スノーマジックファンタジー03
「寒い」
ハロゲンヒーターを全開にして、パソコンでサーフィンをしながら、水月はぼやいた。
講義が終わり、今は研究室。
真理の淹れたインスタントコーヒーを飲みながら、体を温めている最中だ。
「まぁ寒くはありますね」
「ですね」
慰めの言葉をかけても無意味なのは、ラーラも真理も悟っていた。
それでも答える辺り、
「付き合いが良い」
と言えるだろう。
パソコン画面から、天井へと視線をずらし、
「迦楼羅焔で暖を取るのはどうだろう?」
神妙に、アホなことをほざく……水月だった。
「アホ」
「アホ」
ラーラと真理も、容赦がない。
恐いのは、
「水月ならばマジでやりかねない」
という一憂に依るモノだ。
冗談だと、わかっている。
が、その上で、戦慄せざるを得ないのは、水月の過去についての幾ばくかを、共有しているからに相違ない。
「金色夜叉を使えばどうでしょう?」
ラーラが提案する。
単純なエネルギーの一纏め。
当然、熱エネルギーも、此処に含まれる。
「まぁ温まりはするんだが……」
水月としては、素直に頷けない。
元より魔術師は、脳みそがシェイクしている。
水月が定義した『根源魔術』。
その実態は、狂気の産物だ。
水月ほど魔術に慣れていれば問題は無いが、仮に別の人間が『金色夜叉』を使えば、アイデンティティが欠片も残さず粉砕されるだろう。
水月にしても、あまり思い出したくないことを想起させる一因だ。
時と処を選ぶのである。
別に金色夜叉を否定しているわけでもないが。
「とりあえず暖まりたい」
そんなわけで、暖房全開にして、貴重な電気エネルギーを浪費する。
地球に優しくない……とは水月は、ミクロほども思っていない。
所詮、大気圏内なぞ、地球にしてみれば皮膚一枚だ。
仮に、核戦争で大陸が放射能に汚染されても、地球にしてみれば、少し日焼けした程度……とは水月の持論である。
「トナカイでも乱獲すべきかね?」
こと不謹慎な発言ではあるが、
「その貴重なトナカイを隷従させているサンタはどうなんだ?」
などと、水月は反論した。
クリスマスも近づいている……今日この頃ではあった。
「とりあえず」
とこれは真理。
「忍が帰ってきたらロマンスに行きましょう。ホットチョコレートを飲めば、少しは温まるのでは?」
「夕餉は?」
「カモ蕎麦でどうでしょう?」
「ん。良好」
にゃはは、と笑う水月だった。
こう云うところは少年らしいが、まだかしまし娘くらいにしか見せていない水月ではある。
「見たがる人間もいないだろう」
そんな水月でもあるのだが。
「ていうか」
水月は、一つ考えた。
「ラーラ」
「何でしょう? 先輩」
「アトモスフィアジェイルは相対固定出来ないのか?」
「無理っす」
サックリ。
「そうか~」
実に残念そうだ。
「出来たら便利なんだがな……」
何せ大気中の分子運動を固定するのだ。
要するに寒波を凌げる能力である。
後は、領域内で、迦楼羅焔でも使えば、温まること必然。
その前に死傷者が出そうな発案でも……またある。
「結界の方はどうするんです?」
真理が、聞いてきた。
「ボケがないとツッコみようがないしなぁ」
要するにアクションとリアクションの問題だ。
水月的には、自意識を確立して、能動的に魔術を使うことは希だ。
一流の魔術師…………と呼ばれ、褒めそやされてはいるが、それ故に、
「魔術はあくまで手札の一つ」
としてしか認識していない。
横柄に振る舞っているのは単に、
「浮世が面倒くさいから」
であって、
「力を誇示して物事を進める」
と云うことを水月はしない。
水月が、力業で事態を解決するときは、必然、襲いかかられるか、他者から頼まれたときのみだ。
シンメトリカルツイントライアングルが、良い例だろう。
「とりあえず忍が顔を出すまでは此処か」
嘆息する。
「なんなら書類作りでも手伝いますか?」
「面倒」
「む~」
とラーラは呻くが、
「まぁ水月ですから」
真理が取りなす。
「世の中上手く出来てるよな」
水月が資料作りをサボる必然、ラーラと真理に負担が及ぶ。
その上で軽やかにコーヒーを飲む水月は、大物かもしれなかった。




