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現代における魔法の定義  作者: 揚羽常時
初恋はさくらの如く
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第一エピローグ08

 その装飾剣は、光を透き通らせる、玻璃に似た素材で造られていた。


 鍔は天使の羽を模しており、握りは二匹の蛇が互いに絡みつくように、螺旋を描いている。


 アンネは、その職人芸に、感心の吐息をはいて、


「はぁー。すごいねー……」


 そんなことを言った。


 ここは、先ほどまで総合魔術史学の授業を行なっていた教室……そに隣接している廊下。


 当然、休み時間ともなれば、イクスカレッジの生徒が、幾人も横切る場所だ。


 そんな中で、剣を持って悦にいるアンネは、ひたすらに不気味だった。


 水月は、アンネの頭を、ポカリと叩く。


「刃物を見つめながら悦にいるな。危ない奴みたいだぞ」


「そんなこと言われてもー綺麗なものは綺麗だからいいじゃんー」


「ていうか何でコンスタン教授の剣を持ってきてんだ?」


「壁に刺さってたのを持っていっていいですかーって聞いたら本人が構いませんよーって言ってくれたんだもんー」


「没収」


 そう言って、水月は、アンネの手から、装飾剣を奪い取った。


「あー。何するのー」


「幼児に刃物なんぞ持たせられるか。危なっかしくて気が気じゃねえ。これは預かる」


「横暴だー」


「至極常識に乗っ取った判断だ。後で不燃物として捨てとかないとな」


 そういって水月は、装飾剣を、ベルトに引っ掛けた。


「えー。捨てちゃうのー。それコンスタン教授のものじゃないのー?」


 アンネが、不満そうに口を尖らせる。


「コンスタン教授だってこんなもん返されても困るだろ。学校に剣なんか必要ないだろうし」


「その剣ってコンスタン教授の魔術で出来てるんでしょうー? 術者の意思で出したり消したりできないのー?」


「できないな。魔術といえども一度質量として出したものは基本的にそのままだ。人為的に制限をかけないかぎり自然に消えたりはしない。魔術って名前が付いているから誤解されがちだが魔術はあくまで超熱力学第一法則現象……れっきとした自然現象なんだぜ? 当然再現できる現象は物理法則に沿ったものでしかありえない。故に一度質量を生成してしまうとそれはそのままそれっきり。消すにはまた別の魔術が必要になる」


「じゃあ伝説の武器を異空間に封印していて必要なときだけ呼び出す……とか、そういうのも無しー?」


「やろうと思えばできんでもないだろうが……それを行なうだけで少なくとも二つ以上の空間魔術と卓越したマジックアイテムを必要とするな。非効率的だ」


「ロマンがないなー」


「ロマンってのはこの際ブリアレーオだからな」


 しれっと水月。


「それより次の授業の方が大事だ。ええと予定は……」


 水月は、カバンから授業予定表を取り出して、総合魔術史学の次の授業を確認する。


 そこには、トランスセットと書かれていた。


「トランスセットの授業か……」


 ふむ、と水月は、しばし悩むふりをして、


「よし、サボろう」


 どこまでも腐りきったことを、力一杯言い切った。


「水月ー。トランスセットって何ー?」


「魔術の授業の基礎だ。魔術の効果を具体的にイメージするための瞑想さ。精神修行も魔術の大事な訓練だからな」


「ふーんー。修行僧みたいー」


「似たようなもんさ。俺もガキの頃は山に篭ってやってた」


 言いながら、水月はスタスタと、廊下を歩き出した。


 慌てたように、アンネが後ろを小走りについてくる。


「ちょっとーどこに行くのよー」


「いまさらトランスセットの授業なんて、馬鹿馬鹿しくてやってられん。俺は屋上でサボる。ふあ……」


 気だるげに、そう言いつつ、歩みを止めない水月に、


「ほう、そうか。ならば役君えのきみ……貴様は暇をしているということだな?」


 誰とも知らぬ声が、かかった。


 水月の背後からだ。


 水月とアンネが、同時に後ろへ振り返る。


 そこには、一人の女生徒がいた。


 水月が確認して呟く。


「ケイオス……ローレンツ……」


 ブロンドの髪に、整った顔立ち。


 挑戦的な目じりに不敵な口元。


 ワイシャツの袖には『正義』と書かれた腕章が。


 ケイオス=ローレンツとは、つまりそんな少女だった。


「役君、暇を持て余しているようで何よりだ」


「いや、これから屋上で昼寝をするからきっぱりと多忙」


「話はだいたい聞いていた。トランスセットの授業をサボるのだろう? あいもかわらず非生産的な……そんな無駄な時間を過ごすくらいなら私に付き合え」


「だいたい想像つくが一体何に付き合えと?」


「警察の逮捕術の訓練だ。どうせ暇を……」


「じゃ、お勤め頑張れよ。影ながら応援してま~す」


 ひらひらと手を振って歩みを再開した水月の、そのシャツの襟をケイオスは引っ掴んだ。


 グイ、と、引っぱられて、水月の歩みが止まる。


「どうせ暇なんだろう役君よ。ならば訓練の一つや二つ付き合ってもいいではないか」


「めんどい」


「認めろ役君。貴様のレゾンデートルなんて所詮そこにしかないんだからな」


「人を戦闘狂みたいに言うな」


「武術魔術ともに極めた役水月が何を言う。貴様のその能力は警察にこそ有用だろうに」


「そういや昨日コンスタン教授が俺に警察の推薦状を示したんだがケイオス、ありゃお前の差し金か?」


「そうだ」


「……そんじゃま俺はこれで」


 襟をつかまれたまま、スタスタと歩き出す水月。


 隣を歩くアンネが、水月の顔をうかがいながら、話しかけてきた。


「ねー水月ー。このお姉さん何ー?」


 水月は、皮肉げに口の端を吊り上げると、


「イクスカレッジの警察機構の一角であり魔術師による犯罪鎮圧を旨とする役職、ストッピングパワーマジシャンだ。略してストパン」


 スラスラと言ってのけた。


「はー。ストパンー」


 意味もなく、感嘆するアンネ。


 そんなアンネを、ケイオスが、ヒョイと摘み上げた。


「役君、この子は何だ? 交友関係の狭い貴様にこんなツレがいたか?」


「単なる座敷犬だ」


「座敷犬でーすー」


 水月の言葉を、繰り返すアンネ。


 あっさりとアンネを解放するケイオス。


 吊り上げられた状態だったアンネは、解放されたことで、廊下に軽く着地した。


 ちなみに未だもって、水月の制服の襟は、ケイオスに掴まれたままである。


「そろそろ離せ。襟が伸びきる」


「貴様が応と言えば離す。で、だ……役君。再三になるが警察の逮捕術の訓練に付き合え」


「何で俺が。警察じゃねーし」


「お前ほど訓練の相手として都合のいい奴は他にいないんだ。最近警察の新入りがたるんでいてな。喝を入れてやってくれ」


「魔術戦闘の一つや二つ、お前で何とでもなるだろ」


「まぁ魔術戦闘なら私でも十分なのは認めるがね。しかしながら魔術師でない者はそうもいくまい。徒手空拳は役君の十八番だろう」


「だからって力を貸す義理はないがね」


「貴様も腰が重いな。ではどんな条件なら動くというのだ」


「動かねーっつの」


「では行くか。ははは、警察の未来は明るいぞ」


「聞けよオイ。ちょ、おい。はーなーせー」


 水月は、襟を掴まれたまま、ズリズリとケイオスに引っ張られた。


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