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フリンジ・ハミング〜記憶が無いまま能力バトル〜  作者: 水輝聖地
1時 はじまり
7/25

エピローグ4

※今回、血とかは出ませんが、微グロかも

 20XX年7月21日(金曜日)


 終業式とホームルームを終えた生徒達は、夏休みの始まりに歓喜した。

 俺、つまり守一護もりいちまもるも例外ではない。


 ここ一ヶ月間、俺と剣崎ヒナタと宇留野景咲(+たまに妹も)は、不思議な現象やUMAの噂を追い求める探検隊『はぐれ者の鼻歌フリンジ・ハミング』を結成し、だらだらと、いや精力的に活動していた。


 高校二年生にも関わらず、随分と子供じみた真似をしている、という自覚はある。

 だけどそうしたかった。そうしなければならないと思った。


 あの窓際の席で揺れるチューリップはもうないけれど。心が訴えかけてくるのだ。

 今を全力で生きる事を。後悔だけはしないようにと。


 3年に進級すれば遊ぶ時間は減る。卒業したら仲間との別れが訪れる。

 だから少年として過ごす最後の夏は、忘れられないものにしたいと思った。


 思っていたのに。



 空は黒く染まり、街を塗りつぶした。





 「なんだ、あれ?」


 教室で下校の準備をしていると、誰かが窓から空を見上げて呟いた。

 その呟きにたまたま近くにいた何人かが反応し、同じく窓から空を見上げる。


 「おお!これ、あれじゃね!?黒虹雲こくこううんじゃね!?」

 「まじ!?これが!!!」

 「やっべー、空に真っ黒な穴が開いたみたいじゃん!」

 「終末キタコレ!てか逆に超終末キタコレ!!!」


 その騒ぎがクラス全体に広まるまで、時間はかからなかった。

 黒虹雲という単語を聞きつけて窓際に人が殺到する。

 俺、ヒナタ、景咲もその時点で外の状況を知り、窓から身を乗り出して空を見る。


 黒虹雲は今正に、空を覆い尽くす勢いで蠢き広がるところだった。

 最初は興奮した様子で状況を見守っていたクラスメイトも、その怖気の奔る光景を目の当たりにし、次第に沈黙していく。他のクラスの生徒達も同じ様に窓から呆然と空を見上げていた。


 遠く視界に広がる天を、暗黒が覆い尽くした頃。風景が一瞬ぶれた。

 一拍置いて、空を覆い尽くすドス黒い塊の一部が膨張をはじめる。

 膨れ上がった黒虹雲は、まるで重力に吸い寄せられるかのように、ゆっくり降下をはじめた。



 ——空が、堕ちる。



 それはもはや雲ではない。

 タールを思わせる粘度の高い物質、その波が街を呑み込んだ。

 空から堕ちた黒い波は、全てを侵蝕し広がり続ける。

 山も、川も、橋も、マンションも、鉄塔も、触れたすべてが溶けて消えた。


 誰かの悲鳴が上がった。


 「きゃああああああああああああああああああああ」

 「なんだよ、なんだよそれ!!母さんが!!父さんの職場だって!!」

 「はははは!私達も死ぬの!?ねぇ、助からないの!!!?」


 まだ距離はある、しかしあの闇色の波がこの学校を覆い尽くすのも時間の問題だろう。

 その現象を見ているすべての人間がそう悟っていた。だからこそ学校は狂気に包まれる。


 「外に逃げるんだ!!」

 「外ってどこよ!!」

 「高いところ!!山の上とか!!」

 「見てなかったの?さっき山が呑まれて消えたじゃない!!」

 「もっと高い山に逃げるんだよ!」

 「……そんな時間ねーよ」

 「ははは、無理よ。空の上から降ってきたのよ?高いとこなんてどこも同じよ」

 「じゃあ地下は!?」

 「だから地下ってどこよ!!まさか下水とか言わないでしょうね?」


 「なあ、また、何かきたぞ・・・・・


 その声は景咲だった。震えながら、空を指して……。

 次は一体なんだ。それぞれが投げやりに指し示す方向を見た。



 雪が降っていた。

 7月の雪。闇色の雪。



 一切の光さえ吸い込む純黒の雪は、大地に降り立つと次々と収束し、やがて人形ヒトガタになった。人形はドロリとした体を捻りながらゆっくりと歩き出す。 その方向にいるのは下校途中の生徒だった。着実に距離を縮める黒い人形を前に、怯えて動けない様子の学生は鞄を振り回しながら喚き立てた。


 「駄目!逃げて!!それに触れないで!!!」


 いつの間にか隣にいた四百あずまももは叫んだ。それに触れてはいけないと警告した。

 無駄だった。


 黒い人形は学生を呑み込むと淡く光り消滅した。

 そこに人が存在した事実を消し去るように。

 その顛末を見届けた何人かの生徒は、恐怖に気が狂ったかのように叫び教室を飛び出す。


 「もう本当に逃げ場所はないね」


 絶望に白旗を掲げた声の主は、意外にもヒナタだった。いつもクラスのムードメーカーで、太陽のように笑っていた少女が、死んだ魚のような瞳で力なく微笑んだ。


 黒い雪は今も尚降り続けている。人を呑み込み消滅する闇色の人形も増え続けていた。

 グラウンドや校門にいた生徒は、教師は、もう誰も存在しない。

 直に校内も奴らで埋め尽くされるだろう。


 「ヒナタ」


 その名前を呼んだのは俺だった。全てを諦めた表情でこちらを見つめる彼女の額に……

 軽くチョップした。



 「あいたっ、え?え、なんで?」


 「アホか。さっさと逃げるぞ」


 「え、だって、どこに?」


 「知らん!とりあえず頭の悪い妹を回収したいから中等部に行く」



 ぽかーんと口を開けるヒナタの顔を見て、四さんと景咲は同時に吹き出した。


 「くすくす、ヒナの顔、ふふふ、面白い」

 「いやいや、護のマイペースさもツボだろこれ、ぷくく」


 端から見れば、この状況で急に笑い出した二人は、恐怖でおかしくなってしまったように見える。

 しかし真実はまったくの逆だった。


 「おお、ヒナ太郎よ!諦めてしまうとは情けない!」

 「わかった、もういいから。もう……いいから」


 俺は諦めていなかった。ヒナタや景咲にも諦めてほしくはなかった。どうやらその気持ちがみんなに伝わったらしい。ヒナタの瞳はもう曇ってはいなかった。


 「もう、諦めないから」





 教室は閑散としていた。皆がそれぞれの思う方法で逃げ出したのだろう。

 あるいは諦めて動かない者もいたが、一人一人に手を差し伸べる余裕はなかった。


 廊下に出ると空気は一変する。そこはこの世の地獄だった。

 我先に逃げようとする生徒達の波が、醜悪な殺気を放ち混沌と広がっているのだ。

 押しのけるように進んだ先では、窓の外から突然現れた黒い人形が、一人の女子生徒を呑み込もうとしていた。庇うように女子生徒を押し出したもう1人の女子生徒が、苦悶の声を響かせ影と共に消滅する。


 同じクラスの女子だった。


 俺は少し迷い、下唇を噛み締めると、その反対側の廊下へ走り出す。

 ヒナタ、景咲、四さんもそれに続いた。


 現在、俺達は校舎の3階にいる。

 しかし中等部の校舎へ行くには、一度校門を出る必要があった。

 全力で廊下を駆け抜け、階段に辿り着いた時、後ろから声があがった。四さんだ。


 「あの!あのね!!八重ちゃんが上の階にいるかもしれないの!」


 野尻八重のじりやえ、ヒナタと四さんの友人だ。


 「わかった、上の階を見に行こう!」

 「違うの!!護君達は先に行ってて!妹さんの所に行ってあげて!私は私でなんとかするから!」


 こちらの返事を聞く前に走り出した四さんを追いかけようとする、しかしヒナタが腕を掴む。

 あんたはこっち!そう言うと階下へ続く階段に引っ張られた。


 ヒナタは泣いていた。だから俺も覚悟を決める。

 四さんとの別れは突然に訪れたのだった。





 四百あずまももが階段を登っていると、上の階からゆっくりと階段を下りてきた人物がいた。

 2年4組の副担任、遠藤望えんどうのぞむだ。

 薄ら笑いを浮かべる遠藤の横をすり抜けるように走り、四百は4階へと到着した。


 野尻八重のじりやえは新聞部だ。

 四階にある新聞部の部室には、八重の私物でとても大切にしているデジタル一眼のカメラが保管されている。彼女は絶対にそれを置いて逃げるなどという真似はしない。そういう人物なのだ。


 (私が行ったって何かできる訳じゃないけど、これが最後なんて嫌だもんね)


 目指すは新聞部。四百は走り続ける。





 遠藤望は鼻歌を口ずさみながら校舎の1階に降り立った。

 校内に響き渡る断末魔の声など聞こえていないかのように、飄々と歩を進める。


 (エピローグはこれでお終い、ここからが私達のプロローグですね)


 そんな遠藤の前に一人の生徒が立ち塞がった。

 名張竜なばりりゅう、当校きっての生粋の札付き。



 「遠藤、探したぜ。一発殴らせろ」


 「これでも一応教師なので、暴力反対です」



 黒い人形が徘徊する廊下で、どちらからともなく不敵な笑みをこぼした。





 「「護!!!」」


 2階廊下に悲痛な叫びが木霊する。今にも飛び出しそうなヒナタを、景咲が必死に押さえ込んだ。


 守一護おれは失敗した。

 1階を目指していた俺達は、予想外のアクシデントによって2階へと進路を変更したのだが、その先で運悪く奴に捕まった。


 「景咲っ!離してっ!!護がっ消えちゃう!!」

 「できるわけねぇだろ!!まだ奴らはいるんだぞ!!」


 まるで空間に縫い付けられたかのように、体は動かなかった。

 生暖かい闇色の何かが体を侵蝕していくのを感じ、俺の人生が詰んだことを悟った。

 懸命に手を伸ばすヒナタの顔は、涙や鼻水でぐちゃぐちゃだった。


 (女の子がそんな顔しちゃアウトだろ。割とかわいい顔なんだから、いつもみたいに笑ってくれよ)


 まあ、俺のせいだな、と心の中で苦笑する。

 せめて最後くらいは、いつもの笑顔に変えてやろうと、精一杯のジョークをプレゼント。


 「ヒナタ、ごめん。底なし沼にはまっちゃったわ」

 「馬鹿!こんな時に!!」


 流石の景咲もこれには顔が引きつった。そんなに面白くなかったか?結構自信あったんだけどな。

 そんなことを思いつつ、親友達の顔を精一杯脳裏に焼き付けた。



 (なんだよ景咲、男の癖に情けない顔するなよ。でも、俺のために泣いてくれて、ありがとう)


 「護、頼む!何でもいい!何か俺に出来ることはないか!?」


 (こんな時まで、本当に義理堅い奴だな。では、お言葉に甘えようか)


 「ああ……最後の……願い……親友と妹を……どうか頼」



 ついには声すら出なくなった。

 視界が闇に閉ざされていく中、これまでの人生で起こった様々な出来事が頭に浮かんできた。



 (ああ、幸せだったなぁ。最後にたくさん遊んでおいて、よかったなぁ)



 意識はそこで途切れた。

 守一護の17年間は、この夏終わりを迎えた。


エピローグシリーズ、これにて終了。

以降はエクトルの視点がメインになります。

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