炎と檻のカーニバル02
「寒い~」
研究室にある、ハロゲンヒーターを全開にして、水月は寒さと戦っていた。
さすがに緯度的な問題で、冬は冷えるのがイクスカレッジの残念なところである。
海に囲まれているため、気温的には比熱の影響を受けるが、それでも寒いものは寒いのであった。
「いっそのこと金剛夜叉を使うか」
ボソリと言った冗談だが、聞こえていたラーラと真理が戦慄する……というマイナスの要素を、浮かび上がらせるだけである。
「冗談だとわかっていても下手をすればやりかねない」
そんな危機感が、二人にはあるのだ。
無論……今回で云えば杞憂だが。
真理は、パソコンの前で、カタカタと資料作り。
ラーラは、自主的にトランスセットをしていた。
水月は、真理に淹れてもらったコーヒーを飲み、ヒーターと共に温まる。
もはや何の集団かわからないが、これでも栄えあるコンスタン研究室の生徒である。
コンスタン教授が、生徒に迎える人間は、原則として魔術師だけだ。
水月と忍は十全に、ラーラと真理は事情と青田買いで、それぞれ所属している。
とはいえ、昨今に至っては、ラーラも真理も成長が見受けられ、事実上の象牙の塔となっているのも、否定は出来ないが。
ほとんど、ノリは、ブランド商法か武家のソレだが、それでも所属志望者で門前市が出来るあたり、コンスタン教授のカリスマの為せる技だろう。
実際に、水月も舌を巻く思いだ。
タロットの大アルカナをパワーイメージとする教授の魔術には。
根本的な拠り所が違うため、一長一短はあるが、素直に水月が尊敬出来る魔術師の一人でもある。
だからといって、コンスタン教授のお説教を真摯に受け止める、素直な性格をしていないのも、水月の業だが。
そこに、
「たでぇま~」
忍が、現れた。
時間的に昼休み。
全員分の昼食総菜を買っての参上だ。
適確に放って、投げ渡す。
水月はおにぎりとサンドイッチ……それから野菜ジュースである。
「あー、やっぱ研究室はあったかいな」
忍は、コートを脱ぎながら、そう云った。
エアコン全開にしているため、一般的には温かい環境ではある。
水月にだけ適応されない、と云うだけで。
「ラーラは何してるんだ?」
忍の言。
持てる者の傲慢だ。
「トランスセットだよ」
弁当を受け取りながら、ラーラは云った。
一応トランスセットが如何な物か、は忍も把握している。
意識したことはないが。
そもそも水月や忍にとって、
「魔術を使うのにコンセントレーションが何故必要か?」
が理解の外だ。
とりわけ水月には、その傾向が強い。
客観的に見れば、皮肉以外の何物でもないが、本音でもある。
「――現世に示現せよ――」
ラーラは、呪文を唱えた。
「――フレイムスネイク――」
入力と演算。
そして出力。
炎の蛇が、部屋に顕現して、ラーラの右手から生まれ、左手に吸い込まれる。
「器用だな」
忍は、そう評した。
現代魔術師としての、足場の確保程度は、ラーラにも出来るのだ。
「三秒ほど集中が必要だけどね」
イクスカレッジの生徒としては、上の中といったところだが、上には上が居る。
少なくとも、コンスタン研究室に於いては、最も後れを取っているのがラーラである。
所属する学院さえ変えれば、諸手を挙げて歓迎される天才ではあるが、元より水月がいるコンスタン研究室を去る意思は、ラーラには無い。
もむもむと唐揚げ弁当を食べる。
研究室の生徒の内、四人中三人が日本人である。
致し方ない理由はある。
そもそも欧州には、大小複数の魔術結社や魔術旧家が存在するため、本物の魔術師がイクスカレッジに来ることが、あまり無いのである。
魔法メジャーを通して交流はあるが、
「魔術の習得にはシステム的に不適切」
が一般論。
裏ロンドンが、魔術的に栄えるのも、此処に端を発する。
無論、水月や忍の知ったことではないのだが。
であるため、ラーラの舌も、日本食慣れしている。
必然ではあるが。
「真理は何してるんだ?」
おにぎりを頬張りながら忍。
「講義の資料作りです。この件に関しては水月が当てになりませんので」
皮肉では無い。
事実確認だ。
「適材適所」
と水月は言うが、
「そう云う問題じゃない」
と、かしまし娘は、思念を共有していた。
だからといって、水月に発破をかける意欲を、見出す者もいない。
「義務」
「責任」
「努力」
これらを、
「現代の三悪」
と呼んでいる水月であるため、サボり昼寝の常習犯であり、
「まぁ暴れないだけマシか」
が総論でもある。
別段、納得とは別次元の論弁ではあるが、妥協的な姿勢は、三人に共通している。
「真理~」
水月が、野菜ジュースを飲みながら尋ねる。
「何でしょう?」
「今日の晩飯は?」
昼食をとっている最中に、ソレである。
「午後からも何もしない」
という宣言に等しかった。




