死と不死09
次の日の昼。
水月は講義をサボってイクスカレッジの教育棟の屋上にいた。
講義があっていることは知っている。
しかしてまともに受講しようなんて意識は欠片もない。
故にサボタージュだった。
「どうすればいいんだよ……まったく……」
水月が悩んでいるのは昨夜の一幕である。
真理の痴態。
酒の力で積もり積もったモノが浮かび上がったのだろう。
真理様ご乱心といったところだ。
そして今朝。
深い眠りについて起きようとしない真理を放っておいて水月は今イクスカレッジの屋上にいる。
「正味な話……」
どうしろってんだ、と空に呟く水月。
と、そこに、
「…………」
水月の情報端末がスウェアリンジェンの『春の喜びに』を唄いだした。
表示された名前は、
「ラーラか」
ラーラ=ヴェルミチェッリのものだった。
通話を許可する水月。
「もしもし」
「もしもし。先輩今どこです?」
「屋上」
「わかりました」
そして通話は終了した。
水月がポーッと空を眺めていると、
「先輩……っ」
とラーラが屋上に姿を現した。
「おはようございます」
晴れやかな声のラーラに、
「もう昼だがな……」
ひねくれる水月。
「こんにちは」
「ん」
目と目で通じ合い、水月は頷き、ラーラは笑った。
「先輩また講義サボりましたね?」
「いつものことだろ。そう言うお前はどうなんだ?」
「もちろんサボリです」
「あっそ……」
そして水月は屋上の床に寝転んだ。
水月の視界に入るのは広大な空だけ。
そんな水月の顔を覗き込み、
「水月先輩……」
ラーラが問うてくる。
「なんだ?」
「何か悩んでます?」
「どうしてそう思う?」
「そりゃ……私と先輩の仲じゃないですか……」
「そんな不確かな推測なのか」
「不確かって……地味に傷つきますねえ……」
顔をしかめるラーラに、今度は水月が問うた。
「なぁラーラ……」
「なんでしょう?」
「お前、俺のこと好きなんだよな?」
「な、何を突然……?」
狼狽えて頬を赤く染めるラーラは可愛かったが水月はそれを言葉にはしない。
「俺に惚れてんだろ?」
「そうです……けど……」
「俺なんかのどこがいいんだ?」
「飄々としているところ……とか」
「それはまぁ人より濃密な人生を送ってきたからなぁ」
「魔術を使えるところ……とか」
「魔術師だしな」
「実直なところ……とか」
「他人に遠慮するのが嫌いなだけだ」
「あとは……かっこいい……とか」
「俺、かっこいいのか?」
「美男子ですよ?」
「でも俺……あんまり異性に好かれた記憶も実績もないがなぁ……。さくらやお前を除いて……だが……」
「魔術師ってのは強大な力と、それを暴発させかねない不安定な精神とを同時に持った危険人物なんだ……そんな奴と友達になりたいと思うか……って水月先輩が言ったことですよ。まともな思慮を持つ人間なら水月先輩を恐れますって。魔術師とはつまるところ突き詰めれば異端なんですから……」
「そりゃそうだ」
くつくつと笑う水月だった。
次は再びラーラが問うた。
「ねぇ先輩。何を悩んでいるんですか?」
「ん~? 人間関係についてちょっと……」
「先輩の人間関係って私と葛城先生とローレンツ先生と真理と……後は例外的にアンネマリーくらいのものでしょう?」
「見事に異端ばっかり……」
「それで? どうしたんです?」
「うーん。真理とやらかしてな。逃げてきたところ」
「そう言えば真理がいませんね。監視しなくていいんですか?」
「大丈夫。『外には出るな』って書置きしておいたから」
「怠慢ですよ~」
「何とでも言え」
ゴロンと寝転がる水月。
「そうだ。先輩。私、寮部屋の冷蔵庫にケーキあるんですよ。一緒に食べません?」
「魔術の講義はいいのか半人前」
「大丈夫です。トランスセットは自前でやってますから。それよりケーキを一緒に食べましょう」
「女子寮に入るのは気が引けるんだが……」
「大丈夫ですって。水月先輩ならオールフリーです」
「まぁケーキは食いたいから別にいいが……」
「決まりですね。じゃあ今日は私の部屋でまったりするってことで」
ラーラは表情を綻ばせた。




