第二エピローグ29
イギリスを出る豪華客船に乗ってイクスカレッジへ。
裏ロンドンにとっての致命傷を与えた水月当人ではあったが赫夜の能力もあって騒動に発展することも無かった。
無茶苦茶やるのは何時ものことだが、別に好き好んで厄介事を起こしているわけでも……普通は無い。
今回に限って言えば水月が主犯で厄介事の大元ではあるが。
魔王に刃向かうには練度が足りないと新古典魔術師も手を引いた。
結果論で言えば安穏な船旅だ。
水月は手すりに肘を突いて海をボーッと眺めている。
赫夜が乗っている以上、船の安否には気を遣わなくていいが、ソレとは別に感傷に浸っているのも事実だ。
「水月」
名を呼びながら一人の少女が水月の隣に立った。
「マーリン」
「マーリン言うな」
マーリンこと神乃マリこと只野真理である。
「アーサー王直属のロイヤル魔術師だな」
苦笑する水月。
「ある種の導き手としては役に立っているし」
そうも言う。
「何か悩みでも?」
真理がそう問うたのは水月の海を見る視線に感傷を見出したからだ。
「んー」
問われた言葉にこそ悩んだものの、別に所在としての悩みは無い。
「そも魔法とは何だろう?」
そんな疑問。
「超熱力学第一法則です」
真理の率直な意見。
その通りではあるのだ。
要するに魔術であろうと科学であろうとエネルギー保存則を無視できればソレは魔法と呼べるのだから。
「何か?」
と真理。
「魔王と呼ばれて色々忌み嫌われて……じゃあ何でソコまでと思ってな」
「後悔してるんですか?」
「いや全く」
そこまで繊細な精神はさすがに持ち合わせていない。
基本的に水月のソレは限りなく摩耗している。
人に対して、
「丸くなる」
「角が取れる」
と表現する言葉もあるが、水月の精神年齢はもはや数える方が鬱陶しいレベルだ。
必然、自己に率直になり、世界を軋ませる。
「ただ水平線を見ててな」
「はあ」
「広い宇宙のちっぽけな地球。なのに天動説で動く魔術師にとって水平線で天と地が二分割される。地球の表面が二分の一で、広大な宇宙が二分の一。傲慢ここに極まれり……とまぁ救い難いことを思ってた」
「その二分の一の片方を無くそうというのでしょう?」
「それなんだよなぁ」
宇宙の滅却。
あくまでやるのはカイザーガットマンだが、知識と認識の齟齬がこの際考察の対象だ。
想い人のために世界を滅ぼす魔王となる。
純情ではあるがはた迷惑この上ない。
特に他者の進言に耳を貸すことの少ない水月であるから、
「で?」
の一言で封殺してのけるが、
「我ながら大それた事をしている」
そうも思う。
水平線を境界に上が天で下が地。
こと脳内のイメージに従ってこれらが改竄されるという。
小宇宙による大宇宙の改竄。
大宇宙が有機的に運営されていようとも水月たち小宇宙にとってソレらは意識されるべき事でも無い。
水月はアシュレイに言ったことがある。
「エゴで世界を変革するのが魔術だ」
と。
ことエゴイズムの肥大化に於いて水月の精神は特筆すべきであろう。
水月としてはさくらを言い訳にする気は毛ほども無いのだが、神が宇宙を俯瞰して論文を書くのならば、
「水月とは想い人のために宇宙を滅ぼすヤンデレ」
と記述するだろう。
仮にその論文を水月が読んだとしても特に感銘を受けるような精神を持ち合わせてもいないため、
「客観的には事実だな」
くらいしか言わないはずである。
こと魔術師にとって魔術とは思考の延長線上であり、主観によって成り立つため、他者の意識については無下にする側面が有る。
「魔術師であるならばエゴイストたれ」
そう云うと、
「水月が言えば説得力がありますね」
真理は嬉しそうに笑ったが。
「ていうかお前もよく生きてるよな」
心底から水月は言った。
水平線に見る天地の考察は一時的に中断して隣の真理に意識をやる。
「生きてちゃ駄目ですか? これでも不死身なんですけど……」
「いや、それはそうなんだが……俺の自己観測やアンネのレジデントコーピングや赫夜の無敵と違って規模的にはお前が一番の小物だからな。イクスカレッジまでの旅で脱落する可能性も考えてはいたんだよ」
「実際に水月を魔王にしたのは私ですしね」
真理が真理を突いたおかげで水月は過不足無く魔王となれたのだ。
真理という名前やマーリンという仇名は何某か因縁めいていると言える。
「でも時間を巻き戻すなら私の心臓の病もまたぶり返すんですね……」
元々不治の病を抱えたが故にアンデッドとして生きる羽目になったのだから時間を遡行した世界では元の鞘に収まるのは必然だ。
水月は苦笑した。
「俺がヴァンパイアに掛け合ってやるよ」
「約束ですよ?」
「ああ、約束だ」
潮風が二人を薙いだ。




