七十七.出来ないことは出来ないけど出来るようにすること
徐州、小沛の城は落ちた。残るは下邳の城のみである。
下邳といえば呂布が死んだ地。
曹操と劉備の連合軍が散々に手を焼き、ようやく勝利を掴むことの出来た難攻の城である。
そして現在、この城を守っているのは劉備の義弟、関羽雲長であった。
関羽雲長は優秀である。
文武において彼の右に出る者はいないと称されるほどに。
少なくともこの時代の彼の評はそうであった。
誰もが認める強者。
彼を従える劉備を皆が羨ましがっていた。
となると。
曹操孟徳が発する次なる言葉がこうなることは、身内の人間なら誰もが予想がついた。
「関羽が欲ちぃ!!」
キタ━━(゜∀゜)━━!!!っと皆が思った。
無茶振りキタ━━(゜∀゜)━━!!!っと皆が困惑した。
『殺すより捕らえる方が難しい』というのは将として誰もが知る所である。
冒頭付近で述べたが、下邳の城は難攻である。
その城を関羽が守っているのだから、城を攻め落とす(=関羽を殺す)ということだけでも、えらいこっちゃである。
ましてや彼を殺さずに捕らえるとなると、軍にどれほどの犠牲が出るか分からない。
(((まいっちゃったな~~~↓)))
曹操軍諸将一同、テンションだだ下がりであった。
「「「殿、それは難しいっぺ!!」」」
頭でっかち三人衆、『荀彧、郭嘉、程昱』が正直に関羽捕縛の難しさを唱えたが、曹操は首を縦に振らなかった。
完全なお手上げムード。
静寂となった軍議場であったが、ここで意外な人物が前へと進み出て、
「殿、お案じなさるな。拙者が関羽殿を説いてみせましょう。」
といった。
述べた人物の名は『張遼』。
かつて呂布の下に仕えていた名将であった。




