ミラノマジーアコレクション01
「くあ」
ラーラは朝に起きた。
「おはよう。真理」
「はい。おはようございます。ラーラ。朝食は取りますか?」
「じゃあ貰う。先輩は?」
「寝てますよ」
忍も寝ている。
色々あって魔術師としての才覚を伸ばし、宿舎を貰ったラーラであった。
そこで水月と真理の住む宿舎と繋げて一軒家にしてしまった。
家事全般は真理の仕事で、時折ラーラも手伝う。
今日の朝食はハニーオムレツだった。
「見事な出来だね」
トーストを囓りながら褒めそやす。
「慣れていますので」
「正妻の貫禄たっぷり」
「そんなつもりもありませんけど」
赤面くらいはするらしい。同じ人間に恋したヒロインだ。気持ちは分かる。
身支度を調えて、いざ登校。
とは言っても研究室の所属なので、ぶっちゃけ普通はヒマだ。
水月となら確かにサボっても良いけど、そうでない限りは研究室が性に合っている。パソコンを弄り回しても怒られないのも一種あった。
「真理は行かないの?」
「水月の監視が無いと外にも出られませんし」
「あー。アンデッドでしたね」
「忘れられても困るのですけど」
「いや悪さしないし。もう普通に無害で良いんじゃない?」
「一応……シンメトリカルツイントライアングルの意向で」
「逆らいがたい……か」
「水月も苦労されていますし」
「余計な徳が押し寄せるよね」
今は寝室にこもっている。
「じゃ、先行くね。講義もあるし」
教養についてはその限りではなかった。
一応単位は出るが、何をとっかかりに魔術が開眼するかも分からない。哲学や宗教学は、その最たるモノだ。
「では。いってきます」
「いってらっしゃいませ」
微笑む真理を玄関扉で隔離する。
外は秋の空気。
比熱が高いので季節感は薄いが、確かに気温は少しずつ下がっている。
そんな中、ラーラはイクスカレッジを歩いていた。
――エキストラリベラルアーツカレッジ。
略称でイクスカレッジだ。
北大西洋の中央に位置するメガフロート。
ソレ全てが学園都市となっており、魔法を研究している。
第八リベラルアーツ。
即ち魔術だ。
水月曰く、
「隔離施設にして核実験場」
とのニュアンスであるも、間違ってはいない。
実際に都市を破滅させうる魔術師は存在する。
威力やインフラを問わなければ数えられる程度にはいるだろう。
水月もその一人だった。そしてそんな中でもラーラはコンスタン研究室に所属し、魔術師として立脚していた。
まずもって魔術師でなければコンスタン研究室には所属できないのだが。
メガフロートの中央少し東寄りにある学院に通っている。最近はデスクワークも少なく、秋の風を感じながらケーキを食べるのが趣味だった。
ダアト図書館近くの甘味処。ロマンスのケーキは季節によって変わり、けれども必ず美味しいと評判だ。
「後で一緒に行きませんか? ……と」
SNSで水月にメッセを送る。
既読は付かなかった。
寝ているのだろう。
「いいんだけどね」
起きたときにでも気付けば良い。
そんな感じで一人研究室に向かうラーラ。
ラーラ=ヴェルミチェッリ。
茶髪茶目のイタリア系美少女で、ゆるふわのパーマが掛かっている。天然だ。
容姿は人目を惹き、なお魔術師として才覚を伸ばしてもいる。
そんなわけで此処では魔術師なんて巫山戯た概念、至極真っ当に機能しているのであった。
「ミラノマジーアコレクション?」
メガフロート……イクスカレッジはコンスタン研究室でのこと。
「何です? これ?」
「ミラノコレクションです」
マジーアは付きますが、とコンスタン教授は一言添えた。
ミラノコレクション。
ファッションの世界では無視できかねるイベントだ。
特にファッションブランドにとって。
書類はその案内だった。
「見に行けと?」
「そう相成りますね」
サラリと教授も述べる。
「ミラノまで出張しろと?」
「ええ」
またもやサラリと。
「何ゆえ私に白羽の矢が?」
「ちょっとした研修ですよ」
「ミラノコレクションが?」
「ミラノマジーアコレクションですね」
「魔法関連で?」
「ええ。裏の文化です」
魔法検閲官という仮説がある。
魔法は文明の表側に出てこない……という仮説だ。
であれば確かに魔法関連のイベントは表沙汰には出来ない。
「オークションもしています。そっちのファイルが競売品目録ですね」
コンスタ教授がカタログを指し示した。
ラーラは少しだけ目を通す。
胃液の酸性が高まった気がした。
元より魔法の世界に道徳は無い。
背徳の泥濘に浸かっているのはイクスカレッジも一緒だ。
ただその魔術師にしても、カタログの趣味の悪さには辟易できた。
「コレに趣けと?」
「ちょっとした研修ですよ。いつもなら私が出向くのですけど、今はリラグナロック事件で手が空いておりません」
「先輩は?」
「当事者でしょう。リッパー……渡辺椿には逃げられたので、事情聴取のもっぱらは役先生にやって貰わねばなりません。必然、只野先生も芋づる式で」
「忍は?」
「協力させたいのなら其方で説得してください」
「オーケー。分かりました」
ファイルを掴んだままハンズアップ。
ヘニャリと陸地に上がった海藻の如く、書類は重力に負けて折れる。
「コレクションに参加すれば良いんですね?」
「どちらかならブラックオークションですね。これを」
とは教授が紙を差し出した。
小切手だ。
「うわお」
さすがにラーラも引く。
「ドルで千億までなら許容できます」
サラリと述べる。
大金を運ばせるわけにはいかないのもわかる。
だが託された小切手は破格だった。
「予算の都合は付くんですか?」
「それなりに」
不安を覚える。
「お目当ての品は」
「仙丹です」
「東洋のエリクシール……」
魔術史にはラーラも精通している。
というか研究室の看板だ。
「出品されるので?」
「カタログに載っているくらいです。まず間違いないかと」
「仙丹……ですか……」
「赤色のティンクトゥラとも呼ばれますね」
残念ながら写真は無かった。
仙丹。
仙術で作られる霊薬で、飲んだ人間を不老不死にするという。
どこまでが事実なのかは分からないにしても、魔法文明では不死も大概耳には入る。
神秘とは文明では実現し得ないからこそ理想に果てるのだから。
「その仙丹を競り落として私に届ける。これをヴェルミチェッリ先生に課します」
「今更不老不死になりたいので?」
「いえ。別に。単なる占いの善し悪しですね」
教授はタロットカードをパワーイメージに持っていた。
卜占。
魔法業界では一種の予知能力として具現されている。
「貴方のシックスセンスもまだ伸びる余地があります」
シックスセンス。
第六感とも訳されるが、近代魔術では別の言葉だ。
『病気』と『知覚』を繋げて『病的知覚』と呼ぶ。
言ってしまえば安定したトランス状態を指す言葉で、認識に於ける小宇宙を大宇宙に適応させるための下地とも呼べる技術。
「特に今年の春頃からのヴェルミチェッリ先生のシックスセンスは安定して成長しています。今後が楽しみです」
「然程の物でも無いのですけど……」
御本人自覚無しで、茶色い頭をガシガシと掻いた。
「アトモスフィアジェイルは画期的でしたよ。そのまま伸びていって欲しいですね」
「先輩の千引之岩が再現出来ない代用品ですけど」
「何事も使いようですよ。この世に完璧な物などありませんから、自分のカードで戦えるのは強みの一種と申せましょう」
「……はあ……」
ぼんやりと恐縮する。
「そんなわけでコレクションの件をよろしく御願いします」
――さてどうしたものか?
思案にも色々ある。




