第二エピローグ25
「ロンドンの夜はまだ冷えるな」
ジャケットを肩まで掛けて身震いする水月。
アルコールで暖まりはしたが、夜風は雪解けの季節と感覚的乖離を引き起こしていた。
夜も更け日時が変わる時間。
「二軒目に行こう!」
ほどよく酔った赫夜がはしごを提案する。
「おう。付き合うぞ」
水月としても少々以上に酔いが回っているらしい。
が、その酔いは大勢の包囲によって一瞬で冷めた。
この辺は水月の業である。
世界の改竄。
結界の構築。
血塗られた劇場への招待。
即ち、
「いい加減にしろよ」
敵である。
結果として酔い覚ましにはなったが、水月にしてみれば、
「アルコールの夢心地を踏みにじられた」
という気持ちもある。
とはいえ敵にしてみれば知ったことでもなかろうが。
「で、次は誰だ」
ボソリと。
かろうじて赫夜に聞こえる程度の声量で水月はぼやいた。
とはいえ誰も何も大勢によって包囲されているのだから一々一人ずつパーソナルデータを分析する労力も持ってはいない。
軍勢だった。
魔術の都……ロンドン。
飛行機から降りた直後に神威装置の襲撃は受けたが……基本的にロンドンに於いてはイレギュラーだ。
顧みて月の出る晩。
魔の活発化する時間。
ロンドンの闇が魔王水月を襲うのも必然と言えば必然だろう。
テームズ川沿いを歩いていたため基本的に半円状に囲む形だ。
ざっと数えただけでも五十人はかたいだろう。
こういう目算も彼我の戦力を測る目安になる。
常々鞍馬の御大に仕込まれた二足のわらじの一足だ。
「やれやれ。酒を飲むにも屍を踏み越えるしか無し……か。現実は厳しいな」
赫夜に向かって言った言葉だが存外声量が大きかった。
さすがに赫夜のように『無敵』とはいかないものの『不敵』程度なら水月も演じられる。
ある種の例外を除いて神秘主義に傾倒した魔術師の魔術を脅威に思ったことが無い水月である。
目算で五十人ちょっと。
それでもなお不敵という辺りが水月にとっての現状認識の表れだったろう。
児戯の殺意が魔術師に伝播するが、
「ロンドンの夜風の方がまだ凍えるな」
と思うのだ。
口に出しては、
「首魁を呼べ」
とだけ簡潔に宣言するに留めたが。
現われたのは三人娘。
全員が金髪だが瞳の色は二種に分けられる。
金と碧。
「ほう」
と水月が感嘆したのは相手に敬意を払ったからではない。
単純に顔見知りであったためだ。
一人の金眼の美女は知らないが、もう二人の金眼と碧眼の美少女は知っていた。
水月に縁ある人物だ。
金色の方はアシュレイ=メイザース。
ソロモンの秘術を受け継ぐ新古典魔術の直系で、一時水月に師事した魔術師見習い。
美少女ではあるがコテンコテンの新古典魔術師の脳みそをしており、師として優秀では無い水月をして、
「どうにかならんのかコイツは」
と頭を悩ませた逸材。
形而上であれ水月に痛恨のダメージを与えたという意味では特筆すべき人物だろう。
碧眼の方はリザ=ニュートン。
初夏に裏ロンドンに出向いた際に知り合った魔女。
実力の程は知らないがパワーイメージに魔法陣を使っているとは聞いている。
そういう意味では、
「何ゆえ此処に?」
との水月の懸念も尤もだが、とりあえず知り合いが居ることは心強くもあった。
最後の三人目。
アシュレイと同じ金髪金眼の美女。
顔立ちもアシュレイに似ており、言ってしまえば、
「アシュレイの未来予想図」
とも言える美貌。
事情を知っている水月には簡単に予測が付いた。
アシュレイのコンプレックスであり理想でもある血を分けた姉妹。
アシュリー=メイザースその人だろうと。
「今晩は」
イギリス英語で淑女的に金眼の美女が一礼した。
「私はアシュリー=メイザースと申します」
水月の予想は正しかった。
とはいえ正解したところで脅威の予測が現実に取って代わっただけのことだが。
アシュリー。
聞く話によれば魔術で以てソロモンの一角を顕現せし魔女。
またの名を、
「アスモデウスのアシュリー」
と呼ばれる悪魔使い。
畏れ入ったりはしないが、アルコールの酔いが欲しくなる程度には悩ましい。
「そちらも名乗っては貰えませんか?」
「役水月」
「浅間赫夜」
さっくり答える。
もっとも新古典魔術の総本山に古典魔術師(それも極東)の事情なぞわかりはしないだろうが。
「役先生に浅間先生……でよろしいでしょうか?」
「まぁ」
「うん」
気楽に頷く二人。
「改めまして」
アシュリーが場を進行させる。




