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現代における魔法の定義  作者: 揚羽常時
初恋はさくらの如く
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第一エピローグ03

「ボナセーラ、水月先輩。今お帰りですか? これまた不景気な顔しちゃいまして。コンスタン教授にこってりしぼられました?」


 コンスタン教授の嫌味を聞き終えた後、宿舎に帰ろうとした水月は、


「コンスタン教授ってばいつも不機嫌そうな顔していますもんね。いったいどこで気を抜いているんでしょう? そういうとこ気になりません?」


「いや……別に……」


 偶然にも、ラーラ=ヴェルミチェッリと、鉢合わせた。


 ラーラは、書類の束を、両手で抱えながら、ふらふらと、水月に歩み寄る。


「なんでしょ? 暗いなぁ先輩……。もしかしてコンスタン教授に何か言われました?」


 心配してくれているのだろう。


 ラーラを見つめ返して、水月は、皮肉げに笑った。


「いつものことだ。能力相応に働け、とさ」


「あー……心中お察しします」


「別にいいさ。何も理不尽を言われたわけじゃない」


 心にもないことを言う水月の目は、ラーラを見ていながら、捉えてはいなかった。


「先輩先輩、今日の放課後……っていうか今からお暇です?」


 ラーラは、そんなことを聞く。


 本人は、極めて自然に言ったつもりなのであろうが、少し紅潮していた。


 水月は、脳内のスケジュール帳を、ペラペラとめくる。


「……あ? あーどうだろうな。暇っちゃ暇だが……」


「そですか。よかった。じゃあ私と遊びにいきません?」


「はあ? 何で?」


「ええと、ポストが赤いからってのはどうです?」


「ポストが赤いのは別に世界基準じゃないぞ」


「些事を気にしては男がすたりますよ。とにかくなんだか気分転換しましょう。最近、ダアト図書館の近くに新しいドルチェのお店ができたんです。そこのケーキがすっごく美味しいって評判で。ねねね、行きましょうよ」


 ひどく粘るなと疑い、それから「ナルホド」と水月はラーラの真意を悟る。


 が、水月は、知らぬ存ぜぬを貫いた。


「……お前がケーキ食いたいだけじゃねえか」


「まぁ先輩の憂さもはらしつつ親睦も深めつつ実益も兼ねるって事で、一石三鳥ですです」


 さも名案、とばかりに人差し指をピンと立てて、提案してくるラーラに対し、水月はつとめて冷静に、ラーラの手に収まっている対象を、指差した。


「その手に持った書類はどうするつもりだ」


「ああ、これですか? これは研究室の所蔵図書室に持っていくだけですからパパッと終わりますよ。どうせお蔵入りの代物だからそんなに重要な資料でもないですし」


 あっさりと、そう言うラーラ。


 魔術師の研究資料と言えば、イクスカレッジにとっては、黄金の価値を持つ代物なのだが、当カレッジ生の扱いは『ぞんざい』の一言であった。


「だいたいそんなことどうでもいいんですよ。行きましょうよ、ね?」


「何で俺まで?」


「ポストが赤いからです」


 何だこの茶番は、などと思いつつ、口には出さない水月。


「まぁダアト図書館には用があったから付き合ってやってもいいが」


「本当ですか!」


「なんで驚く? お前が言い出したことだろうが」


「いや、でもですねぇ? こうシニョリーナな私としては男子と二人きりで親睦を深めることにはやはり若干の勇気と躊躇が……」


「じゃあ、いいや。別に無理に連れ添う仲でもねぇしな」


「冗談冗談冗談です! ちょっと待っててくださいシニョーレ! この書類すぐに届けてきますから!」


 そういって書類の束を抱えたまま、ラーラは、廊下を走り出した。


 その背中を、見送る水月。


 ある程度、距離を稼ぐと、ラーラは水月へと、振り向いた。


「ちゃんと待っていてくださいね!」


「へいへい」


 水月は、あしらうように手を振って、ラーラの業務遂行を促す。


 五分後。


 二人は、並んで、ダアト図書館へと向かった。


    *


(新古典魔術も一つの原作レイプだぁな)


 などと、ゲーティアの写本を読みながら、水月は不謹慎にもそう思う。


 フェニックス、ケルベロス、バール……これらは他の神秘思想の神格から流用したものであり、しかも悪魔という存在に改悪されて記述してある。


 都合のいいところだけを抜きだして、都合のいいところだけを関連付ける、思想のパッチワークだ。


(形式や先入観にとらわれず大胆かつ革新的な思想といえば、それはその通りなんだが)


 と、一応の決着をつけて、水月はコーヒーをすすった。


 ダアト図書館。


 そこはグリモワールの蔵書量においては、イクスカレッジ最大を誇る、一大図書館である。


 水月がラーラに誘われて入った『甘味処ロマンス』は、ダアト図書館の周辺に乱立する、サロンの一つだった。


 西欧かぶれの内装が、店の中と外とを、結界のように区切っており、ミラノにでも迷い込んだような気分にさせてくれる演出だ。


 商売繁盛しているのだろう。


 水月が店内を見渡せば、放課後の喫茶を楽しむ学生が、多く見受けられた。


 水月は、屋外テラスの一席に体重を預け、道行くイクスカレッジの関係者たちや、ダアト図書館の外観を眺めながら、コーヒーをもう一口。


 それからサツマイモのケーキを、フォークで削り取って、口に運ぶ。


 嫌味のない甘さが、水月の口内に広がった。


「先輩先輩」


 モンブランを食べながら、ラーラが不思議そうに聞いてきた。


「なんです? そのケーキは?」


「サツマイモ」


 端的に水月は答え、それから言葉を付け加える。


「まさかイタリアンドルチェの店にサツマイモのケーキがあるなんて思ってもみなかったら、興味本位で注文してしまった」


「なんでまたそんなマニアックなチョイスを……」


「日本では、栗より美味い十三里半って言葉があってな」


「十三里半?」


「サツマイモの方がほんの少しだけ栗より美味しいですぜ、ってキャッチフレーズ」


「モンブラン食べてる私が惨めになりますね」


「言葉遊びだ、言葉遊び」


 言って、水月は、ケーキをまた一口。


 水月が虚無感にひたっていると、ラーラが心配そうに、話しかけてきた。


「先輩、先輩はイクスカレッジをやめたりしませんよね?」


「なんだ、いきなり」


「なんだか……そんな気がして……」


「まぁ在籍しつづける理由はないな」


「それってやっぱり……」


 ラーラの言葉は、尻すぼみに消えていった。


 ラーラが何を言いたかったのか…………を理解していながら、やっぱり水月は知らないふりをした。


「人のモチベーションを下げておきながら、勉学に励みなさい、なんて言われてもやる気は起きんわな……どうしても」


「…………」


「周りへの示しがつかないとも言われるが……はっ……それこそ知ったこっちゃねえやな」


「でもやっぱり魔術師を目指してイクスカレッジに入学してきた学生にしてみれば、古典魔術師の重役態度はおもしろくないはずですよ」


「目黒のサンマだな。たたき上げの古典魔術師オーダーメイドにしてみれば、安かろう悪かろうの当学魔術師レディメイドになることになんの意味があるんだって思っちまうけどね。本気で魔術師になりたいんならギリシャでもイギリスでも行けばいいんだ」


「ですけど……古典魔術の正当性は否定されていますから」


「まぁな」


「おもしろくないですか?」


「さて。小角のじじいや師匠ならいざ知らず、クラシック畑の魔術師だからといってその宇宙観にまで迎合するつもりは……少なくとも俺にはねえよ。四大元素や五行生剋で宇宙が説明できるんなら化学の授業で周期表を覚える必要はねえしな」


「ジレンマですね。正当性は現代魔術に分があるのに、いまだ古典魔術の優勢揺るぎなく」


「人間関係も主義思想もいつだってどこだって年功序列シルバーシートさ。とはいっても古典魔術もまた玉石混交だしな」


「ちなみに先輩は?」


「石に決まってるだろ。こんなところでとぐろまいてんだから」


「葛城先生は無形魔法遺産に選ばれたほどの魔術師ですけど……」


「その辺を話すとまたややこしくなるんだが……さくらの持つ魔術は単純な現象のスケールを大きくしただけのもので、真理を求める古典魔術師の興味をひかないんだ。どれだけ大きな大理石のブロックがあっても、その大きさだけでダビデ像に美術的価値が勝るわけじゃないだろ? 真理を求める魔術師の望むものは利益的有効的な質料ではなく複雑的緻密的な形相だからな」


 言って、水月は、コーヒーをすすり、それから続ける。


「そこへいくと、科学の進歩によるブリアレーオの法則のインフレーションと、古典魔術師たちの排他主義による技術独占と、この二つで板ばさみになってらっしゃる現代魔術主義者たちは、希少な魔法技術と見るや有難がってヨイショする。花が開けばすぐ手折れとは言うが、がっついてばかりじゃ安く見られてもしゃーあんめぇ」


「でもそのおかげで私は水月先輩に出会えました」


「…………」


「えへへぇ」


 花開くように笑うラーラから、視線をはずし、水月はケーキをつつく。


「まぁ出会わなかったら出会わなかったまでのことなんだが……」


「ひどっ!」


 ピー、と、泣くラーラ。


「そうやって突き放してればいいんですようだ……。あんまり邪険にしてるとラーラ攻略ルートのフラグが折れちゃうんですから」


「そ」


 水月の反応はあくまで淡白で、「興味ないな」という感情が、言外ににじみ出ている。


 水月は、手に持ったフォークで、ケーキを削りとり、その欠片を口に運んで、一時ひととき甘みを楽しむ。


 それから、とくになんの前触れもなく、ポツリと、


「なぁラーラ……お前好きな奴とかいるか?」


 水月は、そんなことを呟いた。


「……ぶっ!」


 動揺したラーラが、飲んでいたコーヒーを、口外へとぶちまけた。


 テーブルを挟んで、ラーラと対面している水月は、すばやく布巾を広げて、器用にも、向かってきたコーヒーの飛沫を、あまさず払いのける。


「きったねぇなぁ……おい」


 言って布巾をたたむ。


「いや、だって……いきなりそんな質問が来るとは思わなかったんですもん」


「別に好きな奴がいるか否か聞いただけじゃねえか。コーヒーぶちまけるほどのことか?」


「恋とか愛とかの話題は乙女の領域で繊細な問題です。先輩デリカシーなさすぎ」


「でも反応を見る限りいるみたいだな」


「…………」


「沈黙は肯定と受け取るぞ。へぇーお前がねえ……」


「いいじゃないですか、別に。だいたいそんなこと言い出す先輩はどうなんですか。恋に悩んだりしてるんですか?」


「まぁな」


 さも当然とばかりに、言い切る水月。


 そこには、一片の躊躇もない。


「いまだ初恋に縛られてる。我ながら女々しいったらないんだが……まぁ恋心が自分でどうにかできるようなら、浮世はもう少し機能的に回ってるはずだしな」


 そういって、皮肉げに笑う水月。


「…………」


 釈然としない面持ちのラーラ。

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