第二エピローグ32
こと此処に至って水月に敵対する勢力も現われなかった。
コレは何も水月の人徳や罪業に依るモノでは無い。
魔導師ナツァカが提唱した仮説存在。
名をアースセーフティ。
一種の安全装置が、
「魔王の横柄を許すはずがない」
という楽観論による物だ。
「自分たちが何もしなくとも今まで同様に此度も魔王は志半ばで倒れる」
過去の事実が未来の再現を約束するわけでは無いが、魔王となろうとした悉くの魔術師は無念の内に文明から排除されていった。
であれば今回も、
「最悪の状況にはならない」
と民衆が思うのもしょうがない。
そもそもそうでもなければ一人の魔術師によって地球が粉砕されて人類史は今まで存続できてはいない。
人の命や文明の尊さをまるで理解しない破滅主義者が魔術師となった例は幾らでもある。
中には、
「生きることが苦しみなのだから人類の鏖殺は神の御許への案内だ」
と虐殺と正義の同一視を起こした魔術師までいる始末。
例外を除いて実際に魔王と歴史に名を残した人物は希だ。
第五魔王ヘレイド=メドウスはその一人。
で、意識的には数千年ぶり。
時間的には三ヶ月ぶり。
水月は宿舎の玄関を開けた。
「お帰りです先輩!」
「お帰りなさいませ水月様」
ラーラとプライムが裸エプロンで帰宅の祝福をした。
「…………」
中に入ることなく水月は玄関の扉を閉めた。
それから真理とアンネと赫夜に、
「寿司でも食いに行くか」
現実逃避を提案する。
「「何でですか!」」
「裸エプロンで外に出てくるな!」
中略。
宿舎のダイニング。
水月、ラーラ、真理、アンネ、赫夜、プライム……異常に狭かった。
もともと二人暮らしを前提としたところにこの人数であるから、使い道を誤っているのも共通認識ではあるが。
とりあえず良い時間であるため御飯となった。
たらこパスタ。
なおバター醤油風味。
さすがに全員でテーブルは囲めなかったためラーラと忍のダイニングに半数が移った。
水月の宿舎には水月とラーラと真理。
要するにコンスタン研究室の生徒だ。
「どうでしょう?」
とはラーラの言。
頭の悪い裸エプロンは既に変えており、今は春らしいカジュアルな服装だ。
「そういえば去年もたらこパスタだったな」
「あー……」
ぼんやりと思い出すラーラに、
「いつ?」
真理が首を傾げる。
「お前が一億の酒を一晩で飲み干した次の日」
「あう……」
赤面する真理だった。
「そういえば忍は?」
「安静にしてる」
「え? 怪我してるの?」
「犯人」
と真理を指差す水月。
その通りではある。
それから、
「ご馳走様」
と合掌。
食後に玉露が出された。
真理が洗い物をしているキッチンに隣接するダイニングで食後の茶を飲みながら水月は半眼で同じく茶を飲んでいるラーラを睨んだ。
「逃げろっつったろ」
「死にたくないならと云う条件付きですが?」
「死にたいのか?」
「特別自滅願望はありませんが」
ズズと玉露を飲む。
「生きたくないのか?」
「どっちにしろ魔王によって世界が滅びるんでしょう? なら早いか遅いかの違いでしょう」
「お前が逃げれば世界はそのままだぞ?」
「何で先輩に惚れてる私が先輩から逃げなきゃならないんです?」
いっそさっぱりとした口調だった。
「先輩が私を求めたんですよ? 乙女としてはこれ以上がありますか?」
「その延長線上で殺されてもか?」
「想い人の影にビクビク震えて逃げ隠れるよりは有意義だと思いますけど……」
すまし顔で茶を飲む。
「いい女だなお前……」
「今頃気づいても遅いです」
「だぁな」
苦笑。
水月の思想を全て汲んで、なお命を差し出す。
水月の理解の外だが、恋する乙女は計算や勘定では動かないときもあるのだ。
水月に背を向けるより水月に殺される方を選ぶ。
その結果が何を起こすか知って尚ラーラは言ってのけるのだ。
「欲するところを為してください」
と。
魔術師とは思考の壊れた人間の総称だが、ことラーラは随一とも言えた。
デストルドーともまた違う。
おそらく覚悟ですらないだろう。
「恋は盲目」
言ってしまえば四文字の訓令だが、ただそれだけのことに命を賭ける。
究極の恋愛がここにも一つ。




