温泉は最強だね!
あたし達は今、温泉に来ている。
来ているというか、今、宿に到着したばかりだけどね。
「うわー、ひろーい、ふるーい! 本当にここ、泊まっていいのかな? 後で宿代、請求されたり、しないかな?」
あたしがそう言うと、隣にいたシャナちゃんは、やれやれと言った様子で、溜息を吐き出した。
「大丈夫でしょ、あたし達、依頼で来てるんだから。それなのに、宿代は自腹で、なんて、どれだけみみっちい依頼主なのよ?」
「そっかー、良かったー! じゃあ、のんびり楽しんじゃお。お肌ツルツルになるといいなー」
「まだそんな年じゃないでしょ、あたしより幼い癖にババ臭いわね。まあ、でも、仕事忘れてはしゃいでる様子は年齢相応に、おこちゃまだけどね」
「ひどー! あたし、子供じゃないもーん! もう行くよ、シャナちゃん!」
あたしはシャナちゃんの手をぎゅっと掴んで、引っ張って、宿の中へ連れていこうとする。
でも、伸ばしたあたしのを手を、すごい嫌そうにシャナちゃんは避けると、さっさと一人で宿の中に入ってしまった。
もーっ、相変わらず、シャナちゃんってば、つれないんだから……。
あたしはプリースト。シャナちゃんはマジシャン。あたし達は二人でパーティを組んで、冒険者をしている。
後衛二人、しかも女の子二人のパーティだけど、これで結構腕はいいのだ。と、あたしは言い切っちゃう。
だって、一応、あたし達に解決できなかった事件は、まだひとつもないんだしね。
「わーっ、中も広いな、嬉しいな」
あたしは宿の畳の上に寝そべって、ごろごろ転がった。
ここまで来るの、結構長旅だったから、宿の中に入ると、ついくつろいじゃう。
「ねぇねぇ、ここ、どんな温泉あるのかな? あとでシャナちゃん、背中の流しっこ、しようね」
「だから、依頼で来てると言ってるのに……あー、分かった、好きにしてていから、せいぜいあたしの足は引っ張らないでね!」
「ひどー! いつも気を張り詰めたら疲れちゃうんだよー。戦士には休息は必要なんだよー」
「戦士じゃないでしょ?」
「そうだけど……でも、プリーストにも癒しの時は必要なんだよ!」
むきになって言い返しながらも、あたしは一応、ねっころがるのをやめて、座布団の上に座り、背筋を伸ばした。
そろそろ依頼人が訪ねてきそうだから、ここは大人の女性として、威厳を見せておこうと思ったのだ。
予想通り、直ぐに依頼人のおじさんが部屋にきた。
一通り、挨拶を済ませると、早速あたしは尋ねる。
「それで、どのような、ご依頼なんですか?」
シャナちゃんもあたしの言葉に被せるように自分の疑問を言う。
「ええ、それは気になります。何であたし達に依頼してくれたのですか?」
あたしは目をパチクリさせてシャナちゃんを見た。
「ふぇ? それはあたし達が腕が良くて評判のいい冒険者だったからじゃないの?」
「そんな風に思ってられるなんて、幸せね……。普通、女性二人の、それも後衛二人のパーティを、わざわざ指名して依頼してこないでしょ? わざわざ指名してきたと言うことは、あたし達でないと都合悪いことがあったからよ」
シャナちゃんはきっとおじさんを睨む。シャナちゃん、おじさんのこと、警戒してるのね……。
シャナちゃんみたいなクールな美人さんに睨まれて、おじさん、びびってるよ……。
「まあまあ、とりあえず理由聞くだけ聞いてみよ? おじさん、それで依頼の内容って、本当になんです?」
あたしのとりなしに、おじさんはほっとした様子になった。
「実は……」
「実は……?」
「下着泥棒が出るんです」
「……はぁ?」
「温泉の更衣室から、女性の服や下着が盗まれるんです。あ、服も盗まれるので、厳密には下着泥棒というより、服泥棒、という感じのですけど……」
ふ、服泥棒??
何だか、変わった人もいるね……。あ、別に下着泥棒が変わってない、という意味では全然ないけどね!
でも、下着だけでなく、服まで盗んでいくのは、はじめて聞いた!
それを聞いて、シャナちゃんは不機嫌そうに目をギラッと光らせる。
「つまり……あたし達に依頼したのは、あたし達に囮捜査をしろ、と?」
囮捜査って、あたし達の服が盗まれたり、裸を見られたりする危険性があるんでしょ?
それは嫌だなあ……。
シャナちゃんもそれが嫌だから、あんな怖い顔、してるんだろう。
おじさんはしどろもどろになる。
「あ、いや、別に囮捜査に限らずとも、犯人さえ捕まえてもらえばいいので、捜査方法はお任せしますとも……その……」
うーん、嫌なことは嫌だけど、別にこれ、おじさんが悪いわけじゃないしなあ、おじさんに当たるのは筋違いな気がする。
何より、困ってる人を助けないのは、プリーストとしてのあたしの信条に反する。
女の子の敵も、許しておけないしね!
「受けよう、シャナちゃん、この依頼!」
「そうね、ここまで来て、引き返すわけにはいかないしね……」
シャナちゃんはふぅと表情を緩め、息を吐き出した。
「それでこそ、シャナちゃん! いい子に育ったわね。これもママの教育の賜物かな」
「別にママはあたしのこと、育ててないでしょ! あたしがしっかりしてるのは、あたしの努力があったからよ!」
「もう! ママだって、シャナちゃんのこと、頑張って育てたもーん! 頑張ってシャナちゃんを養おうと冒険者になって働いてるのにっ!」
「働いてるのはあたしも同じでしょ! ママ一人に、こんな危険な仕事、させられないわよ! ただでさえ、ドジでまぬけで失敗してるママに!」
「ひどーい! 親に向かって、そこまで言う! シャナちゃんのばかっ!」
あたしはほっぺたをぷーっと膨らませて、シャナちゃんにあっんべーをした。
ふと見ると、何だかおじさんが不思議そうな顔をしている。あたしとシャナちゃんのやり取りを聞くと、誰もが浮かべる表情だ。もうこういう表情は散々見慣れていた。
あたしはおじさんに向かって簡単に説明した。
「あたしとシャナちゃんは親子なんです。あたしがママ」
「あたしの方が年上だけどね。ママよりあたしの方が、よっぽどしっかりしていて、保護者に見えるわよ」
「でも、実際は、あたしがママだもん! シャナちゃんはあたしの娘なの!」
あたしはきっぱり言う。
そうだ、シャナちゃんはあたしの娘なのだ。だから、あたしがしっかり育てないといけないのだ。
あたしはあの人と約束したのだ。
立派なママになる、と!
あたしがあの人と結婚したのは13歳の時だった。
当然、年齢が幼すぎると周りからは反対された。しかも、あの人にはあたしより大きな年齢の娘がいると知ると周りの反対はさらに一層強くなった。
というか、一番反対してたのが、その娘のシャナちゃんだし。
でも、あたしはあの人を愛していたから、反対を押し切って、無理に結婚してしました。
それから半年もたたないうちに、あの人は帰らぬ人に……。
今はこうしてシャナちゃんとあたしは、立派な冒険者として旅を続けている。
立派な冒険者として……。
「何であたしが囮なのよー。シャナちゃんの方がスタイルいいし、綺麗だし、シャナちゃんが囮の方が絶対犯人食いつくよー」
あたしは身体にバスタオルを巻いただけの頼りない姿で、シャナちゃんに泣きついた。
これはさすがに立派な冒険者のすることじゃなーい。
なんであたしがこんなこと、しなきゃいけないのよ!
「しっ、あんまり大きい声を出さない! あたしがここにいるとばれるでしょ! それに姿を消す魔法が使えるのはマジシャンだけなんだから、仕方ないでしょ!」
絶対嘘だ。シャナちゃん、囮役が嫌だから、あたしに囮役を押し付けたのだ。
で、でも、娘の貞操を守るのも、母親の勤めだよね……。
自分にそう言い聞かせ、何とか自分を納得させることにする。
脱衣所に残した服が心配だったものの、あたしは渋々、浴室の中に入って行った。
中はかなり広かった。
宿も大きかったから期待してたけど、お風呂場の豪華さはその期待を超えていた。
あたしは囮なのも忘れて、るんるんとのんびり温泉を堪能してしまった。
そしてそろそろ湯だってきたので、お風呂から出ようと、のんびりと脱衣所に向かう扉を開ける。
そこには鳥さんがいた。かなり大きな、鳥さんが。
どれくらい大きいかというと、あたしよりも大きい。そんな鳥さんがでんと脱衣所の真ん中にいて、あたしの洋服を入れた籠をあさっている。
あたしはその光景に、これが現実とは思えず、唖然としてしまった。
「と、鳥さん~?」
「くけぇ~」
鳥さんはあたしに威嚇すると、あたしの服を咥えて大空高く舞い上がった。
「ま、まってー! あたしの服!?」
服、持って行かれると困るよー!
あたしは咄嗟に鳥さんの足を掴んだ。
ふわり、とあたしの身体が宙に持ち上げられる。
「ひゃあああ!?」
落ちたら怖いので、あたしはそのまましっかり鳥さんの足に抱きつく。
あたしは鳥さんに運ばれて、お空へ冒険の旅に出た。
ここ……どこ……?
どうやらここは洞窟の中みたいだ。あたしはいつの間にか気を失っていたみたいで、気づいたら、ここで寝ていた。
周りを見ますと、そこには服の山が……。女の子の服が沢山!
こ、これ、どういうこと……?
「気がついた、ママ?」
後ろから、声が掛けられる。ハッと振り返ると、シャナちゃんが、座り込んでいるあたしに顔を近づけるように、身をかがめて、話かけてきた。
シャナちゃん、胸でかいなあ。親のあたしが負けてる……。
「シャナちゃん、ここ、どこ~?」
「あの鳥の巣よ。洋服泥棒の件、あの鳥が犯人だったみたい」
「鳥が犯人?? あの鳥さん、服なんか盗んで、どうするの? 売るの?」
「違うわよ、馬鹿ねぇ……。ほら、カラスとか、よく光った物が好きで、光ったものを見つけると巣に持ち帰るでしょ? あの鳥の場合は、それが洋服だっただけ」
「なるほど!」
あたしはポン、と手を叩いた。
そういう理由だったのね……。つまり、犯人は、鳥!
これで事件解決だぁー。
「やったね、あとはこの場所、依頼人のおじさんに教えたら、解決だね。早く戻って伝えよう」
「まった、ママ! その格好で帰るつもり?」
シャナちゃんはあたしの身体、上から下に、じろじろ見てくる。
へっ? その格好?
あたしはゆっくり自分の格好を見下ろし、気づいた。
きゃっ、あたし、いつの間にかバスタオル取れて、全裸になってる!?
ちっちゃい胸とか、色々あらわになってるよ、恥ずかしい!
あたしは慌てて、近くにあたった服で身体の前を隠した。
「きゃぁぁぁ!?」
「わかった? じゃあ、てきぱきと着替えてね? ママの服、そこにあったから」
シャナちゃんは服の山の一角を指す。
あった、あたしの服と下着!
あたしは慌てていそいそと服を身につけた。
凄いてきぱきと服、着てるのに、シャナちゃんはいらついたように言ってくる。
「もーっ、急いでよ、ママ。何、もたもたもそもそ、やってるのよ! あの鳥、帰ってきちゃうじゃない!」
「でも、あの鳥さん、そんな危険なの? 見た感じ、ただ大きいだけで、あとは服を盗んでるだけだったみたいだけど?」
「そうだけど……怒らせたら、戦闘になるかもしれないし、早くでるにこしたことはないわよ」
それもそっか……。あとはすごい素早い速度で、5分という凄い速さで急いで服を身に付けた。
「じゃあ、いこ。もう着替えたから」
「遅いってば、何、服着るだけで5分くらいかけてるのよ! まあ、いいわ、長居は無用、いくわよ」
シャナちゃんはさっさと歩きはじめる。あたしもシャナちゃんより遥かに長さが短い足で必死に早足でシャナちゃんを追いかける。
「出口はどっちかなあ?」
「ママが浚われたのを見て、後を追ってここまできたから、場所は分かってるわ。こっちよ」
何だかんだでシャナちゃん、逞しい。頼りになる娘だよね。
ママとして、こんな娘がいるのは誇らしいな。
そんなことを考えてたとき……。
こてん。
あたしは何かにつまずいて、地面に転がった。
「痛たぁ……」
「何してるのよ、もう……って、卵??」
「うん、卵だね……あの鳥さんのかな?」
「多分ね……でも、これはやばいわね……」
何が危険なんだろう、と思って、周囲を見回すと、周囲には卵が沢山転がっていた。
これ全部、あの鳥さんの卵? って、こんなに沢山卵生むなんて、鳥というより、もはや魚並みだよ!?
どれだけの繁殖力なのよ。
その時、卵がパリパリ……とヒビが入り、割れはじめる。
こ、これってまさか……。
あたしたちがここに来たタイミング、最悪だったみたいだ。
卵はどんどん割れていき、次々と大型犬くらいの大きさがある雛が生まれ出てきた。
「シャナちゃん、逃げよう!」
こんなに沢山……無理! 数が多すぎるから、襲われたら、やられちゃう! でも、ううん、それよりも大事なのは……。
しかしシャナちゃんはあたしの言葉を聞いても不適な笑みを漏らすだけだった。
「大丈夫よ、この程度の数とこの程度の敵。あたしの呪文で一撃でなぎ払ってみせるわ。だから、安心して」
「だめっ!」
あたしはシャナちゃんをとめた。だって……。
シャナちゃんはあたしの言葉を聞いて、不思議そうな顔になる。
「えっ?」
「何も悪いことしてない鳥さん、いじめちゃ、可哀想!」
「悪いことって、そいつの親鳥は、沢山の服を盗んでるのよ! 悪いことしてるじゃない!」
「でも、それは窃盗であって、殺されるほど悪いことしてるわけじゃないわよ!」
しかし、そんなこと、言い争ってる間にも、雛さんたちは、あたしたちを取り囲んで、じわじわと距離を縮めてきた。
なんか、雛さんたち、獲物を狙う目であたしたちを見ている。あたしたち、そんなに味が美味しそうに見えるのかな?
「ひ、雛さん……あたし食べても、味おいしくないわよ、まずいわよ……?」
あたしが近づいてくる雛に怯んでるのを見てシャナちゃんは呆れたように言った。
「鳥に言葉、通じるわけないじゃない」
「だってぇ……」
「まったく、焼き払えば、簡単なのに、あたしも甘いわね……。仕方ないわね……」
シャナちゃんは自虐的に笑うと、あたしの手をぐいっと掴んだ。
あたしは驚いた目でシャナちゃんの顔を見る。
「えっ?」
「こうなったら……」
「うんうん?」
「強行突破よ! 走って間をすり抜けて、逃げるわよ! いくわよ!」
シャナちゃんに手を引っ張られて、あたしは走った。
でも、シャナちゃんの見通しも、あたしの見通しも、直ぐに甘かったことを思い知った。
あたしたちは大事なものを雛さんたちに奪われてしまった……。
とても大事なものを……それは、い……。
温泉宿に帰ると、あたしとシャナちゃんは待ちきれないように出迎えてきた依頼人に、早速事件の顛末を話した。
依頼人はあたし達にお礼を言ってくれて、報酬をたっぷり払ってくれた。
あたし達は一旦荷物をまとめるから言って、宿の自分の部屋に戻った。
「終わったー……。もういつばれないか、ひやひやしよ、恥ずかしかった……」
「奇遇ね、あたしもよ」
あたしはプリーストの服のスカートが乱れるのも全然かまわず、もう本当に力尽きる感じにその場にぺたんと座り込んだ。
シャナちゃんも本当に疲れたみたいで、ぐったりとマジシャンの服が乱れるのにもかまわずぺたんと座り込んでいる。
普段なら、服の皺がとか気になるんだけど、今はそれは気にする必要はない。
なぜなら……。
「じゃあ、とりあえず、本物の服をさっさと着て、帰りましょ?」
「うん……幾らシャナちゃんの幻術で服を着てるように見せかけているとは言え、この状態は恥ずかしいし、それに寒いよー」
そう、あたし達は、雛たちに奪われたのだ、全てのいふく、そう衣服を。下着まで全て、くちばしでつっつかれて、剥かれていった。
あたし達も必死に抵抗したけど、力では全然雛たちにかなわなかった。
全裸にさせられてしまったあたし達は仕方なく、シャナちゃんの魔法で幻覚の服を作って、ちゃんとした格好をしているように見せかけて、ここに戻ってきたのだ。
服を奪われたことは、当然、依頼人には言わなかった。恥ずかしくて、言えるわけない!
「でも、原因の調査は終わったけど、どうするんだろ、あの鳥さんたち?」
あたしはふと疑問に思って、シャナちゃんに尋ねる。
シャナちゃん、今日は赤の下着だー。相変わらず、大人っぽいよね。プリントものの下着を愛用してるあたしとは大違い!
それはともかく、シャナちゃんは服をてきぱき着ながら言った。
「まあ、屋根作ればいいだけじゃない? まさかあの鳥でも、屋根を突き破ってまで服を盗もうとはしないだろうし、それだけの知恵があるようにはどう見ても見えなかったしね」
「そっか、殺されないなら、良かった」
あたしは、安心して、にこっと笑った。
シャナちゃんはやれやれ、といったように溜息を吐き出す。
「まったく、ママは甘いわね……でも……」
「でも……」
「……。ううん、やっぱり何でもないわ。お気楽でうらやましい、と思っただけ」
シャナちゃんはあたしから顔をそらして、冷たく言う。
でも、わかってるよ、シャナちゃん。その逸らした顔が赤くなってることを。
本当は、ママのそう言うところが好き、と言ってくれたことも、しっかり聞こえてたよ。・
あたし達親子、血は繋がってないけど、立派な家族だよね。
あたしも、シャナちゃんの、ツンと冷たいように見えて、実はデレデレあたしに少しだけ甘えてるところ、すごく大好きだよ。