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フリンジ・ハミング〜記憶が無いまま能力バトル〜  作者: 水輝聖地
1時 はじまり
9/25

開幕、記憶争奪戦

 目が覚めると、そこは知らない場所だった。

 知っている場所だったのかもしれないけれど。

 記憶がないのだから、そうだとも言えない。


 私はグリムレッド。赤い頭巾の女の子。

 そんな少女の童話があるのは知っているけれど。行く先も、届ける物も、会いたい人も生憎いない。

 だから誰でもない。ただのグリムレッド。


 それでいい。



☆ side:4



 それは数時間前の私だ。

 目的も、生きる希望も、その礎となる価値観すら存在しない空の器。

 今の、記憶を取り戻した私にとっては、想像するだけで寒気がする。

 

 目の前に浮かぶ道化師は、また私から奪おうとしている。

 十二人の果たし合い、記憶を餌にした脱出ゲーム、なるほどよく考えられている。

 あくまで争い憎しみ合うのは私達であって、自分はそれを眺めているだけでいいのだから。

 安全な所から、最高のショーを。


 だけど、それは何か違うじゃない。

 おかしいじゃない。


 だって私達は元々はクラスメイトで、意見の衝突こそあれ、存在を否定し合う関係ではないのだ。

 明確な敵は、この中でただ一人、あの変な仮面の道化師のはずだ。


 だからせめて、私達と同じ土俵に立たせたかった。

 道化師の思惑から外れることで、自分という存在は流されるだけではないと、証明したかった。

 お前だって『標的』たり得るのだと。


 銃口を道化師に向けた時、きっと他の11人も賽を取り、共に目の前の理不尽に、立ち向かってくれるのだろうと、そう思っていた。勝手に思い込んでいた。

 甘かった。


 能力を人前で見せることの危険性を、楽しそうに語る彼を、11人は見ていなかった。

 皆が見ていたのは、私の賽。私の願望が作り上げた、たった一つの武器。

 私の手の内だった。


 (何故、誰も抗おうとしないの?力はあるはずなのに!)


 記憶の一部を取り戻した時、そしてこの場にいる人達がクラスメイトと知った時、同じ不安を共有する仲間を得たと思った。しかし、同じ不安を共有するからといって=仲間という訳ではない。


 得た物は仲間ではなく、孤独感だった。


 銃を構える手の力が、気力が、抜けていくのを止められない。無力な私はただ、憎しみを込めた瞳を、道化師に向ける事しかできない。


 そう、道化師に視線を向け、そこで気がついた。

 さらにその奥、私の立つ浮遊石盤とは真逆の位置から。



 空中を駆け抜ける、燕尾服の少年を見た。



 道化師はそれに気がつかない。私に向けて嘲笑の眼差しを送っている背後で、真っ直ぐ走り近づいてくる影に。

 私はその光景に、不覚にも涙した。

 心の奥底から、止めどなく湧き上がる感動に、心臓が高鳴る。


 (思いは繋がった、届いた!ありがとう、ありがとう!)


 本当であれば賽による援護をしなければならない場面だけれど、彼の能力が未だ不透明な現状で、下手に攻撃し邪魔をしたくなかった。いや、違う。


 認めてしまおう。私はその光景に、我を忘れて見とれていたのだ。

 勇者はいた。



☆ side:10



 一つ、道化師が背を向けている事。

 二つ、この場の全員の意識がグリムレッドに向いている事。

 三つ、賽の能力を使えば相手の元に辿り着ける事。


 (あれ?これ、いけるんじゃね?)


 そう思った瞬間、体は勝手に動いていた。

 羊飼いの指揮棒(パストラーレタクト)の能力は『情報固定』である。

 時間停止と言うには限定的で、空間操作と言えるほどの物でもない。

 同時に固定できる情報は3つまで、固定範囲もたかが知れている。


 が、足場の作成程度なら問題ない。


 道化師は空中に浮いている。普通なら届かない場所だ。

 なので、まず道を創ろうと思った。

 固定範囲はどうしようか。

 イメージしやすいのは、今乗っている浮遊石盤と同じくらいのサイズ。

 その範囲内に存在する物とは何か。

 空気中には水分があり、見えない塵があり、気体を構成する様々な粒子が混在している。

 指揮棒を振ると、それらの位置関係や状態が固定され、不可視の足場が完成した。


 「ちょっと怖いけど、最初の一歩から全力で進むのみ!」


 右足を透明な足場に乗せた瞬間、指揮棒を振り、左足を乗せるための空間を固定する。

 あとは繰り返しだ。賽を握る手は四拍子を刻み、両足は空を駆け抜ける。

 同時に固定できる限界値を過ぎれば、古い順に足場は解除されて消える。

 そのため、後戻りはもう出来ない。


 (するつもりもないけどな!)


 俺はこんな馬鹿げた果たし合いを認めたくなかった。ならばどうするか。

 今ここで、主催者の思惑を阻止するしかない。


 (二度と大切なものを失ってたまるか!導け!!羊飼いの指揮棒(パストラーレタクト)!!!)


 俺の強行に、最初に気がついたのは、おそらく両隣の石盤に立つ二人。左側から響く、鎧の軋む音から、驚愕の意が伝わってきた。

 次に気がついたのは、童話に登場する赤頭巾のような少女グリムレッド。

 彼女は宙を走る俺を見て、何故か張りつめた緊張の糸を解く。

 そんな彼女の様子を見ていた他の者達も、順番に状況を理解する。


 各々が、この先の展開を見届けるため、道化師に視線を向ける。

 彼がその視線の意味を、正しく受け取った時、状況はすでに手遅れだった。



 俺は少し高めの位置に設定した、最後の足場から飛び降りる。

 道化師はゆっくりと振り返り……。



 ベコッッッッッッ!!!



 こちらを覗き込む無機質な仮面に、本日最高の回し蹴りをお見舞いした。



 直撃、だがこれで終わりではない。吹っ飛ばされた道化師の背後に、指揮棒を指し示す。

 道化師は、固定された空気の壁に勢い良く突っ込み、全身を強打した。


 俺は指揮棒を水平に凪ぎ、自分のための足場を固定すると、そこへ着地する。

 だが、たった今ダメージを負った道化師は、バランスを崩し、今にも落下しそうだ。

 彼がどういった理屈で浮かんでいるのかわからないが、今は好機だ。

 追い打ちをかけるために指揮棒を振り上げようとした、その時。


 道化師の仮面が斜めに割れ落ち、その奥に隠されていた素顔が現れた。



 「ふーん、やっぱり。遠藤先生だったのねぇ」



 軍服の麗人ジョアンナの言葉に、周囲が湧いた。

 遠藤……先生?誰だ?俺の記憶に思い当たる人物は……まだいない。



 「遠藤って、遠藤望えんどうのぞむ!?副担任の!?ボク、ビックリだよ!」

 「なるほど、Mr.ジ・エンドね、馬鹿みたい」

 「……遠藤先生、私は思い出せない……けど」



 勇者候補生一同の反応は様々だった。薄々気がついていた者、正体を知り驚く者、元の世界での彼を思い出せない者。俺自身は『思い出せない派』なのだが、相手が元教師だとわかれば、何だか攻撃しづらい。



 「道化師は遠藤。つまりこれはドッキリって事かな!?実はここはシェルターの中で、あの黒い波から生き残った俺達を保護してくれた。果たし合い云々は悪戯心だった。ですよね?先生!!」


 アメコミヒーローことエルクラーク氏は、相も変わらず着眼点がズレた事を言い出した。

 どこの世界に記憶を奪い、シェルターまで使うドッキリがあるんだよ。

 そこに、バランスを取り戻した道化師、こと遠藤が引き笑い気味に言う。



 「ドッキリ?シェルター?馬鹿か」



 確かに道化師の口から出た言葉だった。だが、今までの如く、人を小馬鹿にしたような態度ではない。

 底冷えするような、無機質で重い空気を纏った言葉だった。

 遠藤は深く溜め息を吐くと、視線だけをエルクラークに向け、言葉を続ける。



 「外周次元フリンジに存在する自己イドを未だ受け入れられないのか?本当は理解しているのだろう?今の姿が、賽の能力が、自分の願望やトラウマを忠実に再現している事を……」


 「なっ!?ち、違う俺は」


 「君はヒーローになりたかったか?いや、なれなかったのか?どちらにせよ同じ事だ」


 「やめろ、やめてくれ!」


 「果たし合いは行う。私は観測者としての役割を果たす。これは決定事項だ。それに、このまま君達が元の世界に帰っても同じ事だろう。すぐにあの闇は、君達を飲み込み、全てを消滅させるのだからな」



 エルクラークは頭を抱え、その場にうずくまった。

 俺は何故か、隙だらけに見える遠藤を、攻撃することが出来なかった。



 「君達は自分の無力さをもっと知るべきだ。そしてすぐ大人に頼ろうとするのもいただけない。私は遠藤望の殻を被った、空っぽの存在でしかない。だから何も教えない。勇者を目指し、自らの力で真実を勝ち取れ」


 得体の知れないプレッシャーを感じる。

 この空間では、私が絶対なのだ、と言わんばかりの、有無を言わせないプレッシャーだ。

 これがこの男の本性なのだとしたら、今の俺では不意打ちを100回決めても勝てそうにない。

 いや、きっともう。不意打ちは成功しないだろう。



 「……えー、ゴホン!さあ、前置きが長くなりましたが早速『記憶争奪戦』を始めましょう!まぁゲームだと思って楽しんでくださいよ。そう、集めた記憶から正体を推測し、2年4組に所属するお仲間の名前を当てるだけの簡単なゲームです!」



 などと思っていたら、いつもの道化師キャラに戻った遠藤が、陽気に語り始めた。


 「おっと、いい忘れておりました」


 わざとらしく、ポンッと手のひらを拳で叩く。




 「一人だけ、例外が混じっております。『ジョーカー』にご注意を」




 !?

 大事な事をさらっと喋ったぞ!この道化師は!!

 12人の中に一人だけクラスメイトではない者が存在するってことか?

 そんな奴、どうやって正体を当てればいいんだ。

 などと考えている内に、自らの体が、爪先から光の粒子となり、消えていく。

 前回、転移した時と同じだ。



 「大丈夫です!記憶を集めれば全ての謎は自ずとわかります!しっかり苦悩し、自分と向き合ってください!!それではアディオ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜s」



 フェイドアウトしていく道化師の声を聞きながら、再び、意識は途絶えた。



☆ 



 (あぁ〜、いてて。それにしても驚きました。レベル1でわたくしに一撃入れるとは)


 ここは中央時計塔、その頂上に位置する観測者の間。

 何も存在しない、どこまでも続く真っ白な空間に、一人の男が転移した。



 (面白い勇者が誕生しそうだなぁ。あの黒い人形ヒトガタを利用したのは正解でした)



 道化師はどこからか取り出した、スペアの仮面を被り、白い光の中へと消えた。


なんとか序章終わり。


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