人を呪わば穴幾つ09
円筒形のガラスの中で、アールは溜め息をついた。
「どうか……したの……」
「魔眼開発部に色々弄くられてね」
両眼は機能していなかった。
包帯が巻いてあり、魔眼が封じられている。
「元々僕が持っていた機能らしい」
「まがん?」
「君の呪詛と同じく神秘の御業だよ。僕もソッチ方面はよく知らないけど」
単純に情報を検閲されていた。
ズキズキと後頭部が痛む。
まるで眼ではない様な痛みだが、しっかりと眼も痛んでいた。
どこか連立する様に後頭部にも痛みが奔る。
「外に出られるの?」
「安定期に入ったからね」
「安定期?」
「僕はホムンクルスだ」
「ホムンクルス……」
「要するに子宮の代わりに円筒形の……」
コンコンと身体を預けているガラスを叩く。
触れているので見えなくても大体分かる。
「このフラスコの中で育つ生命だ。そして赤子に出産がある様に、僕らホムンクルスも一定の時間が経てば、フラスコから出て普通に暮らせる。魔法メジャーの凄いところはそのパワーイメージを本当にするところだね。たしか錬金術関連の話だったと思うけど……なんにせよ子どもが親を選べないのに、親が子どもを選ぶ時代か」
「悲しいの?」
「無力感に打ちのめされてはいる」
――なまじ頭が良いと余計なことを考える。
ガラスにコツンと頭部を当てて、深刻そうにアールは呟いた。
「じゃあ海を見に行ける?」
「どうだろうね。このまま実験台送りな気もするけど」
「一緒に海を見ようよ」
「出来たらいいんだけどね」
果ての無い夢に思えた。
アールには。
「ダメ?」
「とは言わないさ。ちょっと掛かる苦労に残念が」
コツコツとガラスを叩く。
「死んじゃ嫌だよ?」
「一応実験的には生かされるだろうけど」
「死ぬのは怖い」
「生命の根幹だね。なのに生命は生命を殺して生きる。この食物連鎖をどうして進化に組み込んだのか。全ての生命が植物だったら平和だったろうに」
「死んだらその後どうなるんだろう?」
「幾つか事例はあるよ」
「天国とか地獄とか」
「単純にはソコだね」
「輪廻は?」
「人口爆発が否定している様なモノだけど……」
一定数しか現界できないなら、人間はここまで増えていない。
「そもそも魂って観念が生命を冒涜してるんだけど」
「私は……悪い子だから地獄かな?」
「生まれつきの呪詛持ちなら、むしろ責任は親に帰結するんじゃないかな?」
別にナマリも世の中を恨んで生まれてきた訳じゃ無い。
単に能力の一端として新鮮呪詛を纏っただけだ。
その能力を取り扱えない家柄が、魔法メジャーに売り払って彼女が此処に居る。
魔法研究の礎だ。
それはホムンクルスであるアールも同様だった。
「アールは……魔眼を」
「開発されたね。おかげで演算能力を活用できそうだ」
「ビームが出るの?」
「そんな真っ当な魔眼ならまだしも分かりやすいけどね」
威力的な魔法なら使い方も限定できる。
そうでないから問題なのだ。
「僕の魔眼はアナザー・アイ・ビュー。カウンターワールドから異体を俯瞰する魔眼だよ」
「ふえ?」
「…………まぁ、理解しなくても構わないけど」
「アールは凄いってこと?」
「そうなるのかなぁ。あまり実感もわかないし天狗になる気も欠片だってないんだけど。けどこれで移動になるんだから因業は極めて複雑だよね」
「?」
「呪詛の扱いは慣れた?」
「んーと。あんまり」
「やっぱり制御は効かないか」
「知ってるの?」
「一応だね。それなりに情報を貰えば組み立てるのは簡単だから」
「頭が良いって事?」
「空気が読めないって事」
両手を挙げるアールだった。
「さて問題は呪詛抑制の術式なんだけど」
「色々と苦労されてるみたいで」
「殆ど中性子爆弾だしね」
「中性子爆弾……」
例えるにも暴威的な言葉ではあった。
「アールでも無理?」
「情報を貰えればそうでもないけどね。でも向こうもソコは知ってるだろうし」
「向こう?」
「言ってしまえばナマリは僕にとっての安全弁さ」
「安全弁……」
「人質とも言える。ナマリと仲良くなることは、人造生命として有益な財産になると踏んだんだろうね」
「大人の人たちは私とアールをあえて?」
「そうじゃなかったらこんな」
と見えないまま手を広げて振る。
「こんな魔法陣に取り囲まれた円筒ガラスに他者は入れないよ」
「あう……。迷惑……だった……?」
「まさか。むしろ経験になったよ。少なくとも人間を愛おしいと想える程度には」
「いと……」
「僕の肉体年齢は実年齢より先行していてね。マテリアは頭こそ良くても実践経験があまりに不足気味だ。身体があっても栄養が無ければ持続しない様なものさ。情報としての如何が無ければ、正しい演算は有り得ない」
「死なないよね?」
「天国には誘惑されるけど」
「あう……。ソコに戻る……」
「僕が死ぬしか無いって演算するとどんな悲鳴を上げるんだか」
「死ぬしか無い演算?」
「絶対不可避の攻撃。そんなものがあるなら、絶望よりも嘆息が先んじそうだけど……。とはいえ何かと思う物もある由。死にたくないって死ぬ人間もいるのにね」
「アールには……生きて欲しい……」
「海。見られたら良いね」
「うん!」
ナマリは晴れやかに笑った。




