壱引く壱は零じゃない09
「この世には真理が在る」
とはアールの言葉だった。
「真理?」
「絶対的に正解であるもの。決められた事項。無謬なりし記述。この世の必然の全てなりし。これを指して真理と呼ぶんだよ」
「凄いの?」
「どうだろうね?」
アールも何となくながら胡散臭げではある。
「畢竟、魔術師って奴はこれを求める物。とは言ってもどの様にかは知らないんだけどね」
「真理」
「ナマリと僕が知り合ったのは偶然だと思うかい?」
「意図はしてないよね?」
「であれば認知も出来ない」
「あう……」
ヘコンとナマリは凹んだ。
「君は良い子だね」
「人当たりは良いよね」
御本人自覚らしい。
「とはいえ此処に居るんだけど」
「それも確か」
アールの嘆息。
因業の深さは五十歩百歩。
お互いに状況を知らないとしても。
「ナマリはどうして此処に呼ばれたんだい?」
「なんでだろう?」
「分からない?」
「変な気分にはなる」
「それって病気じゃ……」
「あと夢見が悪い」
「精神の病?」
「どうなんだろ?」
「僕に聞かれても」
裸のアールはガラスの中で両手を挙げた。
「真理に沿えばコレも必然なのかもね」
「天地的に?」
「神の何たるかも分からないのに」
皮肉を言うことくらいしか、彼には出来る事が無い。
「でもでも、真理があるなら決定事項?」
「だから全てが分かる」
「そなの?」
「量子力学的には決定論は忌避すべきなんだけどね」
はは、と笑った。
何が正しいのかは彼にも分からない。
「けれど世界の真理には魔法がかかわってくるらしい」
「大丈夫なの?」
「さてどうだか」
ソコは確かにアールでも分からない。
けれども確かに魔法使いは真理を目指していて。
この世の全ての情報を演算することを良しとしている。
まるでそれは宇宙の真実をなぞる様で、なのに酷く背徳的で。
「宇宙人とかに呆れられそう」
「僕らだって宇宙人さ」
「きゃっかんてきに見ればそーかもね」
うんうんと彼女……ナマリが頷く。
「そこでフェルミのパラドクスも存在するよ?」
「フェルミ」
「ドレイクの方程式とか」
「何ソレ?」
「この世のロマンの集大成。真理よりはコメディに近いけどね」
「?」
彼女は首を傾げた。
彼の方は苦笑しか能わない。
「銀河系に存在する異星文明の中で、こちらにコンタクトをとる存在の推定……とでもいうのかな。要するに宇宙人が存在するのかの演算さ」
「それは真理なの?」
「実際問題としてフェルミのパラドクスは正鵠を射ていると思うよ」
存在の確定性と、接触の困難さの二律背反。
「はやや」
ナマリが驚いた。
「そんなことまで科学者は考えているの?」
「良かれ悪しかれ」
宇宙を語る上で避けて通れない話題ではある。
「この世の狭さを嘆きもするさ」
少なくともアールは天動説で生きている。
地動説を認識しながらも、人は常識の檻から脱すること能わじ。
「広い宇宙でエメラルドの粒の如き小さな地球で何を考えるかって話で」
「宇宙人?」
「仮に元素まで分解してラプラスの悪魔を適応するのも空虚だよね」
「宇宙の演算」
「ほとんど地球の事なんて演算できないと思うんだ」
「ラプラスの悪魔でも?」
「もっと広い世界に現象は存在する」
「だからソレを」
「真理と呼ぶ」
「だね」
アールが苦笑いし、ナマリが頷いた。
「でも魔法使いは演算する」
「それも確かだ」
「だからわからない。結局海の広さも。空の広さと同等じゃないなんて」
「人間の身で宇宙に想いを寄せるのも分不相応だよねぇ」
「よくわかる」
わかられちゃったらしい。
「結局のところ、真理があって世界が分かって」
「けれど人の営みは小さすぎる?」
「そゆことだね」
ガラスに身体を預けて、アールは述べた。
「宇宙の広さの前では真理も小っちゃいのかな?」
「相対性の問題かな」
少なくとも思考のスケールはいつも天体単位だ。
宇宙全てを眺めてはいない。
というより「目を逸らしている」が表現として正しいだろう。
「宇宙人は居ないのが真理?」
「接触出来ないだけなんだけどね」
フェルミのパラドクスによれば。




