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900秒の出逢い

作者: 結城 翔華

<九〇〇秒の出逢い>




午前七時十三分。

いつもの時間、いつもの車両、いつもと同じ立ち位置。

この駅で僕は〝彼女″が乗り込むのを毎日、同じ場所で待つ。

僕の一日は、〝彼女″と出逢った瞬間に、始まる。

〝彼女″の気配を背中に感じる。

七時十三分四十五秒。

今日はいつもより少しだけ遅い。

今日も〝彼女″と逢えたことに心の中で小さく感謝をする。

いや、『逢えた』という表現はおかしいかもしれない。

何故なら、僕と彼女は一度も言葉を交わしたことがないからだ。

それどころか僕たちは、少なくとも僕は、相手の顔すらわからない。

そんな、赤の他人から一歩たりとも踏み出していない僕と彼女の関係。

その繋がりを唯一肯定するもの。

それは、登校中、稀に下校中にも背中に感じる、優しさとも暖かみともいえぬ、不思議な感覚。

その、えもいわれぬ感覚を感じ、共有するとき。

その時間だけは、ひねくれ、現実を直視出来なくなった自分から脱し、唯一、幼い頃のような純粋な眼差しで、世界を見る事が出来るようになる。

もちろん、相手と会話したことはないので、〝彼女″も〝それ″を感じてくれているかどうかは、甚だ疑問であるけれど、僕はそんなこと少しも気にしなかった。

ただただ、九〇〇秒間の彼女との逢瀬な間、人というものを感じ、過ごすだけだ。



午前七時十三分四十五秒。

いつもの立ち位置に立つ。

高校の入学式の日以来、三ヶ月間。

どんなラッシュ時でも、不思議とその空間だけはいつも空いていた。

ブレザーのポケットからケータイを取り出し、今日の予定を確認する。

いつも通り、放課後だけはぽっかりと空白が支配している。

新天地となるハズだった高校。

そこで季節ひとつ分を過ごしているのに、私には友人がいない。

これから二年半以上続く学校生活を考えると、憂鬱になる。

と、電車に揺られる私の背中に誰かの背中がぶつかる。

そのとき、私の一日が始まった。

午前七時十四分二十秒。

いつもより少し早い気もした。

〝彼″と出逢ったのは三ヶ月前。入学式の日。

その日の電車の中は昼間にも関わらず、朝のラッシュ時と変わらないくらいに混んでいて、その中で今いるこの場所だけが、ポツリと空いていた。

それ以来毎日、どんな時でも空いているここに、決まった時間に立つことにしている。

背中越しに触れ合う〝彼″。

その存在を感じて、苦い生活を忘れるようにしている。

この時間だけが、私にとって、唯一救われる時間だった。

ずっとこのまま、永遠に進み続ける電車に乗っていたい。

いつもそんなことを考えながら、私は幸せな時間を過ごす。

そんな願いは、叶わないとわかっているのに。



午前七時二十八分四十秒。

今朝も別れの瞬間がやってくる。

二人は今日も互いを視界に入れないまま、ホームへと、消えてゆく。




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