第八話 世界創造。
「今までありがとう。あなたのことが大好きよ。」
夜鈴が夕虹に残した言葉。夕虹は夜鈴の言葉を反芻した。
夜鈴が死んでしまった。夕虹は泉に身をつけていた。寒さなど感じなかった。
そして、夕虹の力が解放される瞬間が来てしまった。夕虹は短剣で自らの髪を切る。夕虹の意識はもはやそこにはなかった。
ずっと夜鈴によって抑えられていた、大きすぎる闇の力。
夕虹は空に手を差し伸べ術を放った。暗黒の雲が湧く。そこで夕虹の命は絶たれた。
夜鈴が命をかけてまで守った世界。夕虹はそれを滅ぼす力を持っていた。彼女の術は時を超え、現世を呪ったのだ。
=現世=
季音はハッとした。
辺りには雷が鳴り響き、暗黒の雲が空を覆う。
(希音は⁉︎)
季音は駆け出した。希音の家の方角に向かって。
希音は家の前に立ち尽くしていた。そしてその周りには、神々が集まっていた。
「希音っ⁉︎どうしたの⁉︎」
季音が駆け寄ると、希音は小さな声で言った。
「…ごめんなさい……」
「そんなっ⁉︎私こそごめんなさい。私のせいで…」
希音は微笑んだ。
「来々、少し力を貸してくれる?」
<希音…もちろんだよ。>
希音の体が光を放つ。
神々に支えられ、希音は舞った。
そして唱えた。祈りを込めて。
「光陰も寸陰に足らず露の間と呼ぶに当たる。悠久の時を越え星霜と共に生する。我永安を祈りここに舞う。黎明と共に悪しき者の力を封ずる。初夜を星々が迎えると共に儀は始まる。星々に月に祈りを捧げここに唱える。花々よ美しく在り給へ。草木よ風にそよぎ給へ。鳥よ高く囀り給へ。川よ清く流れ給へ。空よ青く澄み給へ。星々よ強く輝き給へ。月よ気高く在り給へ。時の彼方の巫女よ、美しく空に舞い給へ。時を数えし我ここに祈る。すべての者を救い給へ。五つの星ここに舞い降りて地を照らさん。我が願いのもと、願い叶え給へ。我の代わりに救いの舞を。我を永遠の扉とし、汚れ封じるために。待宵望十六夜十五夜既望立待月居待月寝待月二日月三日月蒴新月初月上弦十日夜十三夜更待月下弦二十三夜待二十六夜朔望月寒月月天心雨月雪待月薄月名月天満月月白白道月下月夕月前月影月暈玉兎月輪、汚れしものここに祓い清めよ。夜天光大気光星野光夜光雲対日照、天空初空空悋気碧空杞憂御天道白虹朝朱暁光朝影朝曇夕闇夕影斜陽夕紫残照春一番東風南風青北風西風貝寄風野分青嵐初風挟霧春霞夕靄浮雲余所豊旗雲雲紫雲海小糠雨驟雨慈雨春霖暗雲春雷稲妻雷鼓風花細雪雪垂残雪、邪悪なる汚れ払い封じよ。我が祈りの元輝けり星々、ここに我が願いを叶えよ。我と共に舞たまえ。黒煙の中に輝けるは五星、黄の光の元朱青白黒の光重なりて、清めの光とならんことを。祓え給え清め給えと祈らんことを。我が願え叶え給え。火精霊、水精霊、木精霊、金精霊、土精霊、月日神。我が祈りの元、悪しき者を清めよ。封じられし月の清き力ここに解き放ちて、聖星と共に汚れし地清めんことを。月に重なる汚れたる星ここに浄化せん。月に重なりてそれを汚し邪悪なる力の通い路とせること、罰を下しここに清める。光陰も寸陰に足らず露の間と呼ぶに当たる。悠久の時を超え星霜と共に生する。我永安を祈りここに舞う。黎明と共に悪しき者の力を封ずる。初夜を星々が迎えると共に儀は始まる。星々に月に祈りを捧げここに唱へる。花々よ美しく在り給へ。草木よ風にそよぎ給へ。鳥よ高く囀り給へ。川よ清く流れ給へ。時の彼方の力よ。美しく空に舞い給へ。時を数えし我ここに祈る。すべての者を救い給へ。生命の星々我命散りゆく時、この地に舞いて浄化の光放たんとせん。我舞いと生命捧げ我祈る、雷鳴高光月星雲河霊木風樹よ。」
希音の祈りに同調するかのように、あたりが輝きだす。
「我が願い叶えよ。世界創造!」
季音は、その時になってあたりが焼け野原だったことに気がついた。希音の声が響くと、焼け野原は今まで通りの森や家へと変わっていった。
「……」
それを見届ける前に、希音の姿は薄くなる。そして、光の粒に包まれ消えていった。それと同時に神々も姿を消した。
それから数日。世界はいつも通りに動いている。ただ一つ今までと違うのは、人々の記憶から希音が消えているということだ。季音の記憶だけに彼女は存在しているのだった。
季音の頬を涙が伝った。
最後の瞬間、希音は確かに呟いた。季音に向かって。
『また。』
その一言に全ての言葉が詰まっていた気がする。夜鈴と友羽、夕虹と律亜の愛。夜鈴、夕虹、清楓、夜月希、星流希の絆。そして何より希音と季音の友情。
”さようなら”とは違う、未来を約束する言葉。また季音と出会って支え合える友達になりたい。それが希音の願いなのだ。
何よりも大切な友を失う悲しみ。それは、とめどなく溢れるその清らかな涙が表している。
でも、結ばれた絆は消えない。永遠に、何度生まれ変わっても。それが結だから。信じていれば、いつか出会える。




