第二エピローグ17
そんなわけでシャンシャンで空港を通り、飛行機に乗り込む。
客は水月と真理とアンネと赫夜……で全てだ。
半日もあれば着く。
で、
「水月ー」
とポヤッとアンネ。
「イクスカレッジで何するのー?」
「第零ブリアレーオ魔術」
「だいぜろぶりあれーおまじゅつー?」
「そ」
「ブリアレーオ魔術ってー?」
「近代現代魔術に於いて特筆すべき結果をもたらす魔術の総称。俗に言うのなら……『大魔術』とか『スーパー魔術』とかそんなんでいいんじゃないか?」
「水月は大魔術が使えるのー?」
「有り体に言えば」
「ブリアレーオって何処かで聞いたねー」
「現代魔術の基礎」
水月は湯飲みで茶を飲みながら言う。
「去年の春に話したろ。ブリアレーオの法則って」
「ああー。たしかー……」
「…………」
無言で水月は続きを促す。
「価値を重く置く魔術ほど再現が難しいんだよねー?」
「そ」
茶を飲む。
「例えば死者の蘇生。例えば隕石の落下。例えば瞬間移動。ことほど左様に一般的に難しいとされる現象の再現だ」
「第零ブリアレーオ魔術はー?」
「全体論の時間操作」
「んー?」
「ってなるよな」
湯飲みを傾ける。
「時間操作には『局所的』と『全体的』の二種類に分けられる」
「どう違うのー?」
「局所的な時間操作は既にお前も知っている。魔法メジャーによる無形魔法遺産の管理がソレだ」
「たしか時間の流れを止めて魔術師の脳髄を保存するって云うあれー?」
「だな」
「じゃあ全体的になるとー?」
「全体的に世界の時間が止まる」
「漫画で読んだよー」
「まぁ特筆すべき異能でもないしな」
茶を飲んでホッと吐息をつく。
「ただ近代現代魔術では全体論の時間干渉は夢想論とされている」
「なんでー?」
「全体論の時間干渉は……あー……云ってしまえば宇宙に宇宙以上の負債を背負わせる行為だからな」
「負債ー……」
「借金だな」
ホケッと水月。
「どゆことー?」
「それはこれから説明してやる」
湯飲みを席のポケットに置いて深々と革張りソファに身を沈める。
「たとえば世界の時間を止める魔術を扱うとしよう」
「ふんふんー」
アンネとしては特に感慨も無いものだろう。
「魔術師のイメージで云えば視界内のあらゆる質量の動きが止まって『好き勝手できるぜヒャッホウ』で終わりだ」
「実際そうなんじゃないのー?」
「否定はしないが……実は視界を広げるととんでもないことになる」
「んーとー?」
「当然時間を止めるなら地球だけ止めれば太陽への公転から銀河への公転……あるいは宇宙の膨張に取り残される羽目になる。ついでに云えば星を観測する天文学者が星空の配置の異変を察知して東奔西走するだろう。これは魔法検閲官仮説に引っかかる」
「…………」
「であれば……局所的ならともあれ全体的に時間を止めるなら宇宙全体を停止させる必要がある。ここまではいいか?」
「大丈夫ー」
「宇宙の運行の停止。即ち宇宙における全ての量子を確定させないままスピンと濃淡を止めて保存し、しかも時間停止を終えれば再び自然に宇宙を再運営させるエネルギーがいる」
「えーとー」
「わかるか? 全体的時間干渉は宇宙の総量以上のエネルギーをたった一回の行使に必要になる。その上で得られるのが個人という宇宙にとってはちっぽけと言ってまだ小さい取るに足らない魔術師の自己満足だけだ」
「そなのー?」
「量子論で語るなら宇宙全ての量子を時間の並進対称性のやぶれで得た新しい量子で干渉しなければならない。一つの量子に複数の新しく得た量子で干渉して運営を止めて再起動させる。それが宇宙全体で起こる。エントロピーで語るならこれ以上の負債は無いだろ?」
「言われてみればー……」
「世界を止めることで世界の総量以上のエネルギーを必要として、再度動かすという段になればまた逆側に同量のエネルギーを必要とする。これが全体論における時間停止だ」
「無茶苦茶だねー」
「全くだ」
吐息。
「例えば世界の時間を巻き戻すとする」
過去への遡行。
タイムスリップ。
これも一つの第零ブリアレーオ魔術。
「アークは世界のバックアップだから過去の記録も無論持ってはいる。だが宇宙を遡行させるということは宇宙を宇宙以上のエネルギーを使って組み立て直して構築し、再度運営を開始して宇宙全体を有機的に動かす必要がある。やはり宇宙のエネルギー全体をそれ以上のエネルギーで干渉して『再構築』と『再運営』という二種類の大現象を起こすことになるんだ。こんな馬鹿げた現象があると思うか?」
「頭が痛くなってきたよー……」
「そーだなー……」
水月は付き人に茶のお代わりを頼んでしばし思案する。




