第二エピローグ31
「待てぃ!」
イクスカレッジにある水月の我が家……宿舎に向かう道のり。
二人の魔術師が水月の前に立ちはだかった。
赤い髪と瞳の少年。
蒼い髪と瞳の少女。
「クーパー先生とカレイド先生か」
水月の言葉には嘆息の成分が入り混じっていた。
「ここでコイツらか」
言葉にはしないが、そんなことを思う。
声を発した方は赤髪の少年。
名をフレイム=クーパーという。
イクスカレッジの保有する魔術師の一人。
炎をパワーイメージとして持ち、付いた二つ名が『炎術師』。
炎に特化した魔術師だ。
声を発さなかった方は蒼髪の少女。
名をアイス=カレイド。
こちらもまたイクスカレッジの保有する魔術師。
氷の魔術を得手とし、付いた二つ名が『氷の女王』
二人とも水月とは学院が違うためあまり交流は無い。
昨年の冬。
因縁めいた面倒事に巻き込まれたことは覚えているが特にあげつらうことでもない。
「何か用か?」
聞かなくともわかるが対話をせずして進展が無いのも憂き世の業だ。
「魔王討伐は男のロマン!」
炎術師は案の定、頭の悪いことを言う。
元よりそういう気質であるため別に文句も反論も無いのだが、
「暇人だなぁ」
と水月が遠い目をするのもしょうがなかった。
「あの……役先生は本当に……」
と、おずおずと云った様子で氷の女王が口を開くと、
「ああ、世界を滅ぼすぞ」
もはや何度も問われてその度に答えてきた質疑応答であるため先回りして結論を端的に口にする。
「そうですの……」
思案するような氷の女王だった。
炎術師はやる気満々。
対する氷の女王は状況を飲み込むのに苦心していると云った様子だ。
水月は念頭に全く置いていないのだが、氷の女王にとって水月は恩人だ。
「言動はともあれ心根は優しい人物」
という本人に向かって言えば皮肉にしかならないような評価を持っていた。
「あーっと……」
水月はガシガシと頭を掻く。
真理とアンネと赫夜はホケッと状況を眺めている。
その表情にはマイナス要素という物が一切混じっていない。
炎術師にしろ氷の女王にしろ魔術師として大成しているのは水月と真理の知るところで、ついでにアンネと赫夜が察するところだが、単なる魔術師が水月をどうにか出来るなら、そもそも日本やイギリスでどうにかなっている。
敵視するのは簡単だが、本気になるのも馬鹿らしい。
水月にとってイクスカレッジの魔術師はそんな感じだ。
これで目の前に居るのが先のガンハートなら危惧の一つもしようというものだが、炎術師や氷の女王程度では危機感を覚える方が困難でもある。
「一応情報は把握してるんだろ?」
一々動機や手段について論じるのも飽きているため、結論のみを求めた。
「おう! 世界を滅ぼすってな!」
「事実ですか?」
スタンスは違えども認識は同じらしい。
「さて……ならやることは決まったな。先回りして言えば殺す気でかかってこないと逆に殺されるからな?」
「次はやられねえぜ!」
「恩に仇で返すようで心苦しいのですけど……抵抗させて貰います」
炎術師と氷の女王が殺気をオーラとして身に纏った。
水月にはそよ風のような物だが。
「――原初より至りて」
「――原初へと戻りて」
「――前鬼戦斧――」
長々と入力の呪文を唱え出す二人の間を風の斬撃が奔る。
不可視の刃だが地面に爪痕が残されたため物的証拠としては雄弁だ。
「…………」
「…………」
二人揃って沈黙。
自身らが呪文を唱え終わるより先に水月が五、六回程度は殺し得ることを嫌でも理解したのだ。
冷や汗が伝うのもしょうがない。
「まだやるか?」
水月は穏やかに言った。
温和と取れる言葉だったが穿った見方をすれば、
「次は殺すぞ」
と聞こえる。
なお社交辞令の笑みは死神の手招きだ。
――世界を滅ぼす魔王が如何な存在か?
その認識の改めをしないわけにもいかなかった。
「ええと……」
炎術師の尻込み。
「もしかして昨年の決闘は手を抜いていたのか?」
「当たり前だろ」
遠慮がないのは水月らしい。
「別にそっちが唱え終わる前に決着をつけることも出来るが不納得で負けられても後が面倒なんでな」
そして実際に詠唱の長さと没入による意識の希薄が致命的だとさっきの前鬼戦斧で証明したわけだ。
「我ながら付き合いがいいな」
と思わずにはいられない。
優しいとは次元が違うが敵対者を阿ることにしても水月の精神では珍しい。
もっとも、
「今死ぬか後で死ぬか」
魔王にとってはその程度の違いでしか無いのだが。




