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1 「・・・・・・はぁッ!?」と少年は奇声を上げた

御霊(みたま)くんっ」


 梅雨が明け、漸く夏の日差しが本格的に出始めた7月の上旬。高校1年生の御霊黎斗(れいと)が学校の中庭にあるベンチで寛いでいると、唐突にそんな声が聞こえた。

 時刻は12時45分。弁当を食べ終え、ゆったりとした時間を過ごそうとした途端にこれだ。黎斗は若干うんざりしながら、声がした方向へと首を傾ける。


「今いいかな? ちょっと御霊君に相談が」


 瞬間。黎斗は荷物を持ち、反対の方向に逃げ―――


「どこ行くの?」


る事ができなかった。


「ちょっと腹が頭痛で」


「そう、元気そうでなにより」


 黎斗の肩をガッチリと捕まえたのは、クラスの学級委員長である天ヶ原(あまがはら)百合(ゆり)。父親が一級建築士、母親が不動産屋の娘という典型的な人生の勝ち組だ。しかも本人はその事を鼻に掛けず、何をするにもひたむきで一生懸命な姿は、男女を問わず人気が高い。

 約1名を除いて。


「……何の用?」


 渋々、といった感じで黎斗が振り替えると、ニコニコしながら百合が立っていた。その隣には、百合の恋人の牧原(まきはら)遼太郎(りょうたろう)もいる。


「今度の体育祭で、各クラスから3人ずつ実行委員を出さなきゃいけないでしょ? 私と遼太郎が決まったのはいいんだけど、もう1人が決まらなくて。御霊くんに、一緒にやってもらいたいの」


「はぁ? 何で俺が―――」


「詳しくは今日の放課後、生徒会室で……」


「おい!」


 誰もが完璧美少女と認める百合だが、実は黎斗だけが知っている欠点が1つある。それは、人の話を聞かないこと。黎斗はそれで、過去に何度も煮え湯を飲まされている。


「? どうかした?」


「『どうかした?』じゃないだろ。俺は引き受けるなんて言った覚えは無い」


「おい、百合は生徒会業務の合間を縫って頼みに来てやったんだぞ!」


 牧原が強い口調で言うが、黎斗は毛ほども気にしない。

 ちなみに、1年生の百合が生徒会にいる理由は彼女が入試でぶっちぎりの1位だったためだ。この学校の伝統らしく、その枠に入った新入生は書記として生徒会役員の座に就く事となる。一応拒否権自体はあるそうなのだが、何代か前の先輩に『断ったにも拘わらず、家にまで来てしつこく打診を繰り返された』人がいたらしく、以降周辺の中学では『時雨沢高校の入試1位は素直に生徒会に入る』というのが暗黙のルールになっているのだ。


「知るか。そんなもんお前らの都合だろ」


「なんだと!?」


「嫌……かな」


「ああお断りだ。体育祭をやる気が無い俺が、何で実行委員なんてやらなくちゃならないんだ」


「ほ、他の人には断られちゃって」


「ほー、そうかそうか」


 そう言うと、黎斗はキョロキョロと辺りを見回す。そして校舎の2階に見知った顔を見つけると、彼に向かって大声で話しかける。


「おーい、塚本ぉー!」


『………』


「無視かよ。あーあー天ヶ原が悲しむなー」


『おー、どうしたー?』


 “天ヶ原”というネームバリューは、こういう場合は実に便利だ。


「天ヶ原が俺に、一緒に体育祭の実行委員をやってほしいらしいんだけど、色々あって俺はできなくてさー。もし良ければ、代わりにお前がやってくれないかー?」


『何!? 天ヶ原さんと!? よっしゃあ分かった俺に任せろぉ!!』


 ちょっとそこで待ってろー、と言って、その場から立ち去る塚本。恐らく中庭に来るつもりなんだろうが、黎斗に待ってやる義理はない。


「はい、確保っと。じゃあな天ヶ原。俺の分まで頑張ってくれ」


「み、御霊く」「おい、御霊」


「ああ、それと」


 尚も食い下がろうとする百合達の言葉を、黎斗は遮るようにして言葉を紡ぐ。


「あまり俺に干渉しない方がいい。お互いのためにもな。どうせここに来る前にも、牧原に散々止められたんじゃないか? 『あのユウレイ野郎と一緒にいてもいい事なんて無い』とか」


「そ、それは」


 図星だった。まさしくその言葉をついさっきまで牧原に言われていた百合は、黎斗に対して返す言葉を持ち合わせてはいなかった。

 その反応を見て黎斗は続ける。


「牧原の言ってることは概ね正しいよ。俺と天ヶ原がつるんでたって、お互いデメリットしか生まれないからな。だから、あまり俺に関わるな。

 ……牧原。お前も彼氏ならしっかり手綱握ってろ。暴れ馬に蹴られても迷惑だ」


 それだけを言って、黎斗はその場から立ち去る。呆然としている百合と、内心でほくそ笑んでいるであろう牧原を残して。






 黎斗が教室に戻ると、幾つもの視線が彼に突き刺さる。黎斗自身が何かしたという訳ではないのだが、彼には、いや、彼の周りにはそうさせるだけの理由があった。


「………」


 とはいえ黎斗も慣れたもので、構わず自分の席につく。今の黎斗にとって周囲からの印象なんてどうでもよく、お気に入りのライトノベルを読む事の方が重要だった。

 制服のポケットから本を出す。だが、黎斗が自分だけの至福の瞬間を味わおうとするとき、決まって彼らはやって来る。


「あっれぇー? そこでまたオタク小説を読んでるのは、もしかするとユウレイくんかなぁ~?」


 ひょい、と黎斗の手から本が取り上げられる。視線を上げると、クラスのリーダー的存在の湯川(ゆかわ)轟人(ごうと)が数人の取り巻きを連れてそこにいた。

 『ユウレイくん』というのは黎斗のあだ名でいつも幽霊みたいに不気味な奴という意味らしい。黎斗の苗字「御霊」ともかかっている。


「……返せ、湯川」


 誰かが言った。「結局、最後に勝つのは正義感に溢れた人でも親身になってくれる人でもない、声が大きな奴だ」と。

 湯川はそれを体現したような人間で、いつも誰かを攻撃対象(・・・・)として設定することで信者を獲得するヒトラーのような行動を取る事で有名だった。

 最近の攻撃対象は、もっぱら黎斗だ。


「ア゛ア゛? 誰に向かって聞いてんだコラ」


「お前だよ湯川。もういいだろ。見終わったならさっさと本を返せ」


「ハハッ! イイぜェ。そらよッ!」


 ビリィッ! ビリッ、ビリビリッ!

 湯川は本を原型を留めない程に破り、去り際にこう言った。


「さっさと消えろよ、害悪が」


 どっちがだ、と心の中で毒づきながら、黎斗は仕方なく紙片を拾い始める。手伝おうとした女子もいたようだったが、すぐに周りの者に止められ、その手を引いた。


(ま、慣れてるけど)


 黎斗は自分の小遣いを株で稼いでいる。そのため、本を買い直す手間は面倒だが、財布的には全く問題ない。

 そんな事では湯川達に強奪されそうなものではあるが、それ故に黎斗は株の事を周りには全力で隠している。湯川達だけでなく、親ですらバレたら面倒そうなので、言っていない。


(……屋上でも行くか)


 屋上は、黎斗にとって安らぎの場所の1つだ。鍵が掛かっているため黎斗以外は出入り出来ず、面積が広いため、中央付近にいれば下から覗かれる事もない。絶好の隠れ家である。ちなみに鍵というのは、以前黎斗がたまたま落ちていたのを見つけ、それをパクって作った合鍵だ。本物は既に職員室に戻してある。

 屋上への階段を昇り、誰にも見られていないことを確認してから鍵を開け、屋上に出る。ここの扉は屋上側からでも施錠できるので、黎斗はしっかりと鍵を掛ける。

「……………ふぅ」


 ごろん、と床に転がり、空を見上げる。


「もう、5限は出なくていっかぁ……」


 視界に広がる蒼穹は、雲1つ無く澄み渡っている。梅雨が明けたとはいえまだそれほど暑くもなく、風通しも良い屋上ここはとても快適だ。誰も来ないし、せいぜい後で少し怒られるだけで済む。

 数学の授業と引き換えに微睡みを手にした黎斗は、その眼を閉じた。








◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇







 黎斗が目を醒ますとそこには変わらぬ青空が広がっていた。


「ほんっと、ムカつくくらいに澄みきった……青空!?」


 んな訳ねぇだろ! と心の中で自分に突っ込む。寝始めたのは午後の1時頃。なのに太陽が低い状態で青空というのは、どう考えてもおかしかった。黎斗は慌てて起き上がり、見られるかもしれないという懸念をかなぐり捨てて屋上のフェンスに張り付く。そこには―――



 大きな城が、建っていた。



「………はァッ!?」


どうも、狼羊と申します。

この小説は22%の創作意欲と27%の気晴らし、そして51%の気紛れで出来ています。「この小説は未完結のまま約○ヶ月が経過しています」とかザラにあると思いますがご了承ください。


ここまで読んで下さってありがとうございました。

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