死と不死13
そこに、
「無駄だよ」
椿の声が割って入った。
「北斗星君の祝福を受けたんだ。聞くにその子は死にがたいようだけど……絶対的な死の前には沈黙せざるを得ない」
淡々と事実だけを並べる椿。
「……絶対的な死……」
「そう。北斗星君の祝福だよ」
北斗星君。
中国は道教で《死》を司る神である。
「つまり真理の活動はオルフィレウスエンジンごと沈黙したのか……」
「オルフィレウス……エンジン……?」
くねりと首を傾げる椿に、水月はアンデッドについて説明する。
「なるほど……」
水月の言葉を聞いて得心がいったと椿。
「オルフィレウスエンジンで無限再生を繰り返しているのか。でも無駄だったね。僕の《一手必死》の前ではそんなものは有象無象の一つでしかない」
「の、ようだな……」
水月はパチンと指を鳴らして千引之岩を解くと、
「――迦楼羅焔――」
と椿に向けて炎弾を撃った。
その炎弾は超音速で椿に迫り、そして、
「っ!」
水月は絶句した。
撃たれた炎弾は消失した。
椿の髭切の斬撃を受けて。
本来の迦楼羅焔なら刀に着弾したと同時に爆発するはずだったが、まるでそこに何もなかったかのように椿の髭切は迦楼羅焔を雲散霧消させた。
「無駄だよ。僕が殺せるモノは不死だけじゃない。僕は森羅万象のあまねくを殺すことが出来る……」
「迦楼羅焔を……《殺した》ってか」
「そうだよ。例え魔術であっても例外じゃない」
「オンマユラキランデイソワカ……」
水月は思考のリミッターを外す。
そして呪文を唱える。
「――現世に示現せよ。後鬼霊水、秋霖――」
水月を取り巻くように現れた水が無数のウォーターカッターとなって椿を襲う。
しかし、
「残念だけどそれも駄目だね」
ウォーターカッターを切り払った椿によって、後鬼霊水はただの水となり重力に引かれて地面へと落ちる。
次の瞬間、水月はビルの側面を蹴って、蹴って、蹴って、椿の頭上……はるか中空へと身を置いた。
そして、
「――現世に示現せよ。金剛夜叉――」
核兵器に等しいプラズマ火球を生み出して、躊躇いなく真下にいる椿へと撃った。
「わっかんないかなぁ。駄目なんだって。それじゃあ……」
そう呟いて椿は金剛夜叉目掛けて刀を振るう。
金剛夜叉はそれだけで闇に溶けるように消失した。
都市一つを燃やし尽くせるエネルギーが一瞬にして霧散したのだ。
「…………」
しかし水月は動じずに、ビルの側面を蹴って椿から少し離れたところに着地する。
水月は言った。
「聖術か……」
「聖……術……?」
またしてもわからないと首を傾げる椿。
「そ。お前の能力の正体だ。その精度……威力……まず間違いなく聖術だ」
「聖術って何さ?」
「近代魔術においては魔術とは《魔力の入力》と《魔力の演算》を以て魔術を《出力》すると定義されている。対して聖術は《魔力の入力》と《魔力の演算》をアークが行ない……術者は《出力》だけを肩代わりして顕現する。術の精度においては魔術を遥かに凌駕するが、その分聖術は画一的な出力しかされない。しかもアークに触れた一端に関連する事象しか出力できないという縛りがある」
「アーク……というのは……?」
「全知全能……梵我一如……アルスマグナ……カバラ……アーカーシャクローニック……ラプラスの悪魔……ワールドバックアップ……そしてアーク。呼び名は数あれど……即ちこの宇宙の形相を管理する記憶装置にして入力装置にして演算装置のことだ。おそらくお前はアークの『斬殺』の項目に触れたんだろうな」
「故に僕が刀で斬ったモノはそれが何であれ殺せる……と……」
「そうじゃなきゃ説明がつかねえ」
「ふーん。聖術ね……。なるほどね……」
髭切の影打をしげしげと見ながら納得したようにそう呟く椿。
水月はガシガシと頭を掻いた。
「あー……お前のその聖術……なんて名前だったっけ?」
「……一手必死……」
「そう、それだ。一手必死……」
「それが何か?」
「改名を要求する」
「……改名を?」
「ああ、認めてやるよ。燃焼と生命の間に違いなんてねえ。火が消えることも、パソコンが落ちることも、人間が死ぬことも、全ては同じ現象だ。死ぬことは反応が停止することだ。殺すことは反応を停止させることだ。だから改名を要求する。お前の聖術は《強制終了》……そう呼びたい」
「強制……終了……」
「そう。強制終了」
「そう……そうだよね……。酸化反応で燃える炎と酸化反応で生きる人とに違いなんてないよね。あるのはその複雑さの差だけ。ならそれらを例外なく停止させうる僕の聖術は強制終了と言っても差し支えない……!」
「そう。炎も人も……オルフィレウスエンジンの駆動さえも停止させてしまう。故に……強制終了」
「いい名前をありがとう。僕は気に入ったな。そのネーミング……」
「そりゃ重畳」
そう皮肉って、水月は闇夜の虚空に向かって呟いた。
「飛び来やれ……大通連」
水月がそう呟いた次の瞬間、夜の天幕から鞘におさめられた日本刀が水月の手元へと飛んできた。
それを器用にキャッチして、シャランと日本刀……大通連を抜く水月。
「大……通……連……? まさか……真打……?」
「大嶽丸が復活した際の騒動の時にこの刀に気に入られてな。俺がイクスカレッジの神秘博物館に寄贈した。広義にはマンアークインタフェースと定義され貴重なマジックアイテムとして保管されているが……」
大通連を無構えに構えて水月は言葉を続ける。
「御覧の通り、俺が呼べば飛んでくるし俺が命じればどこへなりとも飛んでいく魔剣だ」
次の瞬間、水月は神速を用いて椿との間合いを踏み潰した。
繰り出されたのは刺突。
椿もまた神速を用いてそれを避ける。
剣閃が一筋、二筋、三筋。
月光を反射して闇夜にきらめく。
「なんのつもりさ? 僕を殺そうとするなんて……」
「別に意味はない。ただ真理を殺されたのが癪に障ったり、こんな状況に追いやった自分に腹が立ったり、無能な警官どもが気にくわなかったり……色々だな」
「…………」
「まぁうだうだ言ってもアレだろうから要約しよう」
水月は剣を構える。
「ウザい。死ね」
水月は神速で椿との間合いを踏み潰す。
「振抜」
上段から神速を用いて刀を振り下ろす……京八流の三抜手の一つたる振抜を放つ水月。
それを椿は下から振り上げた髭切で受け止める。
「っ!」
「っ!」
力と速度は拮抗した。
特殊な鍔迫り合いは一瞬で終わる。
水月が引いたせいである。
水月の刀は椿に致命傷を与えねば殺せないが、椿の刀は水月の皮一枚を切ればそれだけで致命傷なのだ。
「――渡辺流――」
魔力の入力の呪文。
「――腕獲り――」
魔力の演算の呪文。
そして椿は刀を振る。
椿の剣閃の延長線上をなぞるように斬撃が飛んだ。
魔術である。
対して、
「――現世に示現せよ。千引之岩――」
水月は魔術障壁を張って飛ぶ斬撃を防いだ。
次の瞬間、水月はビルの側面を蹴って椿の頭上を取る。
水月目掛けて上空に弧を描く髭切。
椿目掛けて直下に刺突される大通連。
髭切は……見えない壁にぶつかってその進攻を阻害された。
「っ?」
困惑しながらも椿は水月の刺突を避けてバックステップで距離を取る。
着地した水月は片手で大通連を握って、腰溜めに剣を構える。




