八.唐突に思いつくこともある
程昱の進言を破棄にした曹操であったが、彼の胸の内には野望の芽があった。
その芽は日を重ねる毎に育ち、実を咲かせんと心の中でうねっている。
程昱を黙らせた後、一人、沈思していた彼であったが、やがて細い眼を光らせ呟いた。
「―――そうだ。此処久しく戦に明け暮れており、狩猟に出たこともない。天子を誘い、猟に出るとしよう。そこで試したいことがある・・・。」
彼は何の前触れもなく思い立った。
『天からアイディアが降って来た。』という例え言葉が当てはまるほどに、彼は唐突に思いついたのである。
この彼の思いつきは直ぐに実行された。
「帝!一狩り行こうぜ!」と曹操が帝に請じると、「・・・あいわかった。」と帝はそれを嫌々と承諾した。
決定!獣狩猟決定である!!
ワンワンワン!と犬が準備され、
キーキーキー!と鷹が準備され、
どうもどうもどうも!と人間が準備された。
もちろん、曹操、帝、両名のお気に入りである劉備も狩猟人として当日の集会場に呼び出されることになった。
狩猟のために集められた御供の数は十万余騎と称えられ、その中には劉備の義弟、関羽、張飛もいた。
狩り当日。
その日の天気は快晴。
雲一つない絶好の日よりである。
騎馬歩卒などの隊列は、延々と宮門から洛内をつらぬき、その様を一目見ようと、老若男女問わず、様々な人間が蝟集(=一ヶ所に群がり集まること)していた。
「いやー今日は素晴らしい獣狩猟世界ですな!」
上手に準備が出来た曹操はご機嫌麗しゅかった。
『爪黄飛電』と名付けられた愛馬に跨り、狩装束も華やかに、天子の側にピタリと寄り添っていた。
「春は肥馬強兵を閲、夏は田畑を巡視し、秋は湖船を浮かべ、冬は狩猟を楽しむ。」
「いにしえの帝王たちは、皆、このように民土の風を楽しみながら、その威を天下に示したモノです。」
「玉座に居ては触れぬ風。」
「上から下への流水のように、天から地へと流れ視て、また天へと上ることもたまには必要でしょう。」
いにしえの帝王の娯楽を現帝王に晴れ晴れと教示する曹操。
しかし、彼の教えを聞く帝の顔は曇り顔。
『晴れ顔と曇り顔』
並べて歩む足取りは同じでも、その歩みの重さは各々異なるのであった。