ヤルダバオトはかく語りき22
イクスフェス四日目。
催し物の面倒は終わったため、水月は、魔術トーナメントの観戦に回った。
ラーラと真理は、純粋にイクスフェスを楽しむらしい。
裏で、世界掌握の陰謀が進行している事は、告げていない。
「別に危機感を呷る事もない」
というより、
「馬鹿馬鹿しくて口に出すのも憚られる」
が正しい。
国連のワンワールド派と、協会のグノーシス派は、現代魔術に於いて、ある種の第一魔王に定義出来るが、水月にとっては精神的疲労でしかない。
爆音が鳴り響いた。
忍のブレンドブレード……大和だ。
初戦からこっち、大和しか使っていない。
手札を隠す意味も無いため、純粋に必要ないだけだろう。
椿の方も、大通連の峰打ちで、強かに対戦者の骨を折った。
こと純粋な魔術師ほど、椿にとっては、カモにネギだ。
「ま、こうなるよな」
決勝戦。
水月が呟いたとおり、忍と椿の一騎打ちになった。
観客の興奮は、最高潮。
水月としては、さも当然ではあるが。
決勝戦が始まる。
「――御機嫌だぜ――」
「――渡辺流――」
魔力の入力。
「――大和――」
「――羅生門――」
魔力の演算。
そして出力。
無から有が生まれる。
忍の手には、十メートルの三角柱。
海を断つ剣。
名を大和。
対する椿は、質量障壁である……羅生門を顕現。
雄々しい門構え。
聳え立つ羅生門は、あらゆる害意を撥ねのける存在だ。
「御機嫌だぜっ!」
忍は、羅生門目掛けて、大和を振るった。
大和の、刀身の背にあるブースターが点火されて、加速を倍増しにする。
海すら両断する大和の斬撃と、鬼すら撃退する羅生門と。
矛盾の結果、盾が勝った。
大和の斬撃を防いだ羅生門に、観客がどよめく。
そして、羅生門の扉が開く。
扉から飛び出したのは、術者の椿。
荒れ狂う颶風を纏いて、忍目掛けて突進する。
忍は後方に下がった。
そうしなければ、羅生門が邪魔して、大和を振るえないからだ。
椿が刀を抜くのと、忍が体勢を整えるのは、ほぼ同時。
そして、間合いに詰め寄らせるより先に、大和が振り抜かれた。
掲げた大和が、背なのブースターによって、爆発的加速を以て、振り下ろされる。
椿は、神速で、ソレを避ける。
が、地面の爆砕によって、体勢を崩される。
今度は、水平に大和を振るう忍。
ブースターが吠え狂う。
椿は跳んだ。
真横からの斬撃を足場にして、振り抜かれた大和を蹴る。
着地と同時に、忍に詰め寄る。
決定的……ではなかった。
忍は、ブースターを再点火して、無理矢理軌道を変える。
軌道としては、直角三角形だ。
真横に振るった大和を、斜め上に持ち上げ、そして真上から、椿目掛けて振り下ろす。
避ける椿。
またしても、地面が爆砕する。
ほとんど出鱈目である。
威力が……というより在り方が。
「――渡辺流。羅生門――」
ここで椿が、更に羅生門を顕現する。
いくら円形闘技場が広いと言っても、十メートルクラスの巨剣を振るうには、相応の距離を取る必要がある。
「――御機嫌だぜ――」
魔力の入力。
「遅いな」
水月が、観客席で呟いた。
「っ」
神速。
魔力の演算より前に、椿が刀を振るった。
斬殺の聖術。
強制終了。
もっとも……ここで椿が、忍を殺す事は、うまくない。
刀の峰で、忍の首筋に、触れる。
「理解したかい?」
と椿。
「…………」
忍は、苦い顔で、負けを認めた。
「とはいえ」
水月は、分析する。
「あくまで大和にこだわれば……だがな」
結果論で語れば椿の勝ちだが、羅生門への対処程度なら、忍も持ち合わせている。
状況の把握は、今後の勉強だが、少なくとも、忍とて余力を残している。
無論ソレは、椿も同じだが。
総合力的には、然程の差は無く、状況によって勝敗は変動しうる。
今回は、椿有利に働いたと言うだけだ。
そんなわけで、天下分け目の決勝戦。
椿の優勝で、魔術トーナメントの幕は下りた。
表彰式でメダルと副賞を与えられたが、そもそも椿には必要ない物だろう。
準優勝の忍は、コンスタン研究室の生徒と言う事で、名を轟かせた。
ほとんど怪物の巣窟だ。
一人ラーラが一般的だが、最近実力をつけているのも、また事実。
「何だかな」
とは水月の言。
その持つ情報端末に、
「A開始」
メッセージが届いた。
事前に交わした符丁である。
丁度トーナメントが終わって、忍と椿が水月に合流したところだ。
「いくぞ椿」
「もうかい?」
「相手方が、こっちの事情を斟酌する必要は無いしな」
「兄貴! 俺は!?」
「留守番してろ」
少なくとも、今回に限っては、どうしても不利だ。
ブレンドブレードは、攻性魔術であるため、威力使徒には通用しないのだった。




