ヤルダバオトはかく語りき20
とまれ、
「止まれ!」
と止められる。
相手は銃を持っていた。
「にゃるほど」
と水月。
別に畏れたわけではない。
単純に「合理的だ」と賞賛さえした。
あくまで舌下には乗せないが。
ありとあらゆる攻性魔術に耐性を持っている威力使徒ではあるが、物理的な防御については、限りなく疎かだ。
残念無念ではあるが、威力使徒にとって敵とは、即ち魔術師に他ならない事こそ、その根幹を支えている。
国連の武装は、全く自然。
フランケンシュタインの怪物…………『アリス』の主導権を争うに辺り、威力使徒の人外っぷりに対処する手段として、銃を向けるのは、むしろ至極真っ当だろう。
水月としては、
「自身が眠っている間に協会と国連が共倒れ」
そして、
「朝起きたら何時もの毎日」
に回帰出来れば言う事無しではあった。
辺塞寧日無く……が現実であるが。
春はまだ遠い。
「グノーシス派か!」
国連側の一人が、拳銃を構えたまま威嚇する。
「?」
となるわけだ。
水月……並びに椿としては。
「お前らがソレじゃないのか?」
お互いに齟齬が発生する。
「……………………」
「……………………」
沈思黙考。
「グノーシス派じゃ……ない?」
これは、水月では無く、国連側。
目で合図して、水月と椿は、両手を挙げた。
迦楼羅焔で吹っ飛ばされた玄関口を挟んで、沈黙のやりとり。
「何者だ?」
誰何された。
水月にしてみれば、
「こっちの台詞だ」
になるが。
「国連さん……で合ってるか?」
「威力使徒じゃ無い?」
「ご覧の通り」
水月は秋用のジャケット姿で、椿は着物だ。
威力使徒の加護装束では、有り得ない。
「とりあえず誰何に答えると、俺たちはイクスカレッジの良識派だ」
ブッ、と椿が吹き出した。
水月が、真剣に虚偽を弄した事が、ツボに入ったらしい。
そもそもホテルを爆破しておいて、良識も何も無いのだが、
「結界内だしな」
で済む話だ。
「イクスカレッジ……動いているのか……っ?」
「そらまぁ……あからさまに結界張られりゃ……なぁ?」
水月の真意は別にあるが、イクスカレッジが介入しないと考えるのは、楽観論を通り越えて、無謀と蛮勇の域だ。
一種、酔狂とも取れる。
「そっちは? ワンワールド主義じゃないのか?」
「我々は国連の良識派だ」
意趣返しだろう。
おそらく水月の名乗りに対しての。
「何を以て良識とするかは……この際いいか……」
「こっちはそっちを信用出来ないが?」
「名乗ってなかったな」
ここで漸く、水月は気づく。
「お控え為すって」
嘆息。
「どうも葛城山のしがない魔術後継……姓は役、名を水月と発する」
「役水月……」
ポカンと呟いて、
「役先生か!」
「あ、通じるのな」
意外だ。
表情で、そう語る。
「とりあえずこっちがホテル丸ごと爆砕する方が、そっちが銃の引き金引くより、収支でプラスになるんだが……」
「……………………」
否定出来ようはずも無い。
そもそも前科がある。
そうでなくとも、古典魔術師と云う輩は、自我を押し通すときに、攻撃的な魔術を振るう。
呼吸するように、攻性魔術を放つのだ。
暴れられて。
駄々こねられて。
癇癪を起こされて。
その結果がどうなるかは、未来予想図として明確に記せる。
「不毛」
そう悟らざるを得ない。
とりあえず銃口を下げる国連側。
「ん。結構」
何様か、水月が頷く。
「僕の意味は?」
椿はそう言うが、水月にとって椿の同行に、合理性は一定の比がある。
「とりあえず付き合え」
「水月が言うなら是非も無いけど」
そんなわけでそんなになった。
「大通連は要らなかったかな?」
ポツリと、水面の月に呟く椿なのだった。




