エピローグ
「えと。外に出られるの?」
「こうやって会うのは初めてかな。触れ合えるのもね」
スッとアールはナマリの頬に手を差し出した。
赤面するナマリ。
それがとても愛おしい。
「一応精製過程は済んだので。マテリアはこういうところが便利だね」
「一緒に居られる?」
「無理臭いです」
アールは残念そうに述べた。
ナマリも残念そうだ。
「なんでも魔法遺産級とか」
「魔法遺産?」
「僕もよく知らないんですけどね」
アナザー・アイ・ビュー。
「別世界の自分で憂き世の自分を俯瞰している……といえば聞こえは良いんですけど、実質監視されている様な物ですね」
「異体俯瞰……」
「ええ。それがなんでも貴重だとか」
異体俯瞰。
鏡の国や夢の国の論拠になる魔眼だ。
事象その物はナマリの呪詛と同じく発生してから逆算でしか辿れない……エネルギーの様な物で、暗黒物質にも似ている。
「それでメジャー本社に移籍することに」
「大丈夫?」
「悪いことはされないと自己申告はされました」
丸きり信用も出来ないが。
アールは外行き。
ナマリはラフな格好だ。
お互い魔法実験の素体であったため、外の世界をよく知らない。
ハツカネズミレベルだ。
「それで挨拶をと」
少し離れて研究者が立っていた。
監視なのだろう。
無論能力には限界がある。
幾ら最適解を弾いても、不可能なことは不可能だ。
――例えばナマリを連れて此処から逃げるとか。
「ナマリはこの研究所に所属したままですね」
「ん」
頷かれる。
彼女は首輪をしていた。
抑制と沈滞の首輪。
名をポルンガくん。
呪詛仕事変換スキームから抽出された第一種永久機関。
漏れ出る呪詛を呪詛のエネルギーで封じるマジックアイテムだ。
無尽蔵に湧き出る呪詛はエネルギー変換効率を考えるとあまりに破格。
そのエネルギー機関を生みだす意味で、ナマリはあまりに貴重なサンプルと言えた。
呪いがそのままエネルギーに直結するなら、消費文明ももう少し保つ。
「普段は何をしているんだい?」
「本を読んだり何だったり」
「同じか」
アールの苦笑。
「さすがにエネルギー系では勝てないね」
「ん」
「コッチもコッチで何だかなぁだけど」
「演算が得意だって云った」
「ソレなりにね」
「私より頭が良い」
「知識欲が旺盛なだけだよ。それに頭が良いという表現は嫌いだ」
「……ごめん」
「別に怒ってないよ。こっちこそ攻撃的な物言いでごめんなさい。とにかく魔眼開発部の本社に移ることになったから。露と落ち露と消えにし我が身かな。浪速のことは夢のまた夢」
「私は…………このまま」
「大丈夫?」
「すごく不安」
怯える様にナマリは青ざめていた。
「ポルンガくんが無いと、私は呪詛に押しつぶされる」
「エネルギー発露の臨界まで行けばね」
呪詛そのものは知らなくても、エネルギーの何たるかは自然科学としてアールは知っていた。
尤も此処では気休め程度にしかならない。
箸にも棒にもかからないのだった。
「いつかポルンガくんが供給できなくなったら」
「……………………」
そこはアールだって何も言えなかった。
「大丈夫だよ」とは言える。
けれどその言葉にどれだけの重みがあるのかは……あまりに疑わしい。
そんな物を彼女が求めているかは甚だ怪しかった。
「ま、互いに気にかけ合いましょ。他に出来る事も無いし」
結局お茶を濁すより他に無く。
「あ……う……」
言葉が出てこない。
それはナマリも同じだった――。
――彼女自身は親しき人間としてアールを求めている。けれど自分の因業に誰より絶望しているのも自分だった。新鮮呪詛を持つ第一種永久機関。アンデッドほどでは無いにしても、文明と魔法の橋渡し。
「ポルンガくん」
外行きの格好をした少年……アールは格好良かった。
それが如何な感情かは知らないナマリであったも。
周りにはスタッフが立っている。
魔法科学……現代魔術の研究者だ。
大人と言うだけでナマリは身をすくませる。
怖いのだ。
否定的な感情を持たれるのが。
だから言えなかった。
彼女は「行かないで」の一言が言えなかった。
それが後にどうなるか。
求めるのも酷だろう。
「えと。いつ出て行くので?」
「さて。どうなるかな。そこら辺のスケジュールは把握してない」
アールはポンポンとナマリの灰色の頭を優しく叩く。
「んむ」
ポーッと熱に浮かされる気持ちになるナマリ。
「ミスターリフレクト」
スタッフの一人が少年を呼んだ。
アールからリフレクトに。
個体名が変わっていた。
「――――――――」
「――――――――」
しばし話し合った後、アールはナマリに微笑んだ。
「約束。覚えてる?」
「いっぱい。いっぱい」
コクコクとナマリも頷く。
瞳には喜色。
きっとソレだけを願っていたから。
――――何時か二人で海を見よう。
他愛の無い戯れの様な言葉。
けれどそに縋ってしかいきられない少女も居て。
弱い心は純情無垢によく似ている。
相似するだけで全てが等しくはなくても。
「きっと。きっとだよ?」
「うん。僕はそこに勇気を見出せる」
それはナマリの感想でもあった。
想いは通じるのに、立場は酷く遠い。
――行かないで。
言えたら良かった。
全てを滅ぼしてでも二人は二人だけになれただろう。
けれど子どもに自由はなく。
何度か卒業しなければ権利も生じず。
だから唇を噛むほどにもどかしい乙女の表現が彼女――ナマリだった。
「何時かは」
「何時かは。もしかして」
「何時かは。そんなことを希望にして」
「アールは死なないで」
「ナマリが生きる程度には」
後刻……それは盛大に裏切られる。
「嘘つき」
――君を失ったことを私はどれだけ後悔したか。
何が最適解だったのか。
それは絶望を知るまで観測不可能な事象であった。
これにてアナザー・アイ・ビュー編は終幕にございます。
所謂、類感感染呪術が現代魔術ではどう扱われるかを書いたつもりです。
本筋のテーマは別なんですけどねー。
読んでくださったらこれ幸い。
楽しんでくださったらさらに幸いです。
お帰りはあちらから。
その前に感想やコメントをくだされば望外の極みにございます。
それでは。




