第二エピローグ19
イギリス時間で飛行機は昼に着いた。
ロンドンである。
「イクスカレッジまで後幾ばくか……だな」
欠伸をしながら水月はそう云った。
もっとも、こと此処におよんで無事につけるという保障もないが。
そんなわけで飛行機を降りると世界が反転した。
四人はまるっと結界に取り込まれたのだ。
「まーたーかー」
赫夜がうんざりと言った。
別段無敵が崩れるわけでもないが纏わり付く羽虫をウザいと思う程度には辟易しているらしい。
待っていたのは威力使徒ご一行だった。
一人一人で既に脅威なのに両手の指では数えられない人数が結界を張って水月たちを出迎えた。
「なんだかなぁ」
真理もそんな心境らしい。
アンネはいつも通りぽやぽや。
水月は、
「ま、こうなるわな」
ほとんど諦観の領域だ。
別段、水月は『本当の意味』で世界を滅ぼすわけではないのだが、現在の世界では第二魔王と定義されるのもしょうがなくはあった。
何と言っても擬似的な時間干渉である。
擬似的な……と云う通り正確には時間干渉ではないのだが、宇宙の演出担当を担うのは自明の理である。
本当の意味での時間干渉なら魔王認定もされないのだろうが、そっちについては無理だと水月はアンネに言った。
時間を巻き戻すのではなく、過去の宇宙で現在の宇宙を塗り潰す。
それ故の弊害だ。
「投降しなさいな」
血の色をした槍……その切っ先を水月に向けてリリィ=ヴァン=ヘルシングが降伏勧告をした。
くすんだ金髪。
切れる碧眼。
カソックを身に纏った教会の使徒。
裏ロンドンに住まう怪物。
神威装置。
一度裏ロンドンに於いて水月と顔を合わせた威力使徒。
「リリィ……ね……」
「お久しぶりですわ」
さもあろう。
「その手に持つのは」
水月はほけっと言う。
「ロングスピアか……」
「ですわ」
奇跡倉庫の聖遺物。
マジックアイテム。
ロングスピア。
別名……ロンギヌスの槍。
御子の血に濡れた聖なる槍。
第一聖人の肉体を傷つけた、ただ一つの兵器。
チャーマーズアクチュエータに分類され、魔力の入力を受けて応える魔術武器。
その効果は単純。
槍の伸縮。
ただそれだけ。
が、その速度が有り得ない。
ロンギヌスの槍の伸縮速度は亜光速に達する。
一般的な魔術師なら防げも躱せもしない認知外の速度。
超神速をもっても避けられないだろう。
亜光速でふるわれる槍相手にどうしようというのか。
ただ持っているだけで勝利を手に入れられる。
それほどの聖遺物だった。
「知っているならもはやどうにもならないことは……」
ぐだぐだと喋るリリィを無視して、
「――千引之岩――」
水月は魔術障壁を張った。
この辺りの意識は水月とリリィの戦闘における心構えの差である。
別段降伏勧告をせずにさっさとロンギヌスの槍を使えば良かったのだ。
自己観測者である水月は槍に貫かれた程度では死なない。
が、それでも先手を取らなかったのはリリィの落ち度。
「死にたいようですね」
死なないのだが。
「――光あれ――」
魔力の入力。
ソを受けてロンギヌスが伸びる。
速度は亜光速。
が、
「馬鹿な……!」
そに現われた結果に、リリィ……並びに威力使徒の面々が驚愕した。
ロンギヌスの槍が透明な障壁に防がれたのだ。
梵我誤差があるため質量の増加や衝撃波については勘案する必要は無いが、それでも威力だけで言えば数えるほどだろう。
亜光速の一撃。
地獄の魔王とさえ渡り合える奇蹟。
問題は、
「質量兵器に過ぎない」
ということだ。
槍が質量を変化させて伸びる以上どうしても空間を伝う。
だが水月の千引之岩は空間そのものを隔絶させる。
故に結果は変わらなかった。
刹那の瞬間に数百回にもおよぶロンギヌスの槍の刺突が繰り出され、その全てが徒労に終わった。
「やれやれ」
水月は頭を掻く。
「水月」
コンコンと真理が千引之岩を叩く。
「何だ?」
「なんで私を千引之岩で閉じ込めるんですか?」
「仮想聖釘くらったら死ぬだろお前」
「そうですけどー……」
「アンネにはレジデントコーピングがあるし赫夜は無敵だが、お前は威力使徒との相性が悪すぎる」
――故に。
そう水月は言う。




