死と不死03
コンスタン研究室にて。
「あー、だる……。もう駄目……。駄目だ~……」
水月は社長椅子にもたれかかって目に濡れタオルを乗せてぼやいていた。
「なんでトランスセットの講義なんて受けなきゃならないの? ていうかトランス状態へのスイッチなんて簡単じゃん? わざわざ講義でやることか? 馬鹿なの? 死ぬの?」
「簡単じゃありませんよぅ……」
コーヒーの入ったコーヒーカップを水月の机に置きながらラーラが反論する。
「トランス状態なんて簡単になれるじゃん。ほら、脳に指令をおくれば」
「今の先輩はトランス状態なんですか?」
「――現世に示現せよ。木花開耶――」
次の瞬間、コンスタン研究室に桜吹雪が吹き荒れた。
魔術である。
つまりそれは水月がトランス状態に移行していることの証明だった。
「よくもまぁそんな簡単に……」
感嘆の吐息をつきながらラーラ。
「出来ない奴の気がしれんね」
濡れタオルを裏返してまた双眸に当てる水月。
そして、
「水月はトランスセットの講義中ずっと寝ていただけじゃないですか……」
呆れたように真理。
「しょうがないだろ。やることないんだから」
「それって嫌味ですよ」
「いいがかりだ」
「多目的ホールで一人横になって寝ていて……嫌味じゃなくてなんですか……?」
「暇なときは寝るに限る」
「だから講義は真面目に受けてください。魔術師志望の皆さんはソーマを使って精神を病みながらも頑張っているんですよ?」
「知ったこっちゃねえな……そんなこと」
「皆さん水月を憎々しげな眼で見ていましたよ?」
「嫉妬なんてもう慣れた」
「魔術師志望の人達にとっての敵ですね……水月は」
「まぁ……ねぇ?」
うぁ、と呻いて、より深く社長椅子にもたれかかる水月。
それから水月はパチンと指を鳴らした。
同時にコンスタン研究室に吹き荒れていた桜吹雪が消失する。
「あ、消えた……」
と少しの驚愕でもってラーラ。
真理はまだ不満そうだ。
「そんなだから水月は友達がいないんじゃないですか?」
そんな真理の皮肉に、
「友達がいなくて困ったことはないしなぁ……」
水月はさっぱりとそう言った。
「それにこんな奴友達にしたがる人間なんていないだろ……」
「どういうことです?」
クネリと首を傾げて真理。
「魔術師は魔術師同士でしか交友関係を築けないんだよ。俺なら例えばラーラやケイオスのような……な」
「ローレンツ先生もラーラも魔術師ではありますけど……」
「ちなみにお前もな」
「私はオルフィレウスエンジンを持っている以外はただの人間ですよ」
「強い力を持っているという意味では同類だ」
「同類……ですか……」
「そ」
水月は肩をすくめる。
「でもそれと友情の構築に何の問題が?」
「例えば……だ……。ある晴れた日……お前は機嫌よく街を……そうだな……イクスカレッジ南の繁華街を歩いているとする」
「その設定はなんです?」
「いいから聞きなさいよ」
「聞きますけど……」
「歩いている途中でとある少年が目に入る……。そいつが街中でミサイルランチャーを睨みつけながら殺してやる殺してやるって延々つぶやいているとする……。お前……話しかけることができるか?」
「無理です」
「だろうな」
「でもそれが何なんです?」
「そのとある少年ってのが俺だ」
水月は椅子にもたれかかるのを止めて濡れタオルを取ると、コーヒーを口に含む。
「でもそんな危ない人間と水月とを同一視できませんよ?」
「それは俺とお前が特殊な形で出会ったからだ」
水月はコーヒーを飲む。
「普通に出会っていればお前も俺を忌避したはずだ」
「そうでしょうか?」
「そうだとも」
「そうとは思えませんけど……」
「例えば精神疾患患者が核ミサイルのボタンを握っていたらどうよ?」
「恐いですね」
「だろ? 基本的にはそれと同じだ」
「どの辺が?」
「――現世に示現せよ――」
魔力の入力。
「――迦楼羅焔――」
魔力の演算。
そして出力。
ボッと水月の手から小さな炎が出て虚空にかき消えた。
「俺の魔術の一つ……迦楼羅焔だ。今は加減したが本気を出せばビルを粉砕できるほどの威力を持つ……」
「…………」
「つまりミサイルとだいたい同義の力だな」
「…………」
「そして魔術師ということは重度の精神疾患の持ち主だ。いつ暴発するともしれない危ない人間なんだよ」
水月は苦笑する。
「…………」
真理は沈黙を守る。
「だからさ。魔術師ってのは強大な力と、それを暴発させかねない不安定な精神とを同時に持った危険人物なんだ」
「…………」
「そんな奴と友達になりたいと思うか?」
「それは……でも……!」
「いや別に真理を責めてるわけじゃない。ただ事実を事実だと認めてるだけだ。魔術師特有の懊悩とでも言うべきか……」
「でも……それが本当なら……水月は皆に避けられているって……!」
「そういうことだーね……。ま、気にしてもしゃーないから俺は毛ほども気にしてないけどな」
ケラケラと水月は笑ってコーヒーを飲む。




