死と不死06
そしてパチンと指を鳴らす。
同時に木花開耶……花びらで空間を制圧する魔術はかき消えた。
全てが明瞭になった多目的ホールで水月は日本刀の背にて肩を叩きながら言った。
「全員制圧したがこれでいいのかケイオス?」
「むう……」
とケイオスは呻った。
「で……どうだった役君? 正直な感想を聞かせてくれ」
「問題外だな……」
バッサリと水月。
「スリーマンセルでこれなら夜ごと三人の警察の死体が順次積み上がるだけだな」
「切り裂きジャックと役君とを比べても……か?」
「多分剣での勝負なら俺よりアイツの方が得手だと思うぞ? 俺ですら制圧できなくてアイツを制圧するのは夢物語だぁな」
「そう言えば役君は切り裂きジャックに会っているんだったな」
「ああ」
「日本刀使いと貴様に聞いていたが……それほどの手練れか」
「ああ、それほどの手練れだ」
「ふうむ……」
呻くケイオス。
組んだ腕から大きな胸が零れ落ちる。
「挑めば挑むだけ被害者は増える……と……」
「ま、そういうことだな」
水月は一切の遠慮をしない。
「ならば……だ」
ケイオスは水月に言う。
「貴様なら抑止力足りえるんじゃないか?」
「まぁ俺くらいなら……そうだろうな」
淡々と事実を述べる。
「なら話は早い。役君……ストパンに入隊しろ」
「だが断る」
「もし役君の言うとおりならば此度の切り裂きジャックは役君以外に相手にできる人間がいないだろう?」
「ストパンにも優秀な魔術師はいるだろう……? 遠距離から魔術で狙い撃ちすればいいだろうが……」
「その目標が視界に入らず……なおかつ視界に入った瞬間に殺されるんだからどうしようもないだろう?」
「そりゃそうかもしれんが別に俺じゃなくとも……《炎術師》とか……《氷の女王》とか……規格外は他にもいるだろうが」
「しかして相手は闇夜にて心眼を使い神速でもって人を襲う怪物だ。炎術師も氷の女王も能力は規格外であっても戦いに慣れているとは言い難い。目標を認識した瞬間に殺されればそれで終わりだ」
「そりゃそうかもしれんが」
「だからだ……」
ケイオスは言う。
「役君、ストパンに来い」
「だから嫌だって」
「貴様は切り裂きジャックの悪事を見過ごすというのか!」
「別に一日一人の計算で殺されてるだけだろ? 一年でも三百六十五人だ。十年で三千五百人……。百年で三万五千人……。別にそれくらいの損失なら割に合わない計算じゃないと思うがな……。イクスカレッジに関わってるのは百万人前後だろ。むしろ余裕をもって対処できる案件じゃないか?」
「三万人を見殺しにしろと言うのか貴様は!」
「俺には関係ない人間だしな」
ケラケラと笑う。
「失望したぞ役君」
「しかしな……」
困ったように眉を寄せる水月。
「俺は殺される心配はないし……真理は不死身だし……ラーラは……まぁ殺されたら香典くらい出すし……何の問題が?」
「問題だらけじゃないですかぁ!」
とラーラが叫んだ。
「なんで私だけ死ぬことになってるんですーっ!」
「じゃあ聞くが俺と同等の剣技を持つ奴に襲われてお前対処できるか?」
「できません……けど……」
「だろ? なら死ぬしかないだろ」
「守ってくださいよぅ」
「俺の目が届く範囲にいる内はな」
「じゃあ私も先輩の宿舎に住みます!」
「駄目」
「なんで!」
「既にいっぱいいっぱいだ」
「じゃあ私はどうすれば……!」
「切り裂きジャックは夜にしか活動しない。夜間は寮に引き籠ってろ。それなら問題ないだろうが」
「うー、それはそうかもしれませんけど……」
「な? 夜間外出は控えるよう警察も言ってるんだろう? ケイオス……」
「無論だ。あまり徹底されてはいないがな」
「夜間にさえ気をつけていれば避けられるリスクだ……。別に俺が護衛する程度のモノじゃないだろ……」
「うー、それはそうかもしれませんけど……」
しぶしぶとラーラ。
「じゃ、そういうことで。真理……帰るか……」
「待て役君。訓練はまだ終わっていないぞ」
ケイオスが水月の襟を引っ張った。
「まだ訓練するのか? 警察の無能を晒すだけの結果だろうに。なら最初から何もしないのと何の違いがあるよ?」
「貴様と戦うにあたって何人で対処すればいいかを考えれば、この訓練もあながち無価値とは思えないがな」
「……はあ」
水月は溜め息をついた。
そして、
「なら……」
日本刀の背で肩を叩きながら、
「全員でかかってこい。それでも足りないって教えてやるよ」
不敵に笑ってみせた。
ピシリと空間にヒビが入ったようなオノマトペが響いた。
多目的ホールにいる警察官二十人が水月の挑発に対して立ち上がった。
「ならば水月と警察二十人での模擬戦をするか。それでも駄目だったら作戦を根本から見直そう」
そして……一対二十の模擬戦が始まる。




