炎と檻のカーニバル01
見渡す限りの海原の上に、一つの街が作られている。
海上都市……エキストラリベラルアーツカレッジ。
当カレッジを知る人間には、イクスカレッジという略称が浸透している。
カレッジといっても言葉通りの面積ではなく、一つの都市としての規模を誇る。
そして何より挙げるべき特徴は「魔法魔術を専門とする研究および教育のための機関」という馬鹿げた設計思想によって成り立っていることであろう。
北大西洋のほぼ中央に建設された海上都市として機能し、国際化領域に属している。
(……絶海の隔離施設にして核実験場だぁな、ようするに)
と、役水月はみもふたもなく切りすてるのだった。
魔法や魔術を突き詰める学園都市であり、研究機関の側面も持つ。
欧州財閥をパトロンとして、軍事的地歩を固めている米国への、一種の対抗手段になっているのは、実のところ知る人間は少ない。
水月は知っている側だが、
「まぁいいんじゃねえの」
が、結論だった。
魔術師の軍閥化は「忌避されるべきもの」とはスローガンで、よく言われるが、
「銃社会の銃が魔術に変わっただけだろ」
そんな寝言をほざく、水月である。
基本的に、
「まぁ俺は殺されるつもりもないから、良い気なもんだ」
が念頭にある。
救い難いと取るか、楽観論と取るかは、人それぞれだが、少なくとも根拠のない自負ではないため、
「役先生はそうでしょうね」
が通念だ。
ほとんど「戦闘」という行為に於いて、後れを取ることのない水月ではあるが、勝てない存在というモノも、確かに存在する。
例えば馬九李。
例えば浅間赫夜。
例えばお布団。
例えばコタツ。
例えば冬の寒さ。
イクスフェスが終わって秋が過ぎ、冬の寒波が襲いかかってくる……この季節。
水月は、
「あーうー」
宿舎の私室……その布団に籠もって、寒さと戦っていた。
実の所を云うと、勝てない戦いでは無いのだが、基本的に、手段が武力寄りに為るため、「自重している」が正しい。
「研究室に行きますよ」
「いってらっしゃい」
「水月が一緒じゃないと駄目なんです!」
「先輩……講義すらサボって、そのうえ研究室にまで顔を出さなくなったら、肩身狭くなりますよ」
「お前らがいるじゃん」
他意無く水月は答えたのだが、
「ふへ」
「にゃは」
ラーラと真理は、ニヘラっとした笑みを浮かべた。
救い難いことに、ラーラにしろ真理にしろ、水月に惚れている。
宿舎で、一緒に住んでいるくらいだ。
もう一人……布都忍という同居者がいるが、こちらはまだ中学生であり、魔術に関しては非の打ちようがないが、一般教養については年齢相応である。
イギリス英語については、理解のある方なので、勉強に遅れると云うことは無いが、
「『あの』コンスタン研究室生」
と見られるらしく、弟子入りから懐柔……果たし状から愛の告白から因縁及びケチのつけられ方まで、色々と悪目立ちしているとのこと。
そのコンスタン研究室ではあるが、水月とラーラと真理が、他に名を連ねている。
実のところ、イクスカレッジが、魔術師を育てる機関……学園都市だとしても、実際に魔術を使える人間は限られる。
水月や忍が、器用に魔術を使えるのは、あくまでお家の事情であって、身一つでイクスカレッジの門を叩いて、
「さあ開かれん」
とはいかない。
故に、微力であろうと、画一的であろうと、魔術を使える人間は、尊敬や憧憬や嫉妬や憎悪の対象となり、どうしても魔術師見習いとは一線を引かれるのだ。
もっとも、そんなことを気にする人間は、コンスタン研究室には居ないが。
閑話休題。
そんなわけで、忍は、魔術はともあれ、一般教養の面において、一歩遅れているため、勉学に勤しむ必要があり、寒い冬の中……学院の講義室へと足を運んでいる。
水月は、勉学の単位に意味を見出せていないため、ほとんど講義に出ていないが、留年や退学とは縁がない。
政治的事情はある。
千年の歴史を持つ……古典魔術の血統を確保することは、カレッジにとって有意義であるし、カレッジにおける規範とも為る。
が、それ以上に、水月は要領が良かった。
講義はサボりまくりで、ひたすら怠惰に過ごしているかと思いきや、テスト期間中になると、フラリと講義室に現れて、テストを受けて去って行く。
結果、優秀な学業を修めているのだった。
コンスタン教授が気疲れするのも、無理はない。
「勉強と魔術は別のモノ」
とはいうものの、退学や停学や反省文の提出等の、言い訳が通らない、難儀な生徒である。
今年の春頃からは、真理に付き添って、講義に出る機会も増えたが、
「どうせ寝るならベッドが良い」
と、のたまうほどに、不良生徒の鏡である。
特に、冬ともなれば、気温の関係で、冬眠したがる変温動物に似た特性を発揮し、布団やコタツから出ることを厭う側面も持つ。
要するに、
「冬の嫌いな日本人」
の典型なのだ。
イタリア出身のラーラや、同じ日本人の真理及び忍も別段、
「好きだ」
とは云わないが、
「単純に、水月は、寒さを言い訳にして、学業お疎かにしているだけだろう」
との結論を共有していた。
その通りではあった。
反論の余地もないほどに。




