第一話 夢と出会い。
希音は、幼い頃からよく夢を見た。恐ろしい夢のこともあったけど、ほとんどは不思議な場所にいた。一番幼い頃に見た夢で、鮮明に覚えているのも不思議な夢だった。
=希音の夢=
希音は、白銀の世界を彷徨っていた。
「ここはどこ?」
希音は雪の中を歩き回った。薄手のワンピース姿だったが、寒さは感じなかった。
<探したぞ。>
突然声が聞こえ、青年が現れた。この世の者とは思えない、美しい青年だった。白い衣に白い数珠、木の杖には様々な色に光る石が埋め込まれていた。
<導の者。ようやく見つけた。我は夢の導き手。>
「夢、の…?」
<導き手。>
それから彼は色々なことを語った。希音の宿命について。夢について。
<そなたは見たいか?そなたの過去と未来を。世界の秘密を。>
「嫌と言ったら?」
<もう一人の者がさらなる荷を負うこととなる。>
「じゃぁ…私が見ます。どんなことでも。」
<では、そなたに印を授ける。仲間がそなたを見つけられるように。>
彼が杖を振ると、三色の光が飛び、希音の中に入った。
<これは仲間たちの欠片の宝石。そなたの守り神を見つけよ。>
彼は白い光を放ち始めた。
=現世=
一瞬で目が覚めた。
「ゆめ?」
これは、希音が五歳の時に見たにわかに信じ難い夢。
希音は彼女に出会うまで、この夢のことを忘れかけていた。彼女とは、季音という同い年の少女だ。
美術の時間。三人で机を囲み絵を描く。いつもと変わらない日常。
そこに小さな波が立った。小さな小さな波。
きっかけは夢の話だった。季音の前世の話。
「私、前世は治す人で、巫女だったらしいよ。」
季音は言った。
「夢で見たんだぁ〜。その夢で二人に似た名前見つけたよ。」
「えっ⁉︎どんな名前?」
友人が尋ねる。
「え〜っとね…」
季音は紙に名前を書いた。その時だった。希音の幼い頃の記憶が蘇ったのは。
小さな波が集まって大きな波となる。そう、季音の話が木音の記憶の扉を開いた。幼い子供には荷が重すぎるからと夢の青年が封じた記憶が解き放たれたのだった。
中学生になった今、次々と記憶が呼び起こされた。青年の語ったことが。
=希音の夢=
<そなたは時をつなぐもの。この世界もいずれ滅びゆく。それを止めるのがそなたの役目。>
「世界が滅びる?」
彼は静かに頷いた。
<何百年かに一度、時空の歪みができる。我らはそれをヒダマリと呼ぶ。>
それから彼は淡々と語った。ヒダマリには、熱を帯びた魔力が溜まるということ。それは地獄の炎を作る元になるということ。その炎は、世界を焼き滅ぼすだろうこと。そして、永遠の命を持った者について。
<それを防ぐのがそなたの役目だ。>
彼はそう言っていた。
<雪降る夜に、また会いに行こう。>
=現世=
希音は、突然記憶が蘇り、困惑していた。
帰り道。二人は話した。夢のことを。
そして季音は、二人が同じであると知った。そう確信したのは希音の一言。
「そう。赤い少女、彼女の名前は…?私に夢を見せてくれた。…名前…名前は、そう、朱雀。私の守護神。」
季音は、希音に言った。
「その子に私と会ったことあるか聞いてみてくれる?」
季音はかつて、赤い少女に出会ったことがあった。着物も髪も瞳も、髪飾りも持っていた数珠も全てが赤かった。
「わかった。今日、朱雀を呼んでみるね。私は、あと二人と出会った。」
”白虎”と”青龍”。希音はそうつぶやいた。
季音にも二人の守護神がいる。希音は、二人は世界を守るために生まれたのだと言った。二人は風の音に耳を澄ます。
「…滅びの時は間もなく訪れる…白虎…朱雀…青龍…力をお貸しください、祈りの力を。」
希音は、耳を澄ましていなければおそらく聞き取れないような声で囁いた。
他の者には見えない、形を成さない何か。
季音がそれを自覚し始めたのは保育園の年長の時だった。後ろには、毎日のように銀色の綺麗な毛並みの山犬がいた。
そのことを友人に話した時に気がついた。”この山犬は他の人には見えていない”と。
「ねえ、この山犬はこんなところまで下りてきてどうしたのかな?迷子かな?」
「え?何…言ってるの?」
友人は目を丸くして首を傾げた。
「だから、ここにいるでしょ?」
何回も説明した。でも、友人に伝わることはなかった。逆に変な目で見られたくらいだ。
その日の帰り道だった。希音の守護神に会ったのは。赤い髪、赤い瞳、赤い数珠。とても美しい少女だった。
「どうしたの?迷子?大丈夫?」
<わらわの守るべき者をそなたは知らぬか?>
少女は瞳に力を込めて、季音に尋ねた。とても強い何かを秘めて。
「名前はなんというの?」
<そうか、そなたはまだ知らぬのだな。まぁ、いずれ分るであろう。…そなたにもまた守護神がいる。後ろの山犬だ。印も付いている故、他の者にも会えるであろう。では。>
少女は光の粒となって消えていった。
<やっと話せる。お前と言を交わせる。>
後ろにいた山犬は、いつの間にか大きな妖になっていた。
「もしかして…あなたが私の守護神?あなたの名前は?」
<斑だ。山犬の妖、そなたの守護神であり、夢の導き手だ。>
季音はちょうど一人で帰っていたので、斑と一緒に帰った。
季音が、夢を見たのはそのずっと後だった。難しすぎる難題を突きつけられたのも。
それを見るまでに、季音は成長し多くの人に出会った。世界を共に救う少女、世界を滅ぼし少女を殺した少年に。
そんな中で季音は育ち、今、また夢をみる。自らの守り神を探し求めて。
=季音の夢=
<お前もわかる。絶対に分かり合える。そしてまた許しも与えられる。>
いつのことか季音に、斑という守護神は言った。言葉の意味はすぐにはわからなかったけど。
<お前は世界を救う守護者。この運命を変えることはできない。>
彼は月の守護神。
<お前の役目は、星の導きを得る彼女をお前の月光で照らすことだ。>
彼に季音は問いかけた。
「私は何のためにこの世に守護者として生まれ、何をなすために生きているの?」
彼はこう答えた。
<お前はこの世界を救うために生まれてきた。そして、過去に犯した過ちを償うために生きている。>
「私は過去に何をしたの?」
彼は季音をじっと見つめたが、それ以上は語ろうとしなかった。季音は気がつかなかったが、彼の瞳は苦しげに細められていた。
=現世=
過去に犯した過ちは、今も季音の体に呪いとして残っている。それがいつの日か季音を苦しめるかもしれない。
斑と出会って四年くらい経ったある日、季音は夢を見た。
=季音の夢=
長い長い迷路。迷いながら進むと、そこに黒い猫がいた。瞳はエメラルド色に輝き、何もかも見透かしているかのようだった。
<私の名は玲旺。私はあなたの命が尽きる日までそばにいさせていただきます。>
=現世=
玲旺と出会ってから数日、季音の学校に転校生が来た。同じ名前、そして同じ雰囲気。言葉を交わしたことはなかったが、季音は玲旺の人間でいる時の姿を見て、小さく微笑んだ。
=季音の夢=
広い泉に月が映り輝く。そこに一羽の鳥がいた。黒い羽を空に広げて、まるで月光を自分の中に生命として流し込んでいるように美しく儚い光景だった。
<来てくださいましたな姫君。>
「姫?…私が?」
<あなたは姫ですよ。私を探しに参ったということは世界が危ないのですな?>
「…はい、私は彼女を見つけました。そして私も七人の守護神を見つけなくては。」
<そう急がずとももう一人にはすぐに会えますよ。私は黒、黒鳥と言います。もう一人はあなたと同じ白い方ですよ。>
彼はそう言って季音のところへ飛んできた。
<さぁ、このまま参りましょう。もう一人の元へ。>
そして、季音と黒鳥は飛び立った。
<私は、あなたの過去の闇ですが、決してあなたの敵ではありません。過去も未来もあなたの一部、安心して私の手をとってください。>
そして彼は、季音に翼を授けると、羽ばたいて行ってしまった。
季音は、もう一人の元へと飛んで行った。
どれくらい飛んだだろうか。夢の中と言っても、時の流れは存在している。
怖さに固く閉じていた瞳を開くと、そこには白い着物、黒く長い髪の人物が立っていた。季音は、地面がわからないほど深い雪に覆われた白い空間に降り立った。
「…あなたですか?私の白の守護神は。」
<ここに来たということは、あなたの運命を知ったのですね。>
「守護者、ということですか?」
<そうです。私の名前は斑子。あなたは私。私はあなた。私たちは二人で成り立つ。私たちは姉妹のようなものですね。>
そういうと、彼女は静かに笑った。
<私は斑と同じように、出会ったからにはそばにいます。何かあったら言ってください。>
季音は頷いた。彼女は静かに、季音を元の世界に戻してくれた。
=現世=
飛んだ時間は果てしなく長かった気がしたのに、季音の目が覚めたのは午前二時だった。彼女は、次の日から季音の後ろにいるようになった。部屋で一人の時は、話もしてくれた。昔の話、友人の話、季音の話。
季音は、かつて犯した過ちを遠からず知ることになる。
季音は、希音と世界を救うために生きている。でも季音は知らなかった。運命という名の道の先に続くものを。
=季音の夢=
<今日は、赤の神に会いに行きましょう。>
そういうと斑子はスッと季音の中に入り込んだ。
見えたのは二人の少女。美しく舞っている姿だった。
「これは、私?」
<そう、あなた。あと三人会うことができれば、見ることができます。あなたの全てを。>
怖い気もした。でも、希音も立ち向かっているのだ。
<行きましょう。彼の元へ。>
斑子は狼の姿となり、彼のところへ導いた。