その場所に溶け込む話
無事、クラス分け試験を終えて五人は渡された結果に報告会を行った。想像通りの結果に誰もが納得の色だ。だが、あまりのひどさに笑うしかない結果を残した猛者もいる。試験の結果はルゥロとレックがA、セイテと咲耶がS、そして最低クラスのCがニミルという当たり前のアルファベットが名前と共に連ねてあった。ニミルの結果にルゥロは大笑いだ。
「流石期待を裏切らない」
「仕方ないじゃん! 俺、字は読めるけど書くのは無理だって。理解してても何も書けない」
言い訳をするかのように叫ぶニミルはいささか可哀想に見える。けれど一応言っておくと、前々からルゥロ達はニミルに字を教えてはいた。覚えが悪いだけで、ちゃんと教えているのだ。
「まあ、ニミル。結果についていつまでもどうこう言っていても仕方あるまい。ところで、一つ尋ねておきたいんだがやはりルチルクルーツの方が色々動きやすいのか?」
咲耶の容姿は今、幼い少女となっていた。話し方は今までと変わらないが、声が高いのに違和感を覚える。長い髪は束ねられておらず、髪の色も瞳の色も先程までとうって変わっていた。これが咲耶が姿を隠すために変装していた時の姿である。試験前、ルゥロは咲耶に今後のためにルチルクルーツの姿でいてほしいと耳打ちしていた。理由は今後の行動のためだ。いつ、何が起こるか分からない。それにルチルクルーツのほうがなにかと都合がいいのだ。レックも際立つ服装を止めており、ルゥロは取りあえず咲耶の魔法で肌の色を変えていた。ニミルも一応、変装はしたが…。
「学校でも帽子をかぶっているわけにはいかないな」
ハーフエルフのニミルはエルフの外見をしていた。種族差別が止まらない今、その容姿で学校に行くわけにはいけない。今日は帽子をかぶったが、学校に通い始めたら怪しまれることは分かっている。
「ルゥロとニミルは我が魔法を教えよう。レックは口元を隠す服を着るのを控えるといいぞ」
ここで敢えて駄目だと言わなかったのは駄目と言っても言動を起こすのがレックだからだ。レックがきちんと控えるかどうかは別として、言っておくというのは大事なことだ。
早速明日から学校に通うことになっている五人は「初日だけは何も起こすな」というのを約束し、その場を解散した。レックとセイテの部屋はルゥロとニミルの部屋の向かい側だ。離れていないのが幸いだったが、女子寮は道路を挟んで反対側にある。咲耶と離れてしまったが彼女ならば大丈夫だろう。何しろ、大人の女性なのだ。大人でなくとも正しい行動を取ることが出来る人でもあった。
ルゥロは城から持ってきたものを添え付けの棚にしまっていく。ニミルはベッドに身を投げ出した。
「あー、筆記試験とかだるいよ。…大体、字を書けない人に何を書けっていうのさ」
「これから生きていく上で必要だからだよ。学校通うならいい加減、覚えろ」
たくさんの書物を手にニミルに向きなおった。ニミルは遠くを見つめながら言う。「字を書けないのが俺の人生なのさ」
ルゥロは彼の言葉に何も言わなかった。書物を丁寧に棚に収めると机と向き合った。椅子に背を預けながら「字を覚えることで新しい人生を歩み始めればいい」素っ気なく、誰に言うでもなく呟いた。
咲耶は同室になるという相手を考えてみた。教頭から相手のことを聞いていたのでどんな人物なのだろうと自分なりに想像していた。上手くやれるだろうかと少し不安だ。何しろ、咲耶は喋り方や文化が違う。砂漠化して無くなった故郷の言葉だ。誰が生き残っているか分からない。故郷の文化ももうどこにもないような気がした。
自分の部屋だが一応ノックをしてみると中から返事が聞こえた。声の高さはそこそこに大人の女性という印象を受けながら扉を開く。中には短髪の元気良さそうな女性がいた。
「初めまして、あたしはペトラ。今日からよろしくね」
「私はルチルクルーツ、よろしくお願いします」
咲耶の声は高く、口調もおしとやかとなっていた。これがルチルクルーツである。ルチルクルーツとは咲耶の変装したときの名前だ。容姿も口調も全てが咲耶と真反対の少女だ。ペトラは咲耶の自己紹介を聞いて驚いた様子を見せた後、何もなかったかのように言った。
「大体年齢の近い人同士が同室になるんだけど、貴女を見てびっくりしたわ。でも、自己紹介を聞いていると、私と同年代なのね」
納得したように部屋に入るように咲耶を促した。荷物はここね、てきぱきと部屋の中を教えてくれた。バッグを指定された場所に置くと改めて彼女の方を向いた。
「そうかな。ペトラさんのほうがよっぽど大人に見えるけど」
「ペトラでいいよ、そうかなー。あたしは貴女がずっと大人に見えるわ。自分の部屋で立ち話も何だし、座って」
ベッドを指さしながらペトラは隣の部屋に消えて行った。
咲耶はまるで大金を盗みに来た盗賊のように辺りを見渡した。一回り、部屋を見た後、不躾なのを承知な上で彼女の机、棚を眺める。一息おいて表情を和らげた。この人は大丈夫だと確信を得るとベッドに座った。良いタイミングでペトラは戻ってきた。手にはカップを二つ持っていた。
「紅茶よ。筆記試験受けてたのでしょう? 教頭から聞いたわ、お疲れ様」
「ありがとう! 私紅茶大好き」
ペトラの心遣いを受け取り、微笑んだ。
「失礼を承知で聞いてもいいかしら」
「答えられる範囲ならどうぞ」
「どこから来たの? 情報通の奴らが騒いでいたけど、お城から来たって本当なの?」
「ああ、やっぱりお城からってなるとすぐ噂になるんだね。言わなくてもすぐわかると思うから言うけど、ペトラの言う通りお城から来たの。正しく言えば友人がだけど。私は城下町に住んでいるの」
「友人がお城からって…、貴女何者なの?」
驚きの声に苦笑いしながら咲耶は答えた。
「そんな大した者ではないよ。本当に偶然知り合った友人なの。まあ、友人になれた理由は彼が相当の変わり者だったからだけど」
さりげない悪口だが咲耶は悪い意味で言ったのではない。ルゥロがいなければ今の自分はいないのだと、咲耶は知っていた。もちろん、ニミルもずっと一人であっただろう。咲耶とニミルは誰よりもルゥロに感謝していた。ペトラは「そうなの」と頷いた後、話を切り替えた。
「クラスはどこになったの? Sクラス?」
「そうだよ、よくわかったね」
「見るからに頭良さそうだもの。でも、そうねー、現代のことは苦手そう」
「当たり! なんでわかったの?」
咲耶は驚き、ペトラの方を向いた。そこで彼女がすぐ隣に座っていたのだと気付いた。顔が近い。
「私、勘が鋭いというか、そういう誰が何が得意だとかがわかるのよ」
「へー!! じゃあ、戦闘とか強そう」
興奮したように咲耶は言った。すると、彼女は何故か表情を曇らせる。
「…そうね、確かに次何が来るか分かるからそうなんだけど…」
突然の重い空気に咲耶は地雷を踏んでしまったのだと気付いた。やってしまったと眉をよせ、心の中で落胆する。その人の過去に何かあったのかなんて聞かないと分からないのだから言葉には気を付けないといけない。それをすっかり忘れていた。
「ごめん、気に障ること言っちゃったね。でも、ペトラはすごいと思うよ。それは立派な特技だからね」
「…そう思う? ありがとう、そう言ってくれると嬉しい。急に暗くなったりしてごめん」
「大丈夫。私が悪かったの、ペトラこそ大丈夫?」
「本音を言うと大丈夫じゃないけど、ルチルクルーツのお蔭で昔より大丈夫だわ」
無理矢理笑っていることが見て取れた。けれど咲耶は敢えてそれを口にしなかった。知らないふりをすることは時には大事だ。咲耶は気分を上げるために別の話を持ち出した。勘の良い彼女が咲耶の話からあることに気付いたのはまた別の話である。
*登場人物
○咲耶
森に住んでいたルゥロの友人。幽霊だと城下町では言われているが実際は違う。数か月前、ニミルと結婚することになった。
○ペトラ
咲耶の同室者。勘と運を持ち合わせた女性。そのせいで昔何かあったようである。しっかりしていて頼りになる。後に咲耶の理解者となる。