プロローグ3
※プチ補足
『賽』=魔法道具のようなもの。
効果や見た目は人によって様々。
得られる能力はそれぞれの性格や願い、執念等の個性によって決まる。
記憶を失っている登場人物達は(現時点で)自らの願いや執念を知らない。
そのため能力を把握しきれておらず、十全に力を発揮できない。
新たに得た特殊能力、『情報固定』の効果検証をしていると、体が突然輝きを放ち、爪先から光の粒子となり空間に溶けはじめた。
いきなり自分の体が消え始めたのだ。驚くなんて言葉では済まされない。
なんとかこの現象から抜け出そうと足掻き続けるうちに、目の前が真っ白になった。
★
気がつくと、私は空の上にいた。
正確には、空に浮かぶ石盤の上で意識を取り戻した。と言うべきか。
石盤は人一人が寝転べる程度の大きさしかなく、その表面には『Ⅹ』という文字が刻まれていた。
眼下には不気味な洋館が円を描くように並び、その中心には時計塔がそびえ立っている。正確な高度はわからないけれど、少なくとも100m以上はある。
何かの間違いでこの高さから落ちたら、まず無事ではいられないだろう。
恐怖心から、なるべく下を見ない事を心に決め視線を上げる。
斑模様の空は緑、紫、桃色と、通常ではありえない色が揺らめいでいる。
(……不気味)
どうやら転移させられたようだ。こんな事ができるのは一人しかいない。
「レディーーーセーーンドジェントルメーーーン」
目の前で底抜けに明るく振る舞う、目障りな道化師。
何故か足場がない空中に浮いている、この道化師しかいまい。
犯人はお前だ!!なんちゃって、言ってみただけ。
「勇者様達におかれましてはご機嫌麗し」
「ふざけている場合かこの悪党!」
「いいから!お家に帰してよぉおぉおぉぉ!!」
「さっさと話を進めてくれないかしら」
知らない声が聞こえた。
そこで初めて気がついたが、どうやら他にも転移された人がいるらしい。
急に転移させられたため、どうも周りが見えていなかったようだ。
自分が乗っている石盤も含めて、全部で12枚の石盤が円状に浮遊したいた。
その全てに人が乗っているようだ。
そこで石盤の文字を思い出す。『Ⅹ』、これはエックスではなくローマ数字の『10』で、おそらく円状に均等に配置された石盤は時計をイメージしているのだろう。
となると、右の石盤が『9』、左が『11』か。
うん、だから何だという話だ。視線を道化師に戻した。
「はははは、これは手厳しい」
道化師は大バッシング状態だった。
それも当然、彼は私達の記憶を奪い、何処とも知れない場所に拉致し、
挙げ句の果てに「勇者を目指せ」などと、意味の分からない事を言い出したのだ。
狂人の沙汰としか思えない。
「まあまあ、皆様の不満は大変よ〜〜〜〜〜く理解できます。
わたくしも哀しみで胸が張り裂けそうです。涙も出てきました、オヨヨ」
明らかに嘘泣きだ、全員が半眼で睨みつけた。
「しかし、せっかくこうして12名のお友達が揃ったのです!
まずは、まずはどうか!このわたくしに紹介させてはいただけませんか!?」
そう叫ぶと、誰の返答も聞かずに勝手に紹介をはじめた。
と言っても、それぞれの石盤を指し、一人ずつ名前を挙げていくだけの簡単なものだったが。
1時の石盤 「オルフェムス」
その男は離れた位置からでも大きい事がわかった。
身長は2m……はないかもしれないが、拘束衣のような服(手足は自由に動かせそうだが)の隙間から見える引き締まった筋肉も相まって、この中の面子では一層の威圧を放っている。
両目を覆う鉢巻のような眼帯の中心には単眼の紋章が施されており、まるで神話の巨人のようだ。
両腕にそれぞれ握られている双長斧は『賽』なのだろうか、手首の拘束具と鎖で繋がれていた。
2時の石盤 「ジョアンナ」
軍服を纏った鋭い眼光の女性は不敵に笑う。
制帽から伸びるしなやかな銀髪はまっすぐ腰のあたりまで届いている。
ふくよかな胸の前で腕を組み、肩幅に開いた脚の爪先は不機嫌そうに床を叩き続けていた。
手には丸くまとめられた鞭が握られており、見るからに女王様オーラが漂っている。
3時の石盤 「フェミキーテ」
彼女の容姿を一言で現すなら『ゴスロリ猫耳少女』だろうか。
フリッフリの黒い衣装、キューティクルが輝く黒髪ショート、人形の様に愛らしい赤と紫のオッドアイ、腰から伸びる漆黒の尻尾、それぞれのパーツは愛らしい物の筈なのに、本人からは小聡明さしか感じられない。
猫でも被っているのだろうか?少女から油断できない何か感じた。
彼女はどこから取り出したのか渦巻きキャンディーを舐めながら景色を眺めている。
4時の石盤 「グリムレッド」
まるで絵本から飛び出したような赤頭巾の少女だった。
今にも狼に食べられてしまいそうなほど細い肢体だ。しかし、その手には彼女に似つかわしくない物が握られている。──禍々しく光る猟銃。彼女の『賽』であることは間違いないだろう。
鮮血色の頭巾に隠れた表情は、ここからでは伺い知れない。
5時の石盤 「スピノザ」
カウボーイだ、カウボーイがいる!
拍車つきの靴に、夕焼け色のスカーフ、目印の中折れ帽子が良い雰囲気を出している。
まるで西部劇に登場するガンマンのような格好をした男は、視線が集まり困惑した表情を浮かべる。
その佇まいはどこか飄々としているが、まったく隙を感じさせない。
彼はカウボーイハットを深く被り直すと深く溜め息を吐いた。
6時の石盤 「エルクラーク」
ここは面白仮装大会の会場なのだろうか。もう何が来ても驚かない。
そう思って向けた目線の先には、アメコミヒーローのような男が仁王立ちで立っていた。
ブフッ!!と思わず吹いた。瞬間、彼がこちらを見た。
目が合った。
ブフッ!!!
ついつい、また吹いてしまった。でも仕方がない。オールバックに固めたられた黒髪、ピッチリと体にフィットしたライトグリーンの戦闘服、風にはためく黄色いマント。この殺気立った集団の中でも彼の存在だけはギャグにしか見えなかった。ヒーローは不機嫌そうに視線を逸らした。
彼が本当に正義の味方であるなら……是非ともこの状況をなんとかしてほしいものだ。
7時の石盤 「アンジェラ」
天使のような美少女がいた。いや、これはもう天使そのものだろう。
清楚な衣の背後から伸びる純白の翼、やわらかくウェーブのかかった金髪、その上で淡く輝く輪。
彼女は神々しい光の粒子を放ちながら、不安そうに周囲の様子を伺っている。
なんというか、守ってあげたくなるような愛しさを感じる可憐な少女だった。
だからどうかお願いします。
ギャップで笑えてくるので隣のアメコミ君をなんとかしてください。
8時の石盤 「マウリッツ」
白銀の冠に漆黒のマント、中世の貴族を思わせるような豪華絢爛な衣装。
これはもう『王子様」としか言いようがない。
中性的な顔立ちの美少年は不愉快そうに道化師を睨んでいた。
その歪んだ顔でさえ、どこか品性のようなものを感る。6時の彼とは逆に、天使と並んでいても見劣りしない。流石はイケメン、伊達に王子様の格好をしている訳ではない。
9時の石盤 「オフィーリア」
ナース服の少女は肩を震わせた。
彼女の身を包む看護服はボロボロで、腕や脚には血の滲んだ包帯が巻かれている。
眼の下には隈ができており、顔も蒼白く唇も紫がかっている。
なんというか、最初から満身創痍だ。
さっきから小声でブツブツと何かを呟いているので、なんとなく耳をすませてみた。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめ」
病んでるのかな?病むよね!そりゃあ!
10時の石盤 「エクトル」
つまり私の事だ。
全員の視線が集る。なんだか怖い。
あとアメコミ君はこっちを見ないでください。
11時の石盤 「ベオウルフ」
ピンクゴールドの甲冑に腰から下げたロングソード。正しく騎士だ。
フルフェイスの鎧に覆われているため、表情はおろか性別さえわからない。
ある意味、この中で一番威圧的で不気味な存在は彼?なのかもしれない。
12時の石盤 「レム」
結論から言おう。この人物に限りどんな風貌なのかわからなかった。
甲冑(11時)の位置取りが邪魔で、いまいち姿が見えなかったのである。
周囲の反応を見る限りでは、呆れた様な視線を投げかける者が多かった。
おそらく碌でもない奴なのだろう。
「さて、以上12名の個性豊かなメンバーが揃ったところで……残念なお知らせです」
全員の紹介が終わったところで道化師が切り出した。
12の視線が一点に集中する中、彼はさも愉快そうに言い放った。
「貴方達には果たし合いをしてもらいます」
まるで時が止まったかの様に、場が静まり返る。
果たし合い?殺し合うということだろうか?
たった今出会ったばかりの誰とも知らない人達と?
馬鹿げていると思いつつ、息を呑んで言葉の続きを待った。
「賭けていただくのは、己の存在と記憶の全て」
『記憶』という言葉を聞いて、時が動き出したかの様に場がざわめき出す。
どうやらこの道化師は、奪った記憶を賞品としてぶら下げて、ここにいる12人を争わせたいらしい。
「おいおい道化師さんよ。そいつは無理ってもんだぜ。
お前さんが俺達を競わせたいのは、まぁ理解できた。理解できたが……
この果たし合いで賭けるべき記憶がまだ配られていじゃないか」
スピノザと呼ばれた男はハットを手で押さえながら抗議した。
「もちろん承知しておりますよ、スピノザ様。
貴方達の記憶はそれぞれ、四つに切り取り大切に保管してあります。
そのうちの一つ、記憶を失う前の貴方達が最も大切にしていた欠片を今からお返し致します」
両手を広げた道化師の体から、眩い光が雨のように放出される。
「果たし合いのルールはその後に……」
視界が光で埋め尽くされ、意識が遠くなる中、頭に沢山の情報が流れ込むのを感じた。
☆
霞が掛かったように曖昧な意識の中、色あせた光景が広がった。
どこかの街だ。
いや、きっと私は、この場所をよく知っているのだろう。
見ているだけで、こんなにも懐かしい気持ちになれるのだから。
住宅街の中、アスファルトの道をゆっくり歩く3人の人影が見えた。
「でさでさ、やっぱり探検隊って言ったら、底なし沼にハマるシーンは不可欠でしょ!?」
右側を歩くのはポニーテールの少女。
ハキハキとした声音からは、彼女の楽しそうな気持ちが伝わってくる。
「いやいやヒナタ、確かにUMAは探すけどよ!あの雑木林に底なし沼なんてないから」
左側を歩くの少年は、頭の後ろに腕を回している。
カッターシャツの裾が出ていて、いかにも軟派な雰囲気を感じる。
「じゃあどっちでもいいから毒蛇に噛まれてよ」
「いやだよ!!なんでわざわざ噛まれに行くんだよ!!」
「ヒナ太郎が毒を吸い出してくれるかもよ?」
「いや、普通に救急車呼ぶけど」
「だから!なんで噛まれに行くの前提なんだよ!!」
私は遠ざかるその背中を、ただ見ている事しかできなかった。
待って、行かないで。置いていかないで!
必死に叫ぼうとするが声が出ない。
それも当然、ここは記憶の中の世界なのだ。
すでにフィルムに焼かれた情景を、誰も何も変える事はできないように。
眺める事のみを許された、遠いいつかの出来事だった。
諦めて見送る視線の先で、二人の間を歩く、三人目の少年が立ち止まった。
振り返り、少し困ったように微笑むその顔は……
私の顔と瓜二つだった。
★
「はははは……思い……出した」
何故だか、涙が止まらなかった。
戻った記憶はどれも断片的な物だ。
とても不確かで、夢のように儚く、今にも消えてしまいそうな程危うい。
繋ぎ止めるように、何度も何度も思い出した。
頭の中でただただ必死に追いかけた。
それは、幼なじみと歩く通学路で、
それは、無個性が量産されたような学園生活で、
それは、ドリンクバーの中に溶けていく放課後で、
宝物の様に輝かしい、親友達との日常だった。
「私は……いや、俺は………」
城下町北高校2年4組、出席番号24番
守一護だ。
サブタイトル同じのばっかでごめんなさい。
冒頭部分は残り2〜3話で終わります。