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正愛くんの嫁  作者: 皐月 衣夜
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プロローグにしては長すぎる

山城高校は、偏差値47のちょいバカ高校であり、生徒の半分以上が不良である。しかし目立った事件が起こる訳でもなく、日常的にケンカがある訳でもないので生徒達は基本的に平和な学校生活を送っている。


長谷川正愛は山城高校で一番目立つ不良だが、やはり何か問題を起こす事も好んでケンカをする事もない。ただ屋上や保健室で授業をサボり、たまに隠れて女子生徒とよろしくやっているくらいだ。これと言って刺激はないが、高校生なんてそんなものだろうと思っいる。


「マサムネー」

「おー。つかオレの名前をカタカナで呼ぶんじゃねぇ!」


今日も今日とて親友である川本大心と屋上会議中。仲良くストローの刺さったパックのジュースを片手に紫煙を燻らせている。


「一年にスゲー可愛い子入ったってよ」

「へー。巨乳?」

「Eカップだって」

「でけぇな」


興味無さそうに応えて、チューッとジュースを吸った。

新入生が入学してきて三日。学校と言う狭い社会の中では噂や情報が回るのはあっと言う間だ。正愛自身、身を持って経験している。それに対して特に嫌だと思った事もないので気にはしていない。


「今頃京介がアタックしに行ってんじゃねーの」

「アイツ本当に巨乳好きだよな」

「そう言う正愛も嫌いじゃないだろ」

「ねぇよりはあった方がいいってくらいだな」

「そりゃそうだ」


灰皿にタバコを押し付けながらケラケラと笑い合う。正愛は大心とのこんな時間が好きだった。幼い頃から一緒に居る為、気を使う事はないし気も合う。一々言葉にしなくとも言いたい事が分かり合える良き相棒だ。大心が自分と同性で良かったと心から思っている。異性として出会っていたら、きっとこうはなって居なかっただろう。正愛は男と女の友情などこの世に存在しないと思っている。


「しっかし、本当に平和だねー。我が校は」


大心はジュースを持って立ち上がった。そのままゆっくりフェンスに向かうと、校庭を見渡すような形でフェンスに凭れかかる。危険防止の為のフェンスにしては高さが足りないだろうと思った。


「何、お前ケンカでもしてぇの?」

「まさか。オレは平和主義ですよ正愛くん」

「じゃあ何だよ」

「そうだなァー…」


はっきりとした答えを言わない大心に、正愛は意味が分からないと言う様に眉間に皺を寄せ、校庭を見下ろしている彼の背中を見つめた。何が言いたいのかは分からないが、突拍子も無い事を言われるだろうと言う予想は出来ている。こう言う時の大心はいつもそうだった。そしてそれは大概、正愛に対して歓迎し難い内容なのである。


「卒業する前に一つくらい、スゲー面白い事があってもいいのになーと思ってさ」

「は?」


正愛は更に眉間の皺を深くした。そんな正愛を知ってか知らずか、大心はただただ何もない校庭を見下ろしている。正愛が立ち上がり大心の隣に並んだ。手にはパックのジュースがある。


「スゲー面白い事って?」

「例えば正愛に彼女が出来るとか」

「それ面白いのかよ」

「オレはな」

「ふざけんなよ」


そう言って静かに笑い合った。正愛はスラックスのポケットからタバコの箱を取り出して少なくなっている中から適当に一本抜き取ると、流れる様な動作でそれを口に咥え火を付けた。一度深く吸い込み、ふぅーっと緩やかに煙を吐き出す。ちょうどその時、校門を見知った人物が通るのを見つけた。


「京介だ」

「ほんとだ。アイツこんな時間に来るとか何してんだよ」

「どーせ寝坊だろ。京介ぇー!!」


校門から校舎までの距離をダルそうに歩く京介に向かって正愛が叫ぶ。突然自分の名前を呼ばれた京介はビクッと肩を揺らし辺りをキョロキョロと見渡す。その様子を可笑しそうに二人は笑った。しばらくそれを見ていると、屋上に居る二人に気付いた京介が満面の笑みでブンブンと大きく腕を振った。


「正愛せんぱーい!大心せんぱーい!おはようございまーす!」


子供の様な京介に、正愛と大心は小さく手を振って応えた。それを確認した京介は「直ぐ行きます!」と言って走り出した。今までダルそうにしていたとは思えないダッシュに正愛はまた笑った。あっと言う間に京介の姿は校舎の中へと消える。


「まぁ、卒業するまでにオレに彼女が出来る事はねぇだろうけど、あるといいな。スゲー面白い事」


正愛は大心を見ずに言った。


「分かんねぇだろ。明日出来るかもしんないぜ?お前に彼女」

「ないない。絶対ない」


半分程まで短くなったタバコを吸う。隣では大心が先程の正愛と同じ様にタバコに火を付けた。ゆらゆらと二人分の紫煙が浅い青に色付いている空に向かって登って行く。


「じゃあ賭けるか」

「は?」


これには思わず大心を振り返った。自分に視線が向けられた事を横目で確認した大心もゆっくりと正愛を振り返り、口元だけでニヤリと笑って見せる。


「卒業するまでにお前に彼女が出来るか出来ないか」

「だから出来ないっつってんだろ」

「だから分かんねぇっつってんだろ」


一体この男は何がしたいのか。大心とは随分長い付き合いになるが、正愛はこれまでで一番理解に苦しんでいた。ただの暇潰しなのか、それとも何か企んでいるのか。その真意を確かめようとジッと大心の目を見つめてみるが、特にいつもと変わりない瞳がそこにあった。と言う事はつまり前者か、と正愛はフェンスの淵で短くなったタバコを消した。


「何お前、オレで暇潰ししようとしてんの?」

「おう。お前にしちゃ気付くの早かったな」

「バカにしてんのか!」

「バカだろ」

「まぁな!」

「威張るな」


呆れた様に言って、大心もタバコを消した。二人は吸い殻を持って元いた場所に腰を降ろす。吸い殻はちゃんとに灰皿に捨てられた。不良の割に自分のテリトリーはキレイにしておきたいと言うのが二人の考えだった。その考えは何度周りの人間を驚かせたか分からない。


「で、どうする?」

「賭けんのはいいけど、それってオレめっちゃ有利じゃね?」


卒業するまでに正愛に彼女が出来るか出来ないかは、言うなれば正愛が卒業するまでに彼女を作るか作らないかと言う事だ。もし正愛が誰かと恋に堕ちたとして、その相手と付き合うタイミングと言うのは正愛次第。絶対的に正愛が有利な賭けとなる。


「んじゃハンデとしてオレは色んな女をお前に嗾ける。これでどうよ」

「そこまで言うなら分かった。いくら賭ける?」

「一万な」

「おっしゃ」


絶対に負けない自信のある正愛と、勝敗は分からないだろうと言う大心はお互いにニヤリと笑みを浮かべた。そんな二人の好戦的な空気に響いたのは屋上の扉が開く大きな音と、京介の賑やかな声だった。二人は揃って屋上に飛び込んで来た京介に視線を向ける。


「おう京介。早かったな」

「今正愛と賭けしてんだけどお前も乗る?」

「えー?何の賭けっすかー?」


京介は肩で息をしながら二人の目の前に腰を降ろした。持っていたビニール袋から麦茶を取り出してゴクゴクと喉に流し込む。一気に半分程なくなった。


「オレ等が卒業するまでに正愛に彼女が出来るか出来ないか」

「何すかそれ面白そうっすね!乗ります!オレ出来る方で!」

「よし、賭け金は一万な」

「了解っす!」


元気よく答えて、京介は先程麦茶を取り出したビニール袋から今度は菓子パンを取り出した。パリッとパンの袋を開けてもしゃもしゃと食べ始める。それを見た正愛はそのビニール袋からおにぎりを取り出した。


「先輩それオレのっすよ!」

「いいだろ一個くらい!」


ギャアギャアと騒ぐ正愛と京介に、大心は小さく溜め息を吐いた。しかしこれは何時もの事なので止めに入ったりはしない。結局は京介が文句を言いながらも正愛におにぎりを一つ恵む事で収まるのだ。


「つーか京介。お前は何で正愛に彼女が出来る方に賭けたわけ?」

「ふぉ?ふぁっへめうさんがいうしゃないっふは」

「何言ってんのか分かんねーよ。飲み込んでから喋れ」


京介は慌てて口いっぱいに詰め込んでいるパンを噛み砕き、麦茶で喉の奥へと流し込む。大心は静かにそれを見守り、正愛は「やーい怒られたー」と指をさしてケラケラと笑った。まったくどちらが歳上なのか分からないと大心は思ったが、直ぐにどちらも精神年齢は小学生だと言う結論に達した。そうすると自然に、さしづめ自分は幼稚園の先生かと言う考えに至る。


「だってめぐさんが居るじゃないっすか」

「は?」


やっとパンを飲み込んだ京介から出た言葉に正愛はそちらを振り返った。もちろんめぐの事は知っている。山城高校のトップギャルと言われている自分の仲間だ。しかし何故その彼女と自分が付き合う様な事を京介に言われているのかが分からない。


「お前オレとめぐが付き合うとでも思ってんの?」

「え、違うんすか?」

「付き合うわけねぇだろ」

「え?」


どう言う事?と言う目で京介は大心を見た。同じように正愛も大心へ視線をやる。二つの目に見つめられて、大心は本日何本目になるか分からないタバコを咥えながら「うーん…」と考える素振りをした。


「ま、そう言う噂があるってこった」

「は?意味分かんねぇ」


面倒臭さそうに言って、正愛も京介同様、本日何本目になるか分からないタバコを咥える。それに火を付けるとゴロンと仰向けに寝転んだ。視界に広がるのは雲ひとつない晴天。それを濁す様に煙を吐き出した。


「なーんだ。違ったんすね」

「ったりめぇだろ。オレは女なんて作る気ねぇよ」

「んじゃオレ彼女出来ない方に賭け直します」


そんな京介に大心は「変更は一回きりな」と言って承諾した。大心は甘いな、と思いながら正愛は何も無い空を見上げ続ける。飛行機一機、鳥一羽も居ない空はまるで自分の物の様に感じた。


「つーか月曜って何でこんなにダルいんすかね」

「そりゃオメェー、月曜だからだろ」

「ですよね」

「お前等は土日以外毎日ダルいだろ」

「確かにな」


ダルいと思いながらも毎日真面目に登校している二人には感心さえする。いや、真面目と言うには些か非行が問われるかもしれないが、それでも一年間、公休の休み以外では休まず皆勤している二人は褒めてやるべきだと大心は思う。褒めれば調子に乗る事は間違い無いので自分が褒める事はしないのだが。二人が毎日休まず登校して来る理由として挙げられるのはただ一つ、休んだところで暇を持て余すからだ。正愛に至っては学校をサボった事が家族にバレたら間違いなく姉にフルボッコにされる。


「久々に桜子さんに会いてぇな」

「はぁ!!?」


大心の言葉に、正愛は叫び声とも取れる大声を出して起き上がった。正気の沙汰とは思えないと言う様な顔で大心を見る。京介はキョトンとして首を傾げた。


「お前ドMか!?」

「ちげーよ。お前が桜子さんにイビられてんのが見てーの」

「お前ドSか!?」


まるで殺人犯でも見るような目で正愛は大心を見つめる。見つめると言うより、睨み付けると言った方が正しいかもしれない。恐怖と怒りが入り混じった様な瞳を大心はジッと見つめ返す。このままケンカに発展しても可笑しくない空気が二人の間に滲み出した。京介はどうやってこの空気を打破しようかと考え、視線はあたふたと二人の顔を交互に行ったり来たりしている。


「正愛、」

「なんだよ」


とうとうケンカだ!と京介はギュッと目を瞑った。二人はケンカが強い。昨年この高校に入学した時に二人が他校の生徒とケンカをしているのを見て以来、京介はその強さに惚れ込んで二人に纏わり付いている。確かあの時は二人で十三人を相手に瞬殺していて、どちらが多く倒したかを言い合っていた。そんな二人がやり合ったらどうなるのかと、京介は興味を持ちつつも気が気ではない。しかしそんな京介の心配は無駄に終わる。


「お前ビビり過ぎだろ」

「うるせー!!お前だってアイツの前だと声震えてんだろーが!!」

「オレのは嬉し過ぎてだ!喜びのあまりだ!」


ギャアギャアと喚く様に言い合いを始めた二人は小学生の様で、京介はケンカに発展しなくて良かったと胸を撫で下ろした。そして漸く一つの疑問が浮上する。


「つーか、桜子さんて誰っすか?」


京介から投げ掛けられた疑問に、二人は子供の様な罵り合いをピタリと止めて、揃って京介を振り返った。京介はキョトンとして小首を傾げる。


『悪魔の様な女だ!!』


二人の鬼気迫る剣幕に京介はビクッと肩を揺らした。一体何があったのかと聞くが、二人は思い出すのも恐ろしいとそれに答えるのを拒否した。この二人をここまで震え上がらせる女とは一体何者なのかと興味が湧くが、きっと聞いたところで教えてはもらえないだろうと京介は早々に諦めた。


「女作る気はねぇけど、もし作るならアイツとは真逆のタイプがいいわ」

「そうなるとやっぱめぐは無しだな」


正愛と京介はまたタバコに火を付けた。


結局この日は昼まで屋上で三人で過ごし、昼休みになって午後の授業に出るべく各々教室へと戻った。

新学期が始まって三日。小春日和の穏やかな気候と共に、正愛の一日も穏やかな日だった。




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