ゲームの世界へ08
「ところで店主さん」
「何でしょう?」
「この世界で民家にズカズカ上り込んで箪笥や壺を探るってのはアリ?」
「罰則点数を稼ぎたいならアリですが……」
「罰則点数?」
首を傾げる水月に、
「詳しくはルールで調べてください」
無情な店主。
「そうする」
と水月は頷くのだった。
「ちなみに店主さんとの会話は普通に成り立ってるよな? もしかしてノンプレイヤーキャラクターじゃない?」
「このザ・ワールド・イズ・マイ・ソングの世界では愚問ですよ」
「?」
首を傾げる水月だったが店主はそれ以上喋ろうとはしなかった。
これ以上は無益と悟った水月は道具屋を去る。
そしてメニューを開いてアイテム欄を確認し薬草二十個にテントが五つあることを確認すると、村の宿屋に向かう。
既に時間は夕方だ。
そして実際の現実……基準世界でも夕方であった。
「多分こっちの世界と向こうの世界の時間は平等なんだろな」
そう納得する水月だった。
そして宿屋の扉を開くと、
「いらっしゃいませ!」
と快活な声が聞こえてきた。
声のした方を見れば何処にでもいそうなおっさんがニコニコ笑顔で愛想よく言った。
「うちは安いよ! 一泊五十ケトル! 薬草と同じ値段でヒットポイントならびにマジックパワーが全快!」
そんな宿屋の店主の自慢に、
「そうか」
感慨を覚えない水月。
「ゲームの世界ならでは……だな」
やれやれと水月は後頭部を掻く。
そもそもイクスカレッジではケイ仮説は主流ではない。
ならばこそマジックパワーなどというモノに価値を見出せない水月だった。
そして五十ケトル払って個室に案内される。
小さな村だからだろう。
水月以外に宿泊者はいないようだった。
水月は黒パンに塩のスープを嚥下して、それから露天風呂に入るのだった。
「贅沢だな」
それは偏に実直な感想だった。
露天風呂を独占することに対する感想である。
そして水月は、
「メニュー」
と呟いてイメージコンソールをポップする。
そしてメニューからルールの項目に飛んで罰則点数について調べた。
罰則点数。
それは要するにペナルティのことだった。
プレイヤーを害したり殺したり……あるいは先に水月が言った民家に押し入って荒らしたりする行為に対するペナルティだ。
罰則点数の度合いに応じてその者は警戒されるらしい。
罰則点数は視界に入ったプレイヤーに対して色で表示され、その色が傾くほどその者はこう言うのは安直だが《悪い人間》ということになる。
「なるほどね」
水月は納得する。
ちなみに罰則点数が低い者は表示点数とともに緑色に近くなり、罰則点数が高い者ほどその色は赤色に近くなる。
警戒色ということなのだろう。
そしてさらに水月はイメージコンソールを指先でスクロールする。
「殺人が起きた場合……」
それが特に大事なことだ。
実際にザ・ワールド・イズ・マイ・ソングを通してイクスカレッジには被害者という名の死体が出ている。
ラーラも目下行方不明だ。
「ま、プレイヤーキルはMMORPGの基本ではあるが……」
納得する水月。
そう。
マッシブリー・マルチプレイヤー・オンライン・ロール・プレイング・ゲームがこの世界の骨子である。
それくらいは水月にもよめた。
「問題は……」
肩まで湯につかって唸る。
「それがどういう意味を持つかだよな」
やれやれと呟く。
水月はメニューを読み進める。
「要するに赤の他人は信用できないってことだな」
罰則点数がある限り悪い人間は判別できるが、
「それでも時間経過とともに罰則点数が薄れるということは……」
即ち信用できる人間の少なさを定義できる。
「やれやれ」
うんざりと水月は呟く。
「準拠世界は初めてじゃないが……」
しかして、
「面倒くさいなぁ」
そういことなのだった。
ゆっくりと水月は湯に浸かる。
「こっちの世界にも月はあるんだな」
夜空を眺めながら水月。
空気が澄んでいるせいだろう。
星空が輝いてみえた。
それは春の星座さえ認識できたが、水月の興味は引かなかった。
それから水月は露天風呂からあがると麻の服に着替えて用意された部屋へと戻った。
こちらの世界に来て水月が実感したことだが、このゲームの世界には便や汗のことを留意しなくていい設定らしかった。
故に風呂に入るのは自己満足でしかない。
汗や垢が出ないため服の洗濯は必要なく、便が出ないためトイレの必要もない。
それがこちらの世界の常識らしい。
「まぁ便利ではあるな」
水月はそう言うだけだった。
そこに感動や驚嘆は混じり得ない。
即ち水月は簡素に受け流す。
それは一つの才能と呼ぶべきものだったろう。
良いか悪いかは別として。




