赤か、緑か
俺には、ひとつ歳のはなれた妹がいる。
思春期というもの真っ盛りの俺達兄妹だが、小さい頃同様に仲がいい。
家でも普通に会話をするし、休日には一緒に遊びに行ったりもする。
誰かにかわいいか? と聞かれれば、かわいいと素直に答えるくらいかわいがっている。
そんな妹に、ついに彼氏というものができたらしい。
しかも、俺の通う高校の先輩。
中学生の妹がどのようにして出会ったのか大いに気になるところだが、奴は黙秘を続けている。
その彼氏というのが、俺が部活で世話になっている先輩なので、俺繋がりの何かであろうとは予測する。
「お前の妹と付き合うことになったから、宜しくな?」
なーんて、部活が終わってヘロヘロの時に声かけられた時は、不覚にも先輩に向かって「はあ?」と生意気な口をきいてしまい、部長に怒られたという苦い記憶がある。
年上の彼氏ができて、少しでも大人な自分を見せたい妹に頼まれるのがデート場所の下見への付き添いである。
そんな背伸びしなくっても平気だっつってんのに、聞きわけねえし。下調べとか、絶対に先輩してるから任せればいいのにね。
行く場所の予習をしておいて、少しでも心にゆとりをもってデートという戦場に挑みたいらしい。「情報はひとつの武器なの!」と熱く語る妹に、お前が行くのはデートだよな? と再確認した俺は決して間違ってないと思う。
「兄貴、兄貴。あそこの店行ってもいい?」
本日の目的地であるカフェに向かうべくアーケード街を歩いている時に、妹がとある店を指し示した。
店の看板には「天使の靴下屋さん」といういかにも女性向けな可愛い看板。
「俺は外で待っとくよ。お前ひとりで行って来い」
中をちらりと伺うと、男性の姿は皆無だ。
靴下といえど、女性だらけの店内に行くのはできれば遠慮したい。
「だめ。兄貴の意見をききたいの」
勘弁してくれ。浮く。絶対に俺という存在が店内で浮くから。
そこそこ盛況な店内。あの女性陣から受ける視線の辱め。……まだ、俺にはそれを心静かに受け流すという芸当はできない。
「カフェでの代金は、割り勘でなくて全額払うから!!」
妹の出してきた提案は大変魅力的だが、確認事項がある。
「……奢りなら、際限なく食うけどいいんだな」
高校生男子の胃袋なめんなよ。
ただでさえ大概のカフェメニューは男子には量が少なくて不満なものが多いのだ。ランチメニューだけでは満腹にはならないからな。
「腹いっぱいに食ってもいいのなら、奥まで付き合ってやるけど」
妹は黙りこむ。たぶん現状の持ち金で俺の胃袋が賄えるか計算しているのだろう。
「ランチメニューと、サイドメニューもしくはデザート5品までなら、面倒見るから!」
「ついでに飲み物も付けろよ。ランチセットとは別口で」
「ら、らじゃー」
ん。交渉成立。妥当なとこだろ。
「さて、行きますか」
妹の先導のもと、店内に進む。
女性陣の視線が辛い。
ただの付き添いだから、そんなにガン見しないでください。
つか、入り口付近で彼女待ちしていてスマホいじってる男ども、お前らもそろそろ待ってらんないとか言って彼女捜しに店内まで来やがれ。そしたら、男女比が少しは変化するから! 俺への視線が分散されて、少しは俺に心のゆとりができるから!!
奥に進むにつれて、並ぶ商品が変化してきた。
入り口付近には靴下やタイツなど。中ほどにはインナーやルームウェアなど。ものの見事に女性物ばかり。
そして、店内中央にあるレジカウンターを通り過ぎ、店の最奥に辿り着く。
「……やってくれるじゃないか」
がしっと、逃げられないように妹が上着の裾を掴みやがった。
してやったりと微笑む顔は、悪魔にしか見えない。
看板に見事に騙された。
妹と書いて、敵と読む。
俺が連れ込まれたのは、
女性向けの下着が視界いっぱいに広がる魅惑のワンダーワールドだった。
並ぶのはブラジャー、ショーツ。
健全な男子なら、通常であればテンションが上がるアイテムばかりだ。
マネキンさんだって、下着姿だ。
好きか嫌いかときかれたら、即答で大好きですとお答えします。
が、しかし、場所が悪い。
ここは女性の聖地。ランジェリーショップだ。
自分の為、恋人の為にと、乙女たちが普段使いから勝負下着までを買い求める、ある意味武器屋だ。
そんな聖なる地で、本能の赴くままにテンションを上げるわけにはいかない。上げた場合、袋叩きにあう運命しかないだろう。
それになんというか、ここまで並ぶと正直、下着が下着に見えないというか。
フリルとかレースとか、ヒラヒラできらきらしい下着。キューティーでガーリーなものからセクシーなのまでよりどりみどり。
煌びやかすぎて目が痛いし、情報量が多すぎて、目が滑る。
まだ、それを装着していただいたお姉さんとかが周りを囲んでいるのならアレだが、中身のない下着だけというのはなんとも。
「で、お前は俺に何の意見をききたいんだ?」
とっとと、この異世界から抜け出したいので妹に水を向ける。
何かを物色していた妹が、くるりとこちらを振り返る。
「あのね、このクリスマス限定の赤と緑のやつ、どっちが男性から見てそそるかな?」
右手と左手に、勝負下着といわれるであろうグレードのブツを持って。
つーか、兄貴にそんな質問するんじゃねえ!?
彼氏にきけ、自分の彼氏に。
「バカか、お前は。んなもん人によって好みは違うだろう?」
人目がかなりあるので怒鳴りつけるわけにもいかず、小声で妹を罵る。
「兄貴の個人的な意見でなくて、男性としての一般的な意見をききたいだけなの」
「なお難易度が高いっつーの」
小声でのやり取りだが、注目をあびているため会話の中身は周囲にダダ漏れである。
そのため男性側の貴重な意見を聞きたいのか、店員さんだけでなく他の女性陣もそれとなく耳をそばだてている。
やめて!!
俺、世の男性の代表とかはれる器じゃないですから!!
みんな自分の相方にきけよ、そういう大事なことは?! それかこんなデザインのなら相手が喜ぶんじゃないかなーとか、想像しながら自分の好きなヤツを購入してくれ!
頼むから参考にしないで、俺の意見を!
「ねえねえ、兄貴どっちだと思う?」
さっさと言いやがれと追い打ちをかけるように、我が妹は手にしているブラとショーツのセットを突きつけてくる。
「ただのカラーバリエーションの違いだろう? 先輩はどっちの色が好きなんだよ」
赤とか緑の下着って、俺的には珍しく思えるので、一般的も何も選べないっつーの。
「色も大事だけど、デザイン的にどっちがいいと思う?」
「はあ? デザインって、どっちも一緒……」
よく見るとただのカラバリではない。確かにデザインが違う。
派手目に見える赤だが、そこはクリスマスらしく布地のモチーフは雪の結晶。
ラメ糸で刺繍されていて、布の素材のせいもあるのか、よく見ると上品な仕上がりになっている。
もちろん上品さもあるが、カップやブラ紐部分には白いレースをあしらっていて可愛らしさも表現されている。
そして、落ちついた深緑色ブラセットは、まさかのフロントホックである。俺を含めて、男性陣大好物の、外した際の解き放されたバストの感動を間近で味わえる、あのフロントホックだ。
しかもセットのショーツはサイドをヒモで華麗に仕上げてくださっている所謂紐パンである。光沢のあるヒモはなんとも言い難い存在感を醸し出している。
さらに赤よりも地味目に見える緑色の布地は、シックな雰囲気なクセに透け感のレベルが高いのである。なんとなく赤より布面積も少ない気がする。
「こ、これは、中々難しい選択肢を出しやがって……」
ふわふわなフリルがいかにも女の子な可愛らしさを強調している赤。女性に可愛らしさを求める人種にとっては、かなりの高ポイントであろう。
対して、透け感がたまらないセクシー路線の緑。こちらは普段着が大人しめな場合、脱がした時のギャップ感がたまらない。
男として、どちらが嬉しいかと言われると……。
「…………」
よし。決めた。
俺の顔を見つめ、回答を待つ妹の肩を軽く叩く。
「ランチは割り勘でいいから、自分で選べ」
妹に文句を言われる前に、多少は長いと自負する脚を最大限活用し、いつも以上の大股で颯爽と異世界から離脱する。
店を無事に離れ、通りに出た時の空気の美味しいこと。
後ろの方から妹の声が聞こえるが軽く無視をして、一人でカフェに向かう。
無理無理。
あんな状況下で、個人の意見だろうが、男性代表としての意見だろうが言えないっての。
俺には、そんな勇気ありませんからねっ!
人生経験も浅い、ただの高校生男子にスマートな対応求めるんじゃねえよ!!
あんなに女性の視線集めたの、人生で初だし。
…………もっと他の理由で、女の子に注目されたいと嘆くのは我が侭だろうか。
結局、うちの妹がどの下着を購入したかはきいてはいない。
合流した際にあそこの店の袋を提げていたので、何かしらは購入したのであろう。もちろん袋は透けないような素材でできているので、外から中身の色を判断することは不可能である。
役立たずめと睨んでくる妹を横目に、ランチメニューのピザを美味しく頂く。
「で、何色にしたんだ?」
試しにきいてみるが、つーんとそっぽを向きやがる。……本当、かわいい妹だな。
「兄貴こそ、個人的にはどっちがよかったの?」
「ばーか、誰が妹に言うか」
「役立たず」
家でならさらに罵詈雑言が続くが、公共の場なのでお互い文句は一言ずつで我慢して、睨みつけるだけにしておく。
個人的には中身の方が大事なので、どっちでも自分のために選んでくれたものなら嬉しいもんだろう。
と、差し障りのない答えで締めておこう。
え?
本音?
見せていただけるなら、どちらも着用して見せていただきたい、かな?
お付き合いありがとうございました。
タグを見てだいたいのオチというか流れが分かった方は、女性が多いのか男性が多いのか、どうなんでしょう?