七.めったなことを申さない
一日。
相府の一閣に程昱がやって来て、曹操と密談をしていた。
「曹丞相。何故動かぬのですか?」
「・・・程昱。『何・故・動・か・ぬ・の・で・す・か?』とはどういう意味だ?」
「ボケた回答は止めてください。私の仰る意味は曹丞相もお分かりのはず。―――再度、問わせて頂きます。何故動かぬのですか?決意は既に出来てございましょう?」
そら嘯く曹操の回答に真面目な程昱は熱くなった。
彼が曹操に問うていることを、現代用語を用いて一言で述べるのならば、
『クーデター』
という言葉が適切であろうか?(間違えてたらごめんね。)
第一部から読んで下さっている読者の皆様には何度も申し訳ないが、ここでもう一度書かせて頂く。
『漢王朝は既に終わっている。』
第一部の頃より↑の類語を何度も書いているが、冗談抜きで漢王朝は終わっている。
今や帝は政にはほとんど関わっておらず、大陸を動かす権限は曹操が持っているも同然。
帝が曹操の傀儡になってしまっているのは、朝廷の誰もが内心では思っていることであり、皆、口には出さないだけであった。
で、
この傀儡政治を完全に終わらせ、主君の曹操に正式な大陸の実権を握らせんと、臣下の程昱が曹操に対し、
「革命しようぜーっ!クーデターだーーーっ!!」
と、『覇道の改革』を行うべきだと進言しているわけである。
曲者ぞろいの曹操軍の中でも、特に過激な性格である程昱。
そんな彼に対し、曖昧なごまかし言葉は禁句であろう。
曹操も彼の本気に応えるべく、逆に彼に問いかけた。
「・・・答える前に君に問う。君は覚悟が出来ているのかね?」
「出来てございます!」
「即答か・・・。相変わらずの強気な姿勢。その気概は嫌いではない。」
「私は答えました。次は御大の番です。」
「・・・まだ、早い。」
「何故です!今や呂布は滅び、天下は揺れ動いております!雄略胆才も、皆、去就に迷い、混乱を極めております!ここで丞相が覇道を行えば・・・」
程昱が禁句を口に出そうとすると、曹操は目をカッ!と開いて、
「めったなことを申すな。お前たちが思っている以上に、朝廷にはまだまだ帝を慕う者は多い。」
「機も熟さぬ内に事を成せば、自らを害することになる。」
「まだ動く時ではないのだ。それに・・・それに、私には私の考えがある。今は現状維持が正だ。今は・・・だ。」
先程、程昱をいなした軽い言葉ではなく、その百倍は重いであろう言葉に、さすがの程昱もこれ以上口を開かず、そのまま黙って口を閉じたのであった。