エピローグ3
20XX年5月15日(月曜日)
「黒虹雲について調べてみないか?」
親友の二人は少し困った顔をした。
『黒虹雲』は学者達の間でも、未だメカニズムが憶測の域を出ない。
そんな現象を調べたいと言ったのだ。
幼馴染み達は提案の真意を計りかねているようだ。
「ほら、新学期始まってから色々あっただろ?俺さ、ずっと考えてたんだ。何かしたいなって」
「何かしたい。ねぇ」
「何だっていいんだよ。別に黒虹雲じゃなくても、噂のUMAを探したっていい!
来年は受験勉強だって本格的になる。卒業したら、たぶん俺達はバラバラになるだろ?
思い出作りがしたいんだよ。それがどんな馬鹿な出来事でもいいからさ」
なあ、駄目か?そう聞くと、ヒナタと景咲はお互いに顔を見合わせて……
「「乗った!!」」
快く頷いてくれた。
やっぱりこの二人は最高だ。
☆
手早く昼食を済ませ、教室に戻る。
お昼休憩が終わるまで、今後の方針を話すことにした。
「つってもよ〜、調べるったってどうするんだ?」
「目撃情報をまとめてみるのはどうかな?
手早く学校内で調べるならパソコン室、新聞の記事から探すなら図書室かな」
「黒虹雲は目撃情報が少ないからな、新聞から探すのは大変だろ」
「じゃあ先にUMA探そうぜ!隣町で目撃されたらしいじゃん?」
「あれ本当かなぁ、私は眉唾だと思うけど」
「いや、そんな事言ったらほとんど眉唾だから」
などと話していると、不意に呼び止められた。
声の方向へ顔を向けると、ライトブラウンに髪を染めた、鋭い目つきの男が立っていた。
同じクラスの名張竜だ。
彼は当校切っての札付きで、ここ一週間は人を殴って停学になっていた。
朝礼で姿が見えなかったため忘れていたが、どうやら今日が停学明けのようだ。
彼は俺達の顔をそれぞれ確認すると、眉間にシワを寄せながらこう言った。
「おい、そんなモノを探すのは辞めろ」
そんなモノ?UMAの事だろうか?
彼が何故突っかかって来たのかは、まったく心当たりがない。
停学明けなのだから、余程の事でもない限り、問題は起こさないと思うが……。
始まる前から「辞めろ」と言われて辞めるつもりもない。
「そんなモノいるわけないだろ、探すのは辞めろ」
「いるかいないか、なんてどうでもいいんだ。
今しか出来ない事を思いっきりやりたいんだ、後悔したくないからな。
名張君なら……わかるだろ?」
「……ッチ」
不機嫌そうな顔を更に歪め、彼は踵を返した。
そのまま2、3歩足を動かした所で立ち止まり、振り返らずにこう言った。
「何かわかったら教えろ」
何だ、結局のところ彼も、その手の話が気になるタイプだったのか。
名張竜はそのまま教室を出て行く。かと思われたが、
扉の前で恩田さんと鉢合わせ、暫く口論した後に、逃げる様に去っていった。
恩田聖女、恐ろしい子!!
「うわー、感じ悪ぅ」
ヒナタは終始黙って見ていたが、やはりと言うか、心証は宜しくないようだ。
「仕方ないだろ。あの件ではあいつも散々だったし、俺だって色々思う所はある」
景咲はそう言って、窓側最前列の席に視線を流した。
空色の花瓶と揺れるチューリップ。
特色クラスのメンバーが、24名になった『あの日』の喪失感が蘇る。
「なんか湿っぽくなっちまったなぁ」
景咲は頭をぽりぽり掻いてため息をついた。
そんな景咲を見て、ヒナタは努めて明るく提案した。
「そうだ!せっかく一緒に面白そうな事をしてるんだから、何かチーム名決めましょうよ!」
そういえば小学生の頃。
このメンバーで一緒に遊ぶ時、今みたいにチーム名を作り名乗っていた事がある。
その時は『城下町騎士団』だったけか。
しかし高校生にもなってチーム名か。
少し子供っぽい案で恥ずかしいが、元々子供っぽい事をしている自覚はある。
ヒナタの事だから、雰囲気を変えるため、敢えて提案したのだろう。
俺はヒナタのアイディアに乗っかることにした。
「それいいな、案はあるのか?」
「うーん、守一護探検隊とか?」
「水スペかよ!!」「恥ずい却下!!」
「なんでよ!UMAと言ったらこれしかないじゃん!!」
そんな話をしていたら、次の授業の先生が話に入って来た。
このクラスの副担任で、今年赴任した男性教師だ。
名前は確か……安藤?うろ覚えだ。
「何やら面白そうな話をしていますね」
「げ、先生。もう授業の時間かよ」
「まだ5分あります。それよりUMAを探してるんですか?私もその手の話は大好きでしてね」
俺達はこれまでの話を掻い摘んで説明した。
思いで作りのため、不思議な出来事を追いかけようと思った事。
活動するにあたり、チーム名を決めようと思った事。
先生は俺達の話が終わると、ではこんな名前でどうでしょうか?と提案してきた。
「はぐれ者の鼻歌」
「はぐれ者の鼻歌?どういう意味っすか?」
「意味なんてありませんよ。いや、『意味がない』って意味になるのかな?
普通なら誰にも相手にされないような、そんな話を追いかけるのでしょう?」
なるほど、はぐれ者の話など誰も聞かない。
ましてや、なんとなく口ずさむ鼻歌など、誰も気に留めないだろう。
聞く価値のない。意味のない事、か。
俺もUMAが本当にいるなんて思っていないし、黒虹雲の謎が高校生に解き明かせるとも思っていない。
まさに意味のないことの様に思える。
「じゃあ、それで」
そう返事をした俺に、二人から批判の声が上がった。
「おいおい、『意味のない事』だぜ?そんなんでいいのかよ!」
「周りからどう思われたっていいじゃないですか。
結局、どんな物であれ、価値を決めるのは自分達なのですから」
「む、確かに。そう言われるとなんだか語感も良い気がしてきた」
先生の一言に、単純な景咲が丸め込まれると、ヒナタもあっさり納得した。
話がまとまると、先生は満足そうに教壇へ向かい、授業の準備を始めた。
「やっぱ遠藤って変わってるよなー」
「他の教師よりも子供っぽい所あるよね」
「遠藤?安藤じゃなかったっけ?」
「遠藤だよ!ほら初めての顔合わせの時に言ってたじゃん」
景咲は鼻を摘むと、下手くそな物真似をはじめた。
『私は遠藤望、貴方達の特別カリキュラムの講師を請け負います。
この学園には生徒、教師を含めて遠藤は私1人だけです。
つまり城下町北高校のTHE遠藤とは私の事なのです!だーはっはっは』
そうだ、今の物真似で思い出した。
遠藤だった。誰だ、安藤って言った奴は。
あと名誉のために補足すると、だーはっはっは。は言ってなかったと思う。
「あー、そうだな。遠藤だったな」
「安藤は他のクラスに二人いるしね」
「ヒナタさん。安藤を掘り返すのやめていただけませんかね?」
ニヤけ顔をしているので、しばらくはネタにされるだろう。
しかし遠藤望、変な先生だな。
なんとなく教壇に立つ遠藤先生を見る。
視線が合ったような気がしたけど……おそらく気のせいだろう。
☆
ここで一度、物語の月日は流れる。
運命の日、20XX年7月21日(金曜日)
城下町北高等学校、終業式の日。
夏の始まり。
街は、世界は……再び、黒い空に呑まれる。