Ⅰ
『うさぎさん待って。』
そう言いながら、僕の後を追ってくる1人の少女。彼女の名はアリス。僕を追って不思議の国に来た、好奇心の塊のような少女。そんな少女に今、僕は追われている。
「アリス、どうして僕のことを追いかけるのですか?」
僕は捕まらない程度に彼女に近づき、ため息混じりにこう質問した。別に止まっても構わないのですが、本能行動なのか追われると逃げたくなる。最初に出会った時に逃げてしまったので、もう引くに引けなくなってしまったのもありますが。
『そうね……。』
すると彼女は大きな瞳を更に大きくさせ、小さな口を大きく開けて叫んだ。
『貴方にとっても興味があるの!!』
う、うるさい!!僕との距離からは考えられないような大音量で叫んだアリス。そして追い討ちをかけるように無駄に長い僕の耳によって、それは爆音へと変わった。爆音に耐えかねた僕は、彼女の言葉を理解するよりも先に自身の耳を塞いだ。
『つっかまえたー!』
「あっ…。」
どうやら僕は、耳を塞ぐと同時に足も止めてしまったらしい。彼女の喜びの声に気の抜けた返事で振り向くと、お互いの距離が今までで1番近いことに気づく。
なんて可愛らしい少女なんだ……僕は彼女を見て胸を高鳴らせた。
糸のように細くてフワフワした金色の髪。人形のようにクリクリとした大きな目。瞳は見るもの全てを惹き付けるような海よりも深い青。陶器のように白い肌、真っ赤な唇。彼女の持つ全てが魅力的だった。
それを見た僕は更に、いろんな顔が知りたいと思った。どんな顔で泣き、どんな顔で怒り、またどんな顔で笑うのか、無性に知りたくなったのだ。
『どうしたの?』
ハッと我に帰る。僕は完全に彼女に見惚れてしまっていたようだ。
彼女と目を合わせるのが途端に恥ずかしくなった僕は、真っ赤になった顔を背けた。
『その顔、可愛いね。』
彼女に指摘されて更に赤くなる僕の顔。可愛いかは分からないが、そう言われても嫌悪感はなかった。むしろ、彼女の中に僕が入れるなら、どんな形でも構わないとさえ思えたのだから。
『私が捕まえたから、今度は貴方の番ね。』
そう言って僕の前をすり抜けていく彼女。後から柔らかい風が僕の頬を掠めていった。
「あぁ……なるほど。」
遠ざかる彼女の後ろ姿を見て、無性に追いかけたい衝動に駆られた。早く彼女のいろんな顔を見たい。必ず捕まえてみせますよ。
「アリス、待ってください。」
僕は振り向くことのない彼女の背中を、小走りで追いかけ始めた。