ミラノマジーアコレクション03
「ラプラスの悪魔?」
ナマリは尋ねた。
「何ソレ?」
とも。
「要するに世界を演算する超常存在だよ」
アールは何時もの様に酷く理性的に話す。
「この世の全ての原子の質量と運動を知れば、過去から未来までもを演算できる。ソレに則った不可思議を悪魔に見立ててラプラスの悪魔」
「未来って知れるの?」
「魔法の世界ではね」
クスリと笑う。
ソレが酷く痛ましい。
「でも小っちゃな原子を全てなんて」
「ま、そうだよね」
実際に不確定性原理で否定もされている。
現物理学的には。
「僕は断片ながらソレに近い演算が出来る」
「ラプラスの悪魔」
「一種の予知だね。とは言っても因子が無ければ発動しないんだけど」
「凄い?」
「頭が悪いって意味でなら。レインマンみたいなものかな?」
それをナマリは知らなかった。
「この世界は演算できる。少なくとも魔法使いはそう思っている。自然現象は既に非線形で再現も叶ってるしね」
「ひせんけい?」
「線形的でない方程式の象徴。まぁソレは良いんだ。とにかく僕はちょっとした予知が使える」
「私の未来は?」
「虫食い問題みたいだ。今は分からない」
変数が無ければ方程式は存在し得ない。
「アールと一緒に居たい」
「そっか。嬉しい」
「嬉しいの?」
「心が温まる」
「ふやや」
ナマリは赤面した。
気恥ずかしい乙女心。
「でも僕は此処で生まれて此処で死ぬ」
「ソレは未来を読んだから?」
「そうとも言えるし、そうとも言えない」
「どっち?」
「さてどうなるやら。確率の世界の話になるしね」
「かくりつ……」
ぼんやり。
そんなナマリにアールは苦笑した。
「世界全てを計算で解き明かしたい。ソレが数学の究極だから」
「出来るの?」
「その実験のために僕はいる」
それもまた笑えないジョークだった。
「頭が良いんだね」
「先述したけど悪いよ。使い方を盛大に間違っている」
キョトンとするナマリが可愛かった。
少なくともアールにとっては。
「この世に運命が在るなら、それは何を基準にしているのだろうね?」
「数学じゃ無いの?」
「そうかも知れないけど、要するに人の意思と尊厳を侮辱するともとれる」
「なんで?」
「決定事項が精神にまで及ぶなら、つまり僕と君との出会いや会話すらもある意味で消化事項になるからさ」
「しょーかじこー……」
ナマリの方は良く分かってなさげ。
「気にしなくて良いよ」
程よくアールは笑った。
「けれど僕と君とはもう一度巡り会う。そう確信して止まない」
「私のこと嫌いじゃない?」
「だったら追い返しているよ」
苦笑を浮かべるのは幼い外見からは想像も付かない。
けれど知性の面で確かにアールは飛び抜けた資質を持っている。
それが故に実験的に造られたのだから。
「仮に僕がラプラスの悪魔なら、ここで一つ言える」
「何かな?」
「きっと君は、またこのフラスコに来るよ」
「そうだね」
ナマリも頷いた。
純然たる善意で。
フラスコ。
円柱状のガラスの中でしか生きられない生命体。
錬金術の一種到達点。
「きっと仲良くなれるんじゃ無いかな?」
「仲良くしたい」
「ナマリもそう思う?」
「アールもそう思う?」
「思うよ」
「私も」
どちらもがどちらもを求めていた。
けれどフラスコ……ガラスの壁が隔てている。
それが酷くもどかしい。
「君は優しいね」
「残酷って罵られたよ?」
「君の魔術特性は知ってるけど。それにしては純粋だ」
「そっかな?」
御本人自覚無し。
「ラプラスの悪魔はそんな君さえ使い潰すんだね」
「でも危険だから」
「そんなもの何処の誰だって持ってるよ」
「私が特別じゃ無い?」
ナマリは首を傾げた。
「いや」
とラプラスの悪魔は答える。
「それは危険性に比類ないけど、要するに極端かどうかってこと。顕著に能力が現われる分だけ、魔術は業が深いんだよ」
「魔術……」
「そうとも。君は何時か終わりを迎える。ソレがせめて僕より先でないことを祈ろうじゃないか」
「祈ってくれるの?」
「ラプラスの悪魔にね」
アールはそう言って苦笑した。




