ミニちゃんの日常によくある風景【ショートショート】
小柄で可愛らしい女の子、ミニちゃんは今日も元気にお散歩中。
すると前から見慣れた顔の男の子がやってきました。
「やあミニちゃん!」
上げた右手をブンブン振って満面の笑みでミニちゃんの名前を呼ぶのは、お友達のブウくんです。
ミニちゃんは立ち止まってブウくんに声をかけました。
「ブウくんこんにちは」
「こんにちは! ミニちゃん」
「今日は暑いねブウくん」
「うん暑いね。僕は見ての通りTシャツが汗でびしょびしょだよ。まるで濡れ雑巾のようだよ」
ブウくんはそう言って自分のシャツのお腹の辺りをつまんで引っ張りました。
「ブウくんはちょっと太りすぎなんだよ。太っている人は汗っかきが多いからね」
「え、そうなの? 僕は世の中の人みんなが同じように汗っかきなのかと思っていたよ」
「いやぁ、みんなが汗っかきというわけではないよ。だって、もしそうならみんなびしょびしょのはずじゃない」
「うん、だからみんなこまめにTシャツを替えてるのかと思っていたんだよ」
「そんなことしていたら大変だよ。替えのTシャツを何枚も持って出歩かないといけないし、第一そんなに汗をかいたら脱水症状で倒れてしまうよ。怖いんだよ脱水症状は」
「そんなに怖いの?」
「そうだよ、体力が奪われてしまうし、人間の体に必要な水分が失われてしまうんだもの」
「ミイラになるの?」
「ミイラにはならないと思うよ」
「ふーん、ミニちゃんは脱水症状用の特効薬みたいなものは持ってないの? 干からびたミイラが一発で甦るようなやつ」
「それは無いなぁ、ごめんね」
「そっか、ミニちゃんなら持っていると思ったんじゃよ」
「ブウくん、どうして急におじいさん言葉になったの? 顔も素敵な笑顔の西田敏行みたいになっているし」
「ああ、大変だミニちゃん! 僕の服がTシャツだけでは飽きたらず、ズボンの方までびしょびしょになってきたよ!」
「無視かい。ああ、でも本当だ、びしょ濡れ。大変だねブウくん。冷たくない?」
「生ぬるい」
「それは困ったね。……そうだ、ここはうちのお婆ちゃんちの近くだ。お婆ちゃんちに行こう。そこでシャワーを浴びるといいよ」
「えー」
「えーって何よブウくん。なんだか少し傷つくよ」
「じゃあ、仕方ないからそうしてあげようかなぁ」
「何故上から目線なのブウくん」
「そんなに誉めないでよミニちゃん。でもありがとう」
「どういたしまして。まったく会話が噛み合ってないね。それより善は急げだよ、さあ行こう」
そう言うとミニちゃんは両手を腰の位置に構えて駆け出しました。
「あ、待って、早いよミニちゃん」
ブウくんはびしょびしょのお腹を柔らかく揺らしながらミニちゃんの後を追いかけました。
「よっ、とっ、はっ、やぁっ」
ミニちゃんは軽快なリズムで調子よく走っていきます。
「はぁはぁ……ちょ……ミニちゃん、はや、はやいよ……ちょっと待って」
それに比べてブウくんは日頃の運動不足と肥満体のせいでミニちゃんについていけません。
そんなブウくんのうめき声に気づいて、ミニちゃんが足を止めて振り返り、言いました。
「ごめんごめん、つい伝説のカールになったつもりで調子こいちゃった」
ミニちゃんは結構なスピードで走っていたにもかかわらず息ひとつ乱れていません。
対照的にゼエゼエと息を切らしたブウくんがやっとミニちゃんに追いつきました。
「はぁはぁ……カールって昔の金メダリストのカール・ルイス?」
「違うよカールおじさん」
「へー。ねぇミニちゃん、それよりぼく、お腹がすいたよ。フィッシュバーガーを食べていこうよ」
「え、そんなに汗をかいて、はぁはぁいってる状態なのに飲み物よりもフィッシュバーガーを欲するのブウくんの体は? エキセントリックだね」
「あんまり誉めないでよ」
ブウくんは照れくさそうに顔を赤くして頭をかきました。
「赤くならないでよ。飛行機乗りの豚を思い出しちゃうよ。それはそうとブウくん、その服じゃハンバーガー屋さんには入れないよ」
「え、そうなの?」
「うん、その有様じゃ、お店にも他のお客さんにも迷惑になっちゃうよ。きっと店員のお姉さんのスマイルは貰えないよ。お姉さんの顔面筋肉がひきつってしまうよ」
ミニちゃんにそう言われて、ブウくんは汗でびしょびしょになった自分のお腹に視線を落としました。
「そうかぁ……スマイルが貰えないんじゃハンバーガー屋さんに行く意味は無いものね」
「そうだよブウくん。だからまずその生ゴミの匂いをなんとかしないと」
「生ゴミ?」
「ほら、もう少しでお婆ちゃんの家だよ。頑張ろう」
「えー。……それよりミニちゃん、ぼく生ゴミくさいの?」
「そんなことは今さら語るまでもない周知の事実だよ! それより早く行こう! カモンデーブ!」
そう言うとミニちゃんは再び軽快なリズムでお婆ちゃんちへ走り出しました。
「ああ、待ってよミニちゃ~ん」
◇
――二人はミニちゃんのお婆ちゃんの家に着きました。
しかしお婆ちゃんはお留守のようです。
「あれ、お婆ちゃん居ないな」
「買い物でも行っているんじゃない?」
「そうだね。まあいいや、鍵は空いているし、勝手に上がってシャワーを使わせてもらっちゃおう。さあどうぞブウくん。上がってよ」
「うん、ありがとう。 ……うわっ、くさっ! なんかすっごく臭い! 何これ生ゴミの匂い?」
「それはブウくんの体臭だよ」
「え? これぼくの匂いなの?」
「そうだよ、とってもクレイジーだよブウくん」
「そうかぁ。ぼく、こんな匂いを街中に振りまいて歩いていたんだね」
「そうだよブウくん。ちょっとした隣人トラブルの引き金になりそうなほどの悪臭だよ。このうんこ野郎」
「……抱きつくよ? ミニちゃん」
「抱きつかれてたまるか。それよりブウくん、早くシャワーを浴びなよ。ほらタオル」
「ああ、そうだった。ありがとうミニちゃん」
「いいえ、どういたしまして。さあ早く入っておいで」
「…………」
しかし、どうしたことかブウくんは、ミニちゃんに背を向けてモジモジしたまま動こうとしません。
「…………」
「どうしたの? ブウくん」
「…………服を脱ぐのが恥ずかしい」
ブウくんは乙女のように顔を赤らめてそう言いました。
「シャーラッブ!」(シャラップ、デブ!)
「え? ミニちゃん今何て言ったの?」
「なんでもないよ。そうかぁ、服を脱ぐのが恥ずかしいんだ。じゃあ服を着たまま入ればいいよ」
ミニちゃんは適当な感じで言いました。
「あ、そうか! さすがミニちゃんだね。じゃあそうしよう」
そう言ってブウくんは服を着たままお風呂場に入って行きました。
入る時、ブウくんの巨体がドアにつかえて一旦動きが止まってしまいましたが、ミニちゃんがドロップキックでナイスアシストを決めて押し込みました。
「うぉぐぅっッ……!!」
不愉快なうめき声を漏らしながらお風呂場に頭から突っ込むブウくん。
そしてブウくんはシャワーで汗を洗い流すと、お風呂場の外に居るミニちゃんに言いました。
「ミニちゃん、お風呂場に入ったはいいんだけど、出るときはどうすればいいの?」
「あ、それを忘れていたね、どうしよう」
ミニちゃんがそう言うと、ブウくんはしばらく考え込んで、こう言いました。
「こうなったら仕方がない。ミニちゃん、ぼく、ここで一生を暮らしていくことを心に決めたよ」
「ぬかせデブ」
「え?」
「ううん、何でもない。でも、そんなことは無理だよブウくん。ブウくんがそこに居着いたら、うちのお婆ちゃんびっくりだよ」
「いいじゃないミニちゃん。お風呂場の守護神みたいでかっこいいでしょ?」
「うぬぼれるな」
「えー」
「いいから、なんとかしてさっさと出てきなさいブウくん」
「チェッ、いい案だと思ったんだけどな」
ブウくんは残念そうにそう言うと、体にちょっとした擦り傷を作りながらもなんとか自力でお風呂場から脱出しました。
そしてミニちゃんとブウくんは、お婆ちゃんが帰ってきたときに部屋の生ゴミの匂いにびっくりしないように、書き置きを残してお家に帰りましたとさ。
『お婆ちゃんへ、
部屋の生ゴミはデブのスメルで隣人トラブルです。
心配しないでください。 ミニ。』
──めでたしめでたし。
◇