人を呪わば穴幾つ07
「ひさかたの雨は降りしけ思ふ子がやどに今夜は明かして行かむ」
雨が降っていた。
ホテルからソレを眺めるラーラ。
身動きが出来ない意味で、かなり消極的だ。
「ん」
呼気が戻ってきた。
リフレクトのものだ。
目覚めの夜。
すでに月は叢雲に隠れ、花は風に散らされる。
「……………………」
彼特有の赤い瞳が、ラーラと忍とクノッヘンを捉える。
代表でラーラが問うた。
「お目覚め如何?」
「あれ? 僕は……」
「眠っていましたよ」
「そうだっけ」
「雷神の攻撃を受けてショックを起こしましたね」
「死ななかったのですか?」
「今こうしているでしょう」
「それは確かに」
意識が語るなら唯識でも命の証明。
雷鳴が轟いた。
雷神の物ではない。
単純に叢雲の電子移動による物理の事象だ。
「雨ですか」
「百年は記録に無い豪雨だそうで」
ホテルのテレビはミラノを覆う曇天をニュースで取り上げていた。
「それで? 新鮮呪詛の根幹は?」
「一人の日本人です」
「何故ミラノに……は聞きましたね。要するにテロリズムと」
「ええ。そして新鮮呪詛を臨界まで溜めて、解放することが呪詛とテロの目指すところです」
呪詛にも「生きたい」「繁殖したい」という観念がある。
邪魔なら呪うし、栄養も取る。
ただそれが因果に適わないと言うだけで。
「で、呪詛爆発ってのは?」
忍が問うた。
憂いは無いが、何か鋭いものを感じさせる。
「新鮮呪詛の持ち主は……名をナマリ。魔法メジャーが管理している聖術師ですよ」
「聖術……」
少なくとも魔術では絶対では無いにしても、ほぼ不可能だ。
こうまで迂遠に攻撃させるにはシックスセンスが追いつかない。
「じゃあこの豪雨は」
ラーラも悟ったらしい。
曇天の夜を見上げる。
「こういう手段できましたか……」
リフレクトの嘆息。
「カースノヴァ。要するに臨界点まで濃縮した新鮮呪詛が溢れてパンデミックを起こす事象です。あらゆる人間を無差別に呪い、因果として迂遠に虐殺をする悪事象ですね」
「くくく……パンデミックか……。面白い……」
クノッヘンは通常運行だった。
「ていうか僕を引き渡さなかったんですね」
「今更しらんふりもできませんし」
ラーラは真っ当な事を言った。
魔法文明では中々珍しい善良だ。
「このまま雨が続いたら」
「交通が滞り、疫病が流行り、経済がストップしますね」
まさに魔法でありながら、文明を浸食する一大災害だ。
魔法検閲官も働かない。
単なる雨なのだから、そこに魔法の露見は見受けられない。
「新鮮呪詛も成長していますね。このままならミラノは呪詛に沈みます」
「カースノヴァ?」
「ナマリの肉体を殺す必要はありますけど」
「そうなのか?」
忍が問うた。
「意図しない不幸で術者が管理責任を失えば、呪詛はそのまま暴走します。おそらくソレがテロリストの目標でしょうぞ」
「さっさと殺さないのか?」
「先にも述べたとおり、呪詛を臨界点まで溜め込む必要があります。もっとも大攻勢も近いでしょうけどね」
魑魅魍魎が跋扈するミラノだ。
少なくとも呪詛の封印は解かれてると見て間違いない。
そうリフレクトは述べた。
「僕としてはナマリを殺されるわけにもいかず。なんとかしようと思いましたけど出来ませんでした。キリエ・エレイソン」
「ああ、それで」
「偶然の産物か。あるいは不完全予知の弊害か」
「多分後者ね」
ラーラもその程度は把握できる。
「で、この広いミラノから呪詛持ちを探すんだぜ?」
人海戦術でも無ければ無理だ。
あるいは魔法。
「ローマを滅ぼすために新鮮呪詛を濃縮させて、それから術者であるナマリさん? を殺す。呪詛のパンデミックがミラノからローマに波及して滅びれば魔術師としては万々歳……ということで、ソレを止めるためにリフレクトが派遣され、今こうしてプリズンと?」
総じて纏めたラーラの言。
「厄介だなぁ」
忍は吐き捨てた。
単純に斬って終わりじゃ無いので、単純構造の精神には毒なのだろう。
ブレンドブレードを振り回して解決する案件じゃ無いのが、この際の皮肉だ。
「で、クノッヘン氏も助けてくださるので?」
「くくく……我が力が必要か……?」
「それなりに」
「我はエージェントとして任務を全うできれば良いのだがな。しかれども此処でアナザー・アイ・ビューを失うわけにもいかぬ。呪詛が敵対するならば、何かしらの防御は必要だろう。我が骨法は終まで知る必要がある……くくくくく……」
「反量子宇宙……ね」
鏡の国と呼ばれる準拠世界。
その証明者ではある。
あるいは夢の国か。
「さて、とすると」
「なにか?」
「場所を知る必要があるよね」
「結界を張っていないのか」
「どーでしょー」
ラーラは疑問をそのまま吐き出した。
「仮に結界が張ってあるなら気付いても良さそうだけど。あるいはステルスでもしているのか……」
「そこらへんはイタチごっこだな」
結界を張っているのか、いないのか。
張っていないことを証明できないので、逆に混乱するわけだ。
「じゃあ知ってそうな人に聞きます?」
「そうするか」
ラーラと忍は阿吽だった。
「誰です?」
「誰だ?」
リフレクトとクノッヘンは、無論のこと知らないだろう。
ラーラは端末を取り出した。




