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S 地に足の着く話

世界とは多重に存在するものであり、接触してはならない。     --『Blue Spiral』より抜粋。

 「いや、まじで、ありえない」


 かんかんと太陽が照り輝き、まるで炭火で焼かれるイカが乗っている金網の上のような暑さ。これは上着を脱いだら確実に黒焦げになるなと半袖が苦手な彼でさえもそう思う。

 比較的温和な気候の地域に住む青少年―ルゥロは頭にかぶる布を深くかぶりなおした。

 ルゥロはある頼み事である町に向かっていた。


 それは1週間と2日前の話だ。

 何故か突然幸せそうな顔をした2つ年上の青年がとんでもないことを口にした。

 「俺、結婚するから」

 「はっ」

 勉強していたルゥロは顔を上げると鼻で笑った。青年はふざけんなよ、と思い切り床を踏む。

 「だから、結婚するって」

 「…医院に行ったほうがいいぞ」

 あまりにも突飛なことを言い出す友人にルゥロは活字ばかりの冊子に目を落とす。

 友人である青年のことをよく知るルゥロは有り得ないとただ思った。

 「お前な、人の話はちゃんと聞けよ。どれだけ俺が結婚することに不満があるんだよ」

 青年の言葉にルゥロは持っていたペンを置いた。

 「いや、不満は何一つないけどな。ただ単純に有り得ないと思って」

 「失礼だな」

 まあ、そう思うと思っていたけど。

 友人はそんなことを呟きながら自分の足を見つめた。

 「正直、俺ももう結婚しないと思っていた」

 ルゥロは青年と出会った時のことを思い出した。その時のルゥロは少年で、青年は青少年だった。

 村の人たちから嫌われ、一人捨てられた哀れな子供。

 大人と呼ぶには幼く、子供と呼ぶには大きかった。けれど、青少年はまだ子供だった。そこで言葉にされる青年の過去。自嘲じみたその口調は何かを諦めたようだった。ルゥロはその青少年に言った。

 ――あのね、俺って死ぬことが許されないんだ

 小さな子が言った何気ないその一言。

 何に対してもやる気がなくなってしまった青少年は小さな子どもを嘘だと責める気もなく、ただ静かに聞いていた。

 青少年はその時その子どもに自分の過去を話した。

 きっとルゥロに話しても大丈夫だろう、と。

 それからルゥロは青少年を連れ帰った。案の定、両親は驚き、幼馴染にいたっては青少年を切りかかった。

 「何だよ、こいつ!」

 「あんたこそ、誰だよ」

 地を這うように鋭く睨みつけてくる少年に青少年は恐怖で足がすくんだ。今まではぶり者として酷い扱いを受けてきた。それに比例するように自分の力は強くなった。だが。だが、こんなにも相手を射抜くような瞳で睨みつけられたのは初めてだった。それも自分より幼い少年に。

 ルゥロが少年を宥めるがそれでも収まらないようだ。最終的に刃物を取り出した。

 「ぎゃあああああ」

 突然悲痛の声を上げたルゥロに驚いた青少年は肩を跳ねさせた。

 「お前は黙っていろ」

 幼馴染であるルゥロの首に刃物を当てながら少年は言った。

 「はははは刃物はだめだ」

 がたがたと震えながら講義するが説得力なんてものは皆無に等しい。青少年はこの少年は末恐ろしいと思った。平気なのかは分からないが幼馴染の首に刃物を当てている。けれど末恐ろしいのはこの少年だけではなかった。

 「せめて、鈍器で殴ってくれ」

 はてさてこの二つにはどんな差があるのだろうか。様子を見ているとどうやらルゥロは刃物が大嫌いらしい。殴られたり叩かれたりは平気だが刺されたり切られたりするのだけは勘弁のようだ。だから、攻撃するくらいなら刃物と匹敵する凶器――鈍器で殴れと言ったのだ。

 鈍器でも確実に血は出る。それどころか死ぬ可能性さえもあるのだ。ルゥロの言った「せめて」は間違っているのではないかとニミルは訝しげに二人のやり取りを見守っていた。

 「兄上、とりあえず、この人をどうにかするか決めたら?」

 感情が読めない表情でここにいる誰よりも小さな少年が言った。ルゥロが返答しているのを見るとルゥロの弟のようだ。青少年は弟に軽く自己紹介をする。それから青少年の住む場所はあっという間に決まった。もう少しで成人ということもあり仕事も丁寧に用意されていた。


 なんてことを思い出しながら青年へと成長したニミルは笑みを含んだ。

 「気持ち悪い」

 友人にそんなことを言われてもめげなくなったニミルはルゥロの頬をつまむ。あの時、彼に助けてもらってよかったと心底思う。なんだかんだ言って幼馴染を除いた友人たちは優しかった、と思いたい。若干優しいと言えない人もいるが。

 「それでな、ルゥロ」

 ニミルは本題に入ろうとルゥロの冊子を無理やり閉じた。もちろんその瞬間、殴られたわけだが。

 仕方なく結婚に至るまでのことを聞いたルゥロはそれでも信じれないでいた。なんと言ってもあのニミルがだ。相手も教えてくれない上にいつ式を挙げるかも言わない。信じようがないのだ。

 諦めようとため息をつくとニミルの方を向いた。

 「頼み事ってなんだ?」

 「おっ、やっと信じてくれる気になったか。お前に永遠とわのブルーローズをたくさん取ってきてほしいんだ」

 信じてないがと内心思っていたルゥロは頼みごとの内容に驚いた。

 「永遠のブルーローズとかふざけるなよ! あれは砂漠の、しかもここから一番遠い遺跡の中にしか咲かないやつじゃないか」

 すごい剣幕で怒鳴るルゥロに彼は笑いながら言った。

 「50本くらい欲しいかな」

 項垂れるルゥロに追い打ちをかける。

 砂漠に咲く自然栽培である青いバラ。それは厳しい環境の中であるため数が少なく、絶滅種の一つなのだ。有名であるため採りに行く人は少なくはない。

 ルゥロは今世紀最大のため息をついた気にしかならなかった。



*登場人物

 ○ルゥロ(青少年)

 主人公。よく周りに振り回される苦労人。<死人の夢>という物語の主人公。


 ○レック(青少年)

 ルゥロの友人の一人。幼馴染でルゥロのことをいつも心配している。マイペースな鬼。


 ○セイテ(少年)

 ルゥロの弟。兄依存症だがレックに憧れている。


 ○ニミル(青年)

 ルゥロの友人の一人。いつもレックに標的にされる。この度、結婚することになった。


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