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現代における魔法の定義  作者: 揚羽常時
初恋はさくらの如く
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第一エピローグ05


『魔術師』という人材の需要に対し、供給が追いついていない、イクスカレッジにおいて、魔術師は玉であれ石であれ、希少な存在として優遇される。


 学生であるはずの役水月が、学生寮ではなく、簡素ながら一軒の宿舎をあてがわれているのも、その顕著な例と言えた。


 日がとっぷり沈んだ後、ラーラと別れて、帰路についた水月は、自分の宿舎に明かりがついているのを、見て取った。


 何故、と不思議がる水月。


 一人住まいの水月自身が、まだ帰っていないのに、明かりがつくはずがないのである。


 水月が、扉を開けて中に入ると、


「…………」


「…………」


 褐色の肌に白いロングヘアーが特徴の、見るも無残なボロ布を纏った少女が、冷蔵庫を漁っていた。


 先の件で、チンピラに追われていた少女だ。


「……何してんの、お前」


 聞く水月に、


「いやいや違いますよー? これはそういうあれじゃないですからねー?」


 少女は、主語もなく何かを否定し、さらに言葉を続ける。


「いやー、これはー、そのー、あのー、なんと言いますかー……決して悪行をはたらいていたわけではなくてですねー……天啓という名の脳内羅針盤に沿って人生という道を歩いた結果たどりついた場所がここだったとでもいいましょうかー……ええー、もうー……誤解なきよう申し上げておきますと別にそんな空き巣だのといった非人道的行為ゆえのものではなくー、むしろ胸の奥から湧いてでる正義感に従った社会奉仕によってなる警備活動の一環としてー……おおー、そうだー、そうですよー、治安維持のいきとどいた現代社会において重犯罪が日陰においやられる一方軽犯罪が目立つ昨今でありますからー、それぞれの住居の保安措置の良し悪しを見回っていたところ玄関の施錠がおこなわれていない宿舎ー、つまりこの場所を見つけたわけでですねー。ともすれば泥棒の格好の餌食になりかねないこの移住空間を守るために私は微力ながら全身全霊をもってー…………」


 少女の言っている言葉の意味は、よく理解しかねたが、とりあえず水月は、筵と縄とを、両手に持った。


    *


 少女が抗議する。


「あのー、この不当な拘束を解いてくれませんかー?」


 簀巻きにされて転がった少女が、そんなことを言った。


「警察が着いたらな」


 水月は、皮肉で返す。


「こ、困りますよー。警察はー」


「そりゃ警察は犯罪者を困らせるためにいるからな」


「犯罪じゃないですよー!」


「犯罪者は皆そういうんだ」


「いたしかたない理由があってですねー!」


「犯罪者は皆そういうんだ」


「警察に引き渡されたら私殺されちゃうんですよー! ここに匿ってくださいー!」


「犯罪者は皆……ん?」


 一種、異様な言葉を聞いて、水月は、思考を白くした。


「殺される?」


「ですですー」


 少女が、力強く、二度頷いた。


 少女の目は、真摯にきらめいていた。


 嘘をついている様子はない。


 ふむ、と黙考しながら、水月は、簀巻きにされて転がっている、少女の上に座った。


「うぐぉー」


 呻く少女に関知せず、水月は誰何した。


「お前、名前は?」


「アンネですー。アンネ=カイザーガットマンー。ちなみにあなた様の名前は何でしょうー?」


「ああ、水月だ。役水月えんのみづき


えんー……」


「水月でいい。俺もお前をアンネと呼ぶ」


「はいー、水月ー……」


「で、警察に殺されるってのはどういうことだ?」


「私ー、巨大で強大な謎の組織に狙われていてですねー、目下逃避行の最中なんですー。おかげで社会機構の保護を頼れないんですよー」


「…………」


 水月は、ポケットから情報端末を取り出した。


「嘘じゃないですよー! 警察は嫌ー!」


「警察じゃない。病院だ。頭の」


「被害妄想でもないですー! 証拠がー! 証拠がありますよー! 夕方、私は恐い人たちに狙われてたじゃないですかー!」


 そういえば、と、水月は、思い返す。


「じゃあ何で狙われてんだ? あのチンピラがネズミってんならどうにも組織的に狙われてるみたいだが……」


「さあー? 何ででしょうー?」


「心当たりないんかい」


「あまり人に恨まれるようなことをしてきたつもりはありませんがー」


「じゃあお前は何で狙われてるのかわからんと、そういうわけか」


「そういうわけですねー」


 のほほんと頷くアンネ。


 水月は、軽い頭痛を覚えた。


 アンネが、口を開く。


「これは確認になるんですがー、イクスカレッジなるものは今私がここにいる地域でいいんでしょうかー?」


「は? お前、イクスカレッジの生徒じゃねーの?」


「はー。実は私このイクスカレッジなるものにいつ入り込んだのか覚えていないのですー」


「えーと、それはどういうことだ?」


「私は健忘症の傾向がありましてー。気付いたらこの都市にいましたー。どうも寝こけていたみたいで目を覚ましたら路地裏っぽいところで寝そべっている自分を発見したんですー。そこがイクスカレッジという場所だったわけですねー」


「それはそれは……」


「私としてはドイツにいたつもりなんですけどー、いつのまにやらイクスカレッジなる場所にいましてー……」


「ドイツとイクスカレッジってどれだけ離れてたっけか?」


「さあー? 遠いことに間違いはないでしょうがー。だからこそ私もこうしてここまで逃げてきたんでしょうしー」


「狙われてる自覚はあんのな」


「それはもうー。あしながおじさんから警告を貰ったくらいでー」


「あしながおじさん?」


 簀巻き状態から開放されたアンネは、服のポケットから、端末を取り出し、それを水月に渡した。


 素直に受け取る水月。


 あしながおじさんからのメールを、要約すると『あなたは狙われている』、『逃げなさい』、『公的機関は全て敵だと思いなさい』との旨が、書かれていた。


「……何だこれ」


「あしながおじさんからの警告ですー」


「なんなんだ、そのあしながおじさんってのは」


「私が寝ている間に、端末にちょくちょく助言のメールをくださる謎の紳士ですー」


「ストーカー……」


「違いますよー! 現に私は警告どおりに襲われたじゃないですかー!」


「するってーとなにか? お前はこの誰からのものともわからん警告のメールを持って、いつのまにやら記憶にないがイクスカレッジにいたと、そういうわけか」


「そうですねー」


「この怪しさフルゲージの文面を素直に信じたわけか」


「いえでも実際に恐い人に狙われたわけですしー」


「それもそうだ」


 一理ある。


 アンネの言葉に頷いて、それから水月は、ニッコリ笑ってこう言った。




「――――警察行け」




「なんでですかー! 手紙には『公的機関は全て敵だ』と書いてあるじゃないですかー。きっと私は巨大な悪の秘密組織に狙われていて、その秘密組織の力はイクスカレッジの警察にまで及んでいる可能性がありますー。もし警察になんか行ったら秘密組織の手先が潜り込んでいて、あれよあれよと捕まってしまうかもしれないじゃないですかー」


「深刻な強迫観念と妄言が見受けられるな。不安障害の可能性大だ。しかるべきところに行って適切な処置を受けろ」


「あー、信じてませんねー」


「んなこと言われたってな。悪の秘密組織って……世界征服でも企んでるってのか」


「きっとそうですよー。私は改造手術を受けて秘密組織の尖兵となり世界征服の礎にされてしまうかもしれませんー」


「……ほう」


「というわけで警察その他社会機構に私の保護を求めるのは却下ですー。松島トモ子をライオンのいる檻に放り込むがごとき暴挙ですよー」


 水月は、頭を抱えて、溜息をつく。


「さしあたって……この後どうするかだな。お前、どうする気だ」


「まぁ追っ手から逃れるための隠れ家的なスペースが必要ですよねー」


「そのスペースを確保するアテは?」


「しばらく厄介になりますー」


「………………おい」


「まぁ慈善事業だと思ってー」


「……おい」


「チリ人妻に送金する勢いで私を養ってくださいー」


「聞けよ、おい」


「それとも水月は非情にも私を外に放り出しますー? 恐い人と愉快な仲間たちが草の根を分けて私を探しているかもしれない外にー? そして私はあれよあれよとー……」


「…………」


 水月は、思わず黙る。


 それを言われると、痛かったからだ。


 もしネズミや、そのバックが、アンネを諦めていなかったら、たしかに外に放り出すのは、非情といえる。


 少しの逡巡の後、水月は、諦めたように溜息をついた。


「……わかったよ。ある程度の目処がたつまでうちにいろよ」


「わーいー。そういうと思ってましたー。シャッチョサン良い人ネー。ついでに三食お風呂付きだとアンネルートのフラグがたちますよー」


「間に合ってるのでいらん」


 そう言い捨てて、水月は、キッチンに向かった。


 自分と、それからアンネの食事を、用意するためだ。


 ――何だか変なことになってきたな、との自覚は、水月にもあった。


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