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現代における魔法の定義  作者: 揚羽常時
アナザー・アイ・ビュー
523/545

壱引く壱は零じゃない05


「ちっ、浅いぜ」


 吐き捨てる忍。


 瞬間的に離れて、姿勢を整える。


 離れた距離はまた七間。


 この間合いの取り方はブレンドブレードに特化するが故だ。


 だいたい威力使徒を中心に円周率で計算して九十度の角度に忍は立っていた。


 広場だから出来るのであって、街路でならまた別だろう。


 むしろ空間的に動けない分だけ使徒は救われている。


 その幸福を自覚はしていない様だが。


 仮に建物の密集した空間であれば瞬く間に空間を制圧し、踏みつぶして、蜘蛛の如き位置取りを忍は可能とする。


「この糞虫が!」


 信仰に於ける慈愛の精神は何処へ行ったのか?


 猛り狂う使徒の言動に、ラーラは訝しむ。


「喝!」


 仮想聖釘が投げられる。


 弾速。


 こっちもこっちで人外だ。


 だがそれを見てから忍は避けた。


 一応魔力は使い切っているので聖釘も物理以上の効果は見込めないが、怪我もつまらないということだろう。


「貴様らの様なクソ外道どもに白昼を謳歌させるとはな!」


「ゲスの精神が透けて見えるな」


 せせら笑う様に忍は挑発した。


 というかせせら笑った。


「死ね! 死ね!」


 忍のみならずラーラに向けても聖釘を投げる。


 全て躱されるか弾かれるか……その程度の違いでしか無いにしても。


「殺しちゃダメよ?」


「報復はいっちょん怖くないんだが」


「こんなことで業を背負わなくても良いでしょ」


「閻魔様は自己防衛なら流してくれそうだがなぁ」


「泰山父君……ね」


「くそ異教徒ども。主の意向に平伏せ」


 今度は使徒が忍に間合いを詰めた。


 手に持ったのは十字架が柄と鍔になっているナイフ。


 刃物の長さは一メール在るか無いかだ。


 こちらも一種のマジックアイテムだがあくまで聖釘と同じだ。


 単純に魔力に反射するアクチュエータ。


「蔵物は取り出さんのか?」


 挑発ではない。


 嫌味でもない。


 単純に結果論で云うならば、二つとも成立していたが。


「舐めるな!」


 蔵物。


 一般に『奇跡倉庫』と呼ばれる準拠世界にリンクして聖書にまつわるホーリーレリックを取り扱う手段もあるにはある。


 そこに込められた威力はあまりに破格で、ドラゴンすら避けて通ると言われるほどの超常性を獲得している。


 もちろんイクスカレッジの生徒程度に易々抜けるわけはないが、単純な戦力差で言えば、抜かねば威力使徒に勝ち目は無かった。


 むしろ抜いて漸くスタートラインだ。


 単純な武装であれば、おそらくブレンドブレードには抗えない。


 本当に聖遺物級のインタフェースが必要になるのだが、そこまでソロバン弾くのを期待するのは無謀という物だ。


 その点を忍は理解していた。


 襲い来るナイフ。


 左手を差し出す。


 まるで「刺してください」と言わんばかりに。


 使徒は容赦を知らなかった。


 左手を貫こうと差し出す。


 瞬間、蛇の様に左手が唸った。


 正確には忍の全身が。


 足から始まった膂力の伝達が丹田、心臓、肩、動脈を通って、左手に過不足無く伝わる。


 強すぎずも弱すぎずも無く適量のニュートンが発露し、ナイフを奪い去る。


「な――」


 使徒の驚愕には付き合わない。


 右手首がしなると、使徒の胸ぐらを掴み、回転させる。


 三半規管が一瞬で乱れる。


 その酔いを考慮せず、忍は投げ飛ばした。


 血風が奔る。


 血の香りが忍の鼻孔をくすぐる。


 ラーラには届いていない。


 少し距離があった。


「ふむ」


 血に濡れたナイフをピッと振って、ペチャッと使い余ったインクの様に飛沫を撥ね飛ばす。


 広場の一部が血に濡れた。


 その血の元出は苦痛に呻いていた。


「――――――――ッ!」


 地獄の怨嗟もかくやで、切り取られたアキレス腱を押さえている。


 そこを忍がナイフで切ったのだ。


「ちゃっかりしてるなぁ」


 呆れ果てた口調だが、確かにと納得もする。


 地面と足を切り離されれば、単純な威力しか持たない使徒には致命的だろう。


 その事を忍は概ね知っていた。


 水月やさくらの様に飛得物タイプの魔術を持っているならまた話は違うが、使徒の場合はここに加味されない。


「いいんだがな」


 十字架を捨てて、使徒に歩み寄る。


「――――――――」


 苦悶に呻く彼。


「おら、こっちを意識しろ」


 サッカーボールキックを見舞って、さらに悶絶を加速。


 肋骨を容易く折った。


 肺や心臓には刺さらない様にヒビ割る程度だ。


 その気になれば空中で蹴っても空圧だけでボールをパンクさせる忍の蹴りだ。


 人体に施せば上半身が噴血するぐらいはやってのける。


「もういいぞラーラ」


 ラーラを見もせずに彼女は述べる。


 障壁魔術であるアトモスフィアジェイルを解いて、ラーラは歩み寄る。


「おでのからだはぼどぼどだレベルだな」


 何って使徒の怪我の具合だ。


 肋骨にヒビが入り、アキレス腱断絶。


 立つことどころか呼吸さえままならないだろう。


 痛みと衝撃の度合いが鑑みられる。


「過剰防衛では?」


「殺す気満々の相手を無力化したんだ。ノーベル平和賞だろ」


 もっと単純に手加減が出来る相手ということだ。


 たしかに礼装を着た威力使徒に魔術は通じない。


 しかし体術は通じる。


 純粋な性能だけで比べっこをすれば鬼相手に素手でも挑める布都の御曹司は、魔法ではない奇蹟の体現者だ。


 単純な膂力でなら使徒以上の物。


 金剛の身体を持ち、フィジカルで勝負にならない硬度。


 なお練られた鬼の御業は力推しの使徒と違って体さばきに術理が乗る。


 普通にそんな相手と戦っていれば自然と身につく性能だ。


 魔術師相手にジャンケンの相性だけであぐらをかいている欧州ではあまり考えられない体験でもある。


「で、何で俺らを狙う?」


 苦悶する使徒に尋ねる……というより愚痴をこぼす忍。


「救急車呼ばなくて良いのかな?」


 ラーラの方はあたふた。


 普通に善良な彼女。


 戦闘技術の意味にて、この場で三馬身ほど離されている身だ。


 威力使徒がウサギで、ラーラが亀なら、忍はアキレウスだろう。


 越えられない壁をさらに越えた先に忍は立っていた。


「結界を解け」


 ツンツンと蹴りつけながら脅迫する。


「が……ぐ……がっ……」


 反転。


 宵闇の中……夜空が東から昇る最中に放り出される三人。


 人の意識の間隙を突いて具現される。


 どよめきとざわめき。


 倒れ伏した教義体現者と日本人とイタリア美人。


 三人が衆人環視に捉えられると、そのまま動揺が千里を伝播する。


 警察と病院が即時展開された。


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