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現代における魔法の定義  作者: 揚羽常時
冬のある日の唄
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スノーマジックファンタジー27


 炎術師が去った後、氷の女王は心まで凍てつかせていた。


 吹雪は無い。


 結界も無い。


 即ちクリスタルの影響が記憶の中にしか存在しないことの証明だ。


 当然、結界……準拠世界の消失は勘の良い人間なら察し得ているだろう。


 平和になった。


 それも確か。


 猛吹雪の中に人を引っ張り込んで無邪気に凍死させるアークティアはいなくなった。


 以前水月は言った。


「お前が困る程度で案件が終わるなら安い買い物だろう」


 そんな言葉を。


 実際に善か悪かを問うならば此度の雪の妖精クリスタルは悪側だ。


 人道上……あるいは人間主義で考えるならだが。


 一人の人間が失望するだけで事が済むのならカレッジ全体なら収支の計算は合う。


 その程度は真理とて察し得る。


 だが水月としてはむしろアイス=カレイドにこそ同情していた。


 同情……というと安く聞こえるかも知れないが、少なくとも水月の心に抱える闇は氷の女王と同質のソレだ。


 理解者としてこれ以上はない。


 死者への想念。


 その向かう先。


 表情はうつろ。


 血の気が引き。


 何より生気に欠けていた。


「まぁ……そうなるよな」


 水月には理解出来る。


 想い人を暴力で蹂躙された人間の気持ちは。


 とりあえず絶望した氷の女王をお姫様抱っこして(この際真理の視線が少し剣呑になった)水月たちは場を離れた。


 消火活動に勤しむ消防隊のサイレンと怒号を聞きながら、タクシーを拾って場所を移動。


 裏街のある南部から訓練場や決闘場のある北部へ。


 とはいえイクスカレッジは広いためタクシーの代金に水月はちょっと引いたが。


 金銭には困っていないが、日本人的価値観としてタクシー代が三千円を超えると胃が痛くなる。


 数万円持って行かれれば無我の境地に至れそうだった。


 既に無我の境地に至っている氷の女王の頭を優しく撫でながらあやし、立ても歩きもしない氷の女王をお姫様抱っこして運ぶ。


 円形コロシアムの決闘場中央。


 そこに氷の女王……アイスを座らせて、


「――後鬼霊水――」


 と魔術を行使して水の魔法陣を創り上げる。


 水を使った魔法陣自体は没入をより深くするためのウィッチステッキでしかないが、それでも魔術的に無意味なわけじゃない。


 円形魔法陣には円と星と……それからクリスタルの特徴をルーン語で示してある。


「じゃあ始めるぞ」


「何を?」


 魔法陣の中心……そこにいるアイスが虚ろな声を出した。


 水月は、気付にアイスの頬を張った。


 パシンと打たれて痛覚がアイスの意識を明瞭にする。


 凍った心に熱が少し灯ると、後は雪崩式にズタボロだ。


「う……ああ……ああああああああああああ……っ!」


 心の氷は神経を通って眼部に届くと涙という形を取って出力された。


 クリスタルが死んだ。


 ソレが悲しい。


 クリスタルがいない。


 ソレが悔しい。


「わだぐじはぁ……わだぐじはぁ……グリズぢゃんを……まぼれながっだぁ……!」


 涙は後から後から溢れ出す。


「お前は何を望む?」


 滂沱を止めることのないアイスに水月は問う。


「お前は何を望む? 何を望んでいた? 何を望んだ? 何を失い何を得る?」


「グリズぢゃんを望んだよぉ……!」


「なら失った代価を世界に保障させろ! お前の深淵から覗く怪物を引っ張り出せ!」


「グリズぢゃんがざいじょうぎゅうだがらブリアレーオのぼうぞぐがぁ……!」


「ブリアレーオの法則が掛かるならば、お前は儀式として最も大切な物を既に支払ったはずだろう!」


「っ!」


「カレイド先生。魔術師の価値観によって必要な儀式は千変万化する。そもそもお前はもっとも愛しい人間を不幸の代価に払っている。ならば最上級の魔術を為してみろ! 世界に己が欲望を吠えろ! 明確な一線を規定しろ! ここがロドスだ! ここで跳べ!」


「グリズぢゃん……」


 アイスは周囲を見渡して水で出来た魔法陣を見やる。


「――原初へと戻りて此処に収滅せよ……。アイスアイビー……――」


 水の魔法陣は連鎖反応で凍り付き、巨大な氷の魔法陣と相成った。


「それでいい」


 水月が頷く。


「う、うう……」


 涙が止まらない。


 嗚咽が苦しい。


 それをアイスは痛感しているし、水月も理解している。


 だからこそアイスの味方をしたのだ。


 それは呪文というにはあまりに幼稚で、神性というにはあまりに輝かしく、魔性というには希望に充ち満ちていた。


「――お願いクリスちゃん! またわたくしのところに戻ってきて!――」


 マジックトリガーが引かれる。


 世界で最も愛しい命を対価に起こす奇跡。


 第三ブリアレーオ魔術。


 氷の魔法陣が祝福するように冴え渡る光を放った。


 魔法陣を基軸とした大魔術であるため梵我誤差で起きた現象だろう。


 辺り一面が輝かしい。


 その輝きが収まると、アイスの傍に一人の少女が立っていた。


「もう。無茶苦茶するんだから……」


 苦笑……というより苦笑い。


 白い髪に白い瞳に白い肌に白いワンピースの少女。


 人に変生したアークティア。


 夜気は刺すように冷たさを伝えるが吹雪は起こらない。


 アイスの願望が梵我誤差となって顕現した存在はもはや魔性を帯びていない。


「ただいま。アイス」


「おかえり。クリスちゃん」


 そして二人の少女はキスをした。


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