の名も持っています。>
「それはどういうこと?…あなたは私と歩いてきた神。知っているのでしょう?……教えてはくれないの?」
赤龍は静かに言った。
<まだ早いです。時が満ちるまで待ってください。>
彼はそういうと赤い龍になった。
<もうすぐです。僕に乗ってください。>
「私はあなたを信じてもいいのよね?」
<もちろんです。僕は、あなたが生まれる前も、あなたが死んだその後もあなたの守護神です。>
季音はその言葉に安心した。胸の中に暖かな空気が流れ込むようだった。
季音は夢を見る。それは日常の一部。夢は時に酷く醜く、時に希望に満ちていた。
<……姫、…虹姫。>
声がする。とても懐かしい。
<夕虹姫、もう着きましたよ。>
「赤龍…私は眠っていたの?」
赤龍は静かに頷いた。いつの間にか赤龍は人の姿になっていた。
<この道の先は、金鳴絵の夢です。>
繋いだ手からは、赤龍の温もりが伝わってくる。
道の向こうには、金の光と蝶をまとった女の人が立っていた。
<これは夕虹様、久しぶりですね。>
「あなたが金鳴絵?」
<そう、私は金の種。私は神族の中でも人に近い分類に入ります。>
初めてだった。人間の姿を持った神に会うのは。
<私はあなたの守護神ですが、名のように鐘を鳴らし、他の守護神を呼ぶ力を持っています。>
季音はふと思い出した。希音の言葉を。”私は夢と共に命を削っている。”
(もしかして私もそうなの?夢を通り過去へ来ることで、私たちは命を削っているの?だとしたら…)
「よかったら、金鳴絵も一緒に来ませんか?私は一人が怖いのです。」
そう、季音は怖いのだ。
「次の守護神の元まで一緒に旅をしませんか?」
<まぁ、私も?喜んで行きましょう。>
金鳴絵の顔に笑みがこぼれる。季音は笑った顔が好きだ。
<…夕虹様はもう、神界の光に飲まれていますね?>
赤龍が囁く。
<そうですね。でも、そんな夕虹様を守るのも私たちの仕事です。>
そう言って金鳴絵はもう一度微笑んだ。その時の金鳴絵はとても美しかった。
彼方に見えるあの門をくぐれば、中空間へと続いている。
金鳴絵は首に下げていた鐘を鳴らした。季音と金鳴絵は一気に門へ飛ばされた。
<着きました。ここに黄虎がいます。黄虎は中空間の守り神。いろいろな人を導く神です。>
季音は、目の前の門に手をかけた。
<夕虹、やっと来てくれたな。>
そこには、巻物に書いてありそうな黄色い虎が座っていた。とても強い力を放ちながら。
「黄虎、あなたが最後の守護神ですね。他の6人と共に力を貸してくださいますか。」
笑顔で問う。その反面、季音は怯えていた。もしここで否定されたら、季音の今までの夢と彼女の努力が水の泡だ。
<もちろん、力になろう。だが、私がお前と共にいられる時間は短い。私はここの番人なのだから。もし、儀式に私の力が必要になったら、いつでも呼んでくれ。喜んで行こう。>
黄虎はとても綺麗な心の持ち主。
すべての神が揃う時、季音と希音の力が目覚める。
<もう時間がない。夕虹、お前の過去に連れて行こう。赤龍が見せた夢の続きへ。>
そういうと、黄虎は立ち上がった。
<心の傷が痛むだろうが、流れに身をまかせるのだ。>
黄虎は季音を背に乗せ走り出した。季音の、そして希音の記憶の元へ。