エピローグ
四日後。
水月はイクスカレッジの港に来ていた。
「もう行くのか?」
そう旅立つ者に問う。
「うん。まぁ……これ以上はここに居られそうもないしね」
旅立つ者……渡辺椿は苦笑してそう言った。
相も変わらず着物を身に纏い、その手には日本刀……大通連を持っている。
ちなみに水月の剣術……閂抜によって根こそぎ破壊された椿の左腕は完全な形で復元されている。
「役の……君には感謝してる。僕なんかのために復元師をあてがってくれたこと。僕なんかのために旅費まで出してくれたこと」
「気にすんな。ただの気まぐれだ」
本心からそう言う水月。
と、水月の背中に隠れている真理が顔だけをヒョコッと出して、言った。
「渡辺さんは……イクスカレッジを出ても殺人をなされるのですか?」
椿は苦笑して、
「今のところその予定はないね」
と言った。
「誰彼無差別に人を殺すより大切な人を見つけることの方が大切だって役のに教わったから……」
だから、と椿は続ける。
「だから世界をまわって僕は僕の大切な人を探すよ」
「そう……ですか……」
「只野さん……」
「なんでしょう……?」
「殺してごめんね」
「いえ、こうして生き返りましたし……それについてはわざわざ言及するものではないと思います……」
「そう言ってくれると僕の気も楽だな」
くつくつと笑う椿。
「それにしても本当に生き返るとは……アンデッドってのはすごいね」
「真理の祖であるヴァンパイアに交渉した身にもなれよ。電話口からでも殺されそうな呪詛を吐かれたんだぞ……」
「あはは。さすがの役のもビレッジワンは恐い?」
「当たり前だのクラッカー。ビレッジワンを恐ろしいと思わない奴はそれこそビレッジワン以上の化け物か馬鹿かのどちらかだ」
「でも僕の聖術ならビレッジワンも殺せるよね?」
「理論上はな」
「なにさ。その含みのある言い方」
「言ったろ? アンデッドは死なないからアンデッドなんだ」
「殺せるのに死なないの?」
「まぁな」
矛盾することを言いながらも平然と肯定する水月。
「……と」
椿は時計を見た。
出航の時間である。
「そろそろ行かなくちゃ。それじゃ役の……またね」
「ああ、またな」
「あ、それと……」
椿は急遽思い出したとばかりにそう言うと、
「これは役のへのお礼の気持ち」
水月の頬にキスをした。
「っ!」
水月が絶句する。
「あーっ!」
真理が目に見えて驚く。
「じゃね。役の。縁があればまた今度……」
何事もなかったかのようにぬけぬけと微笑しながら手を振る椿。
水月はというと、
「……ああ。またな」
困惑しながらそう返した。
そして椿はVIP専用のクルーズ客船に乗る。
全ては水月の手回しである。
豪華客船に乗って姿が見えなくなる椿を見送って、それから、
「じゃ、俺達も帰るか」
水月はそう提案した。
対して真理は、
「むぅ……」
と髪のリボンを弄りながら不満を口にした。
「何か……気にくわないことでも……?」
「水月……渡辺さんにキスされた……」
「お礼の気持ちっつっとったろうが」
「でもズルい……!」
「そういやお前も俺のこと好きなんだっけ」
「そうですよぅ……」
「モテる男は辛いなぁ」
「それも水月の業です……」
「さいですか」
水月は淡白にそう言った。
*
同日、コンスタン研究室でのこと。
「え? じゃあ切り裂きジャックの件は収拾ついちゃったんですか?」
ラーラが茶髪を弄りながらそう言った。
「ええ、まぁ、色々とあって」
真理がそう答える。
水月はというと、
「うあー……死ぬ……」
と不満を呟きながら社長椅子にもたれかかって濡れタオルを双眸に当てていた。
手には野菜ジュースとおにぎり。
それらを嚥下しながらダルそうな水月であった。
「それで……その……切り裂きジャックたる渡辺椿って殺人鬼はもうイクスカレッジにはいないと……」
「そういうことですね」
「真理が殺されたってのは本当?」
「ええ、本当ですよ」
「アンデッドの真理さえ殺すなんて……斬殺の聖術……斬ったモノを殺す能力か。すごい聖術師だね……」
「オルフィレウスエンジンでさえ……渡辺さんの聖術の前には沈黙するしかありませんからね……」
「どうやって説得したの」
「さあ? 私は早々に殺されてリタイアしたのでその後どうなったのかはわかりません」
「先輩……」
「永世中立的に説得しただけだ」
うー、とか、あー、とか呻りながら水月は返答した。
「でも相手は殺人鬼ですよ?」
「アークに引っ張られただけさ。本来なら聖術とシンボルへの同化は別問題だ」
「それはそうかもしれませんが」
狼狽えるラーラ。
と、
「役君ー!」
とケイオスがコンスタン研究室に飛び込んできた。
「また厄介な奴が……」
ケイオスの声を聞いてうんざりとする水月。
「メールを見たぞ! 切り裂きジャックの件が片付いたとはどういうことだ!」
「文面の通りだが?」
「貴様、何故警察を介入させない!」
「んなことしたら警官の死体が積み上がるだろうが。渡辺のと戦った俺が言うにアイツは俺以上の剣の冴えを見せたぜ。こっちは切りたくもないカードを切っちまった。裏の三抜手を使ってようやく勝てたんだぞ」
「私でも無理か!」
「無理」
きっぱりと言った。
「しかし戦って勝ったのなら何故逮捕しない! 無力化してから警察に引き渡す方法も有ったろう!」
「俺警察じゃねーし。そんなことをする義理は無い。それにアイツの聖術は貴重だ。失うには惜しい」
「むぅ……」
不満そうに呻くケイオスだった。
と、そこに、
「そんなことより……」
と真理が言葉を紡いだ。
「ラーラ……」
「はいはい?」
「水月ったらね……渡辺さんにキスされたんですよ?」
「……先輩」
「何でがしょ?」
「また男からキスされたんですか!」
「何か悪いか?」
「悪いに決まってますよ! プライムに続いて渡辺椿まで! 先輩……もしかしてこっちですか?」
頬に手の甲を当ててそう言うラーラに、
「そんな趣味は無いがなぁ」
あっさりと水月。
「私にもキスしてください!」
「アホかお前は」
「なんで殺人鬼にはキスをされて私の愛は受け取ってくれないんですか!」
「俺は奥ゆかしい大和撫子が好みなの」
「じゃあ渡辺椿みたいなのが好みなんですか?」
「まぁ渡辺のが女ならいいなぁ……とは思わんでもない」
「例え殺されてもですか?」
「例え殺されてもな」
「むぅぅぅぅ」
不満そうに呻るラーラだった。
「ていうかさ。ラーラにしろ真理にしろ……何ゆえそんなに俺が好きなの?」
「格好いいところ!」
「優しいところ……!」
「実直なところ!」
「慈悲深いところ……!」
「……あっそ」
水月はどこまでも淡泊だ。
閑話休題。
「強制終了……それは魂という理論を否定する聖術だ。本来ならイクスカレッジに迎えいれるべき人材だな。だがアイツは自由を選んだ。まぁそれもアークで再現可能な事象なわけだけど……」
目に当てていた濡れタオルを取る水月。
「魂なんて存在しない。そんなことはわかっている。でもさ。人が死んでも何かが残るって信じたくならないか?」
「この世の全ては演算可能な決定事項。でもそれは悲しいことなんかじゃありません。全てが運命だからこそ、全てのことには意味がある。全ての意思には無駄がない。だからこそ水月様には自身の幸せも不幸せも誇ってもらいたいんです。涙も絶望も大事にしてほしいんです。きっとそれは叡智よりも何よりも、きっともっと大切なことだから」
それはかつて葛城さくらが紡いだ言の葉。
水月が何を言いたいのかわかっているラーラとケイオスは、
「…………」
「…………」
沈黙した。
「声をだに、聞かで別るる、魂よりも、なき床に寝む、君ぞかなしき……か。さくらがこんな気持ちだったのかな……。たとえ魂という質料の無い形相が存在しえなかったとしても……」
そんな水月の独り言は、虚空へと放たれ、空虚に消えた。
丁度時間と相成りました。
これにて「生死とは何ぞやと鬼の問う」……閉幕にございます。
如何でしたでしょうか?
お帰りの前に御少しだけ寄り道して感想をくだされば、これに勝る喜びはありません。




