ヤルダバオトはかく語りき18
「褒めて兄貴!」
忍が、幻想の尻尾をヒョコヒョコ振りながら、水月に顔を近づけた。
「偉い偉い」
水月は、苦笑しながら、頭を撫でる。
何か、と問われれば、魔術トーナメントだ。
忍も椿も勝ち残ったらしい。
「にゃははぁ!」
ほとんどワンコのように懐く忍が、愛らしくもある。
ソレは別に、忍に限った話でもない。
とりあえず双方の情報交換が終わった後、夕食になった。
今日はラーラが食事監督となり、パンと野菜スープといった具合。
いただきますの後のごちそうさま。
ラーラとコンスタン教授は、また別だが。
それから水月は、椿と一緒に風呂に入った。
先に水月。
それから椿の順。
体を清めている椿に、水月は、イクスカレッジの裏で進行している現状を、サックリ解説した。
百八人の人体パーツを、つぎはぎして造られた、フランケンシュタインの怪物。
名をアリス。
そを神に昇華して、国連の発言力を高め、仮想的なワンワールドを造る事。
そして事前に言い含められていた馬九李の忠告。
「まず真っ先に聞きたいんだけどね」
「何だ?」
「魔法検閲官仮説は?」
「この際適応されない」
要するに、神自体は口を出す事で世界に干渉するが、その神の言葉を聞くのは少数で、人類にとっては、その少数が神の如く振る舞えれば、それで良し。
それが国連の関係者なら尚良し……が国連の理想だろう、と。
「十二使徒だね」
と椿は苦笑した。
神の実在と、その代弁および布教に、労力を傾けた神代の聖人。
「結局のところ、精神性という観点に於いて、人類は発祥から進歩していないのだろう」
最初に言ったのが誰だかはわからないが、論破出来ない普遍的な価値を持つ言葉だ。
「独創性は無いがな」
自分で、そう言った後に、嘆息した。
チャプン、と、湯面が跳ねる。
「で、そのアリスって子を探して殺せばいいのかい?」
「理想としてはそうなるな」
「最悪のケースを想定すると?」
「地球が神のおもちゃ箱になるだけだ」
「むう」
ワシャワシャ、と、髪を洗いながら、一考せざるをえない。
一神教にとっては福音だろうが、不信心者にとっては、あまりに都合の悪い未来だ。
「水月はどう思ってるの?」
「ん~? まぁ東奔西走する必要があるってだけだな」
「危機感は?」
「少なくともお前が居る限りは無いな」
「照れる」
そう云う意味では無いのだが。
「とりあえず国連の使者に話を聞く必要がある……か」
「ああ、手を貸してくれ」
「ソレは構わないよ」
ワシャワシャ。
「それで神威装置の方は?」
「未知数」
「ふむ」
「場合によっては俺と国連が相争って共倒れを狙ってるかもしれん」
「どちらも都合が悪い……か」
「とはいえ神威装置とてヤルダバオトの降臨までは望んじゃいるまいよ」
「敵対したら?」
「任せる」
「やる気が出るなぁ」
「重畳だな」
一息。
「一応換算としては神威装置寄りのスタンスではあるが……」
「教会協会は一神教全体を支援する組織でしょ? 異端とは言えグノーシス主義も一神教じゃなかった?」
「まぁそうなるよな」
水月とて懸念を覚えはするのだ。
元より国連側に、フランケンシュタインの怪物の製造が出来るとは思えない。
新古典魔術……類感儀式魔術の思想が必要だ。
協会も似たようなコンセプトを元に聖人アリスを生み出した。
神を造るのでは無く、神の声を受ける御子を造る。
アクションの類似性は、この際リアクションに於いて、等価に反映される。
「結局どっちがアリスを握っても駄目か……」
「殺すのが世界平和のため……ね」
「世界の覇権をかけたスーパーヒーローの戦いだな」
言ってて、ニヒリズムに落ち込んでいく自身を、水月は客観視した。
「まぁそれはともあれ」
そんな言葉で済ませる椿も大物だろう。
「水月?」
「どした?」
「忍が功を誇ったら頭を撫でてたよね?」
「だな」
「僕も水月が欲しいな」
「ここで言うか?」
「むしろ此処の方が都合は良いんじゃない?」
「お前にとってはな」
最後のは言葉では無く思念だ。
「優しく頭を撫でてやろう」
「それだと忍と変わらないじゃん」
「何がお望みで?」
「わかってるくせに」
「あー……っと」
うなだれる水月。
「道理で夕餉の時は大人しかったわけだ」
その『わけ』を今覚ったのだ。
邪魔者は、居なかった。




