死と不死07
そして訓練を終えた後、水月と真理は宿舎に戻り、真理の手料理を食べて、それからまったりとしていた。
既に日は沈み、イクスカレッジは夜の様相をあらわにしている。
「それにしても凄かったですね……水月は……」
ほう、と感嘆の吐息をついて真理がそう言う。
「二十人の警察を相手にして圧倒するとは……」
「まぁあれくらいなら余裕だな」
水出し紅茶を飲みながら平坦に水月は言う。
「魔術も武術も達者とは素晴らしいです」
「無駄な技能でもあるがな」
「無駄……でしょうか?」
「そもそも武術はともかく魔術を攻撃手段にすることに対して俺は否定的なんだ」
「え? でも……水月は魔術戦闘のエキスパートだと聞いていますが……」
「まぁな」
水月は否定しない。
「実際俺の魔術はほとんど殺傷系だよ」
「ならば何故魔術の攻性に否定的なんですか?」
「だってせっかくの魔術だぜ? それこそ花束を生み出したり花火を撃ったりするような平和的な手段に用いた方が夢があると思うわけだ」
「なら何ゆえ殺傷魔術を……?」
「御家の都合」
「魔術旧家……ですか」
「そ」
また水月は紅茶を一口。
「生まれた時から攻性的に育てられたんだ。まぁおかげでイクスカレッジに重宝してもらっているから恨む筋合いはないがな」
「私も攻性魔術を覚えたいのですけど……」
「まぁ止めはしないが……魔術イコール攻撃手段なんてイメージは持ってくれるな。魔法はあくまで超熱力学第一法則。魔術はその私式的手段にすぎない。それを忘れれば力に取り込まれるぞ」
「……肝に銘じておきます」
「ん」
紅茶を飲みながら頷いて見せる水月。
と、そこで、ピンポーンと水月と真理の宿舎のインターフォンが鳴った。
「客か?」
そう疑問を浮かべる水月に、
「私が応対します」
と言って真理が立ち上がった。
「切り裂きジャックの可能性も考慮して応待しろよ」
そんな水月の忠告に、
「そうですね。気をつけます」
そう返して真理は玄関へと歩み去る。
一分後。
真理は片手で抱えられるほどの長方形の箱を持って居間へと戻ってきた。
「宅配便でした。水月宛ですよ」
「誰からだ?」
「日本の……浅間赫夜様ですって……」
「っ!」
水月は瞳孔を開いた。
「マジか!」
「マジです……けど……それが何か?」
「何かも何もねえよ……! 俺が待っていたものだ……!」
「何が入っているかわかるんですか?」
「見るか? ちょっとお目にかかれない代物だぜ?」
「貴重なものなら見るにやぶさかではないのですけど……」
そんな真理の手から荷物を奪い取って封を開ける水月。
中に入っていたのは……、
「酒……ですか?」
「酒だ」
酒だった。
一升瓶。
「酒を注文したんですか?」
「そゆこと。超レアだぞ。見て損はないね」
「それほど希少な酒なのですか?」
「ああ、年間十本未満しか作られない希少な酒だ。一本一億する」
「一……億……?」
そう呟いた後、真理は金額の大きさに絶句する。
「それは……その……すごい……お酒ですね……」
狼狽えながらそう言う真理と、
「いやぁ久しぶりにいい買い物をしたと俺は思うね」
快活に笑う水月。
「何の酒なんです? 年間十本未満ってロマネコンティより希少じゃないですか……」
「浅間一族って知ってるか?」
「知りませんけど……察するに魔術旧家ですね?」
「正解。浅間一族は富士山から通ずる異空間に潜む魔術旧家だ」
「富士山に……」
「そ。富士山が日本最大の霊山ってことは知ってるか?」
「そうなんですか?」
「富士山は刹那を表す《花》と永遠を表す《月》のシンボルが交わる神域なんだよ」
「花……月……」
「日本で一番月に近い場所が富士山の頂上だ。さらに竹取物語に置いて不死の霊薬を燃やし月へ還元したのも富士山の頂上だ。故に不死山……転じて富士山。つまり富士山ってのは月の象徴を持つ霊山ということになる」
「はあ……。不死……月……ですか……」
「さらには富士山にある浅間本宮の本尊がコノハナノサクヤビメだ。コノハナノサクヤビメは繁栄と衰退の花の儚さ……刹那の美を表す神だ。故に富士山は花の象徴を持つ霊山ということになる」
「はあ……。刹那……花……ですか……」
「昔から言うだろ? 月に叢、花に風。雪月花。花鳥風月。月見で一杯、花見で一杯。かくも日本人は月と花に魅入られる」
「そういえばそうですね……」
「で、そんな浅間一族の本尊であるコノハナノサクヤビメが酒造りの名人でな。よって浅間一族もまた酒造りが達者だ。浅間一族の造る酒は《月花酒》と呼ばれ、クシナダヒメを祭る須我一族の《やしおりの酒》と並び称される日本の神酒なんだ。修験道の開祖にして役一族の長である小角のじじいが修行のたびに富士山に登るから役一族と浅間一族は浅からぬ交流がある。ついでにときおり役一族の元にも月花酒が転がってくるって寸法」
「それで水月の元にその月花酒が……」
「そゆこと」
コックリと頷く水月だった。
「じゃあ飲むか」
そう言って月花酒の封を開けると、水月はコップになみなみと注ぐ。
「あの……水月は未成年じゃ……」
「気にすんなって……」
ケラケラと笑ってクイとコップを傾ける水月。
それから、
「風情が足りんな。足すか……」
そう言うと、
「――現世に示現せよ――」
魔力を入力し、
「――木花開耶――」
魔力を演算する。
そして出力。
宿舎の中は桜吹雪が舞い散った。
「うむ。コノハナノサクヤビメの酒に木花開耶の桜吹雪。文句なく極上だ」
「美味しいですか?」
「うむ。香り高いしフルーティだし、舌を楽しませ呑み心地も極上。さすがは月花酒といったところか……」
水月はコップを傾ける。
「真理も呑むか?」
「お酒は……ちょっと……」
「そうか。美味いのになぁ……」
水月はコップを傾ける。
「では私は先にお風呂に入ってきますね……」
言って立ち上がる真理に、
「ん」
酒を手酌で注ぎながら水月は頷く。
「では……」
と着替えとタオルを持って風呂場に向かう真理を見送りながら、
「甘露甘露」
と月花酒を堪能する水月だった。




